森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.4

2011年05月18日 | マリオネット・シンフォニー
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 メルクと独立軍の協力体制が確立してから数日が過ぎた。
 ブリーカーボブスと独立軍艦隊はケラ・パストルを離れ、共に大陸に向かって航行中。



 空には月もなく、ただ波の音だけが世界を満たしているような──そんな一夜の物語。



~後日談~ エピソード.4



「アーーーー」
「ア゛~~~~」
「えっと。ア゛~じゃなくて、アーですよ。もっと背筋を伸ばして……」
「さ、触るなっ」
「でも、姿勢が悪いと声が伸びませんし……あ、足ももう少し開いて」
「だから触るなと言っているっ」
 トトは大きく溜息を吐いた。
「そんなこと言ったって。歌を教えてくれって言ったのはアートさんじゃないですか」

   /

「ダメじゃん、アート」
「ダメダメだね」
 隣の部屋から聞こえてくる騒ぎ声を聞きながら、グラフとアイズはくつろいでいた。
「幸せだな~、アイズに膝枕してもらえるなんて」
「あんまり甘えないでよね」
 アイズはソファーに座り、グラフに膝を貸している。グラフはしばらく幸せを満喫していたが、やがてアイズが何か考え込んでいることに気づき、だらしなく崩れていた表情を引き締めた。
「……で、わかったのかい? リングについては」
「ぜーんぜん」
 アイズは軽く肩をすくめてみせた。
「情報局のネットワークを使わせてもらって検索してみたけど、それらしいものは何もなかったわ。研究所のコンピューターは吹っ飛んじゃったし」
「そうか……」
「でも、こんなのはあったのよ」
 アイズは手元の鞄から一冊の本を取り出した。
「なになに、魔法についての生物学的考察……おっ、著者はアインス・フォン・ガーフィールドじゃないか」
「ほら、リードランス王国時代はプライス博士とかペイジ博士が中心になって魔法についての研究をしていたでしょう? でもそれは人形とか、ツェッペリンとか、L.E.Dとか……そういったものの開発に用いるための、各分野における最先端技術としての知識だったわけね。だからアインスはそれらを分類・系統化して、わかりやすい形で一般化しようとしてたみたい」
「へぇ。色々とやってたんだな、アインスって奴は」
「それでね。最後の章を見てよ」
 促されるままに最終章を開き、グラフは表題に目を留めた。
「すべてを生み出す魔法──か」
「うん。リングの力のことを、アインスはこう呼んでたみたいね」
 アイズはグラフの手から本を受け取ると、パラパラと頁をめくった。
「リングの力に目覚めた時、フジノが教えてくれたの。この力のことをアインスから聞いたことがあるって。極めて稀な力で、アインスの知る限り、この力を持った人は過去一人しかいなかったらしいわ。その術者の名前がアイズ・バイオレット・ガーフィールドだってこともね……ほら、ここのところ」
 グラフはアイズが指し示した部分を声に出して読んだ。
「アイズ・バイオレット・ガーフィールド。真名はミワ・リンドウ。第一級医師免許所持。国際医師団、後の国際救助隊の創立メンバーの一人。短い生涯のすべてを医療活動に捧げ、またリードランスの王族という立場から国際平和にも大きく貢献した。266年、26歳で死亡……か。生きていれば52歳、プライス博士と同い年だな」
 自分の知識と照らし合わせて、グラフは静かに考え込んだ。
 国際救助隊と言えば、サミュエルとオードリーの生みの親でもあるトール博士やプライス博士も参加している。やはりリードランス絡みなのは間違いない。
 ──何より、この名前。
 これはアインスの手書きだろうか。欄外に小さく記された、彼女の真名を編む古き言葉に目を留めて。
 グラフは確信を込めた声で呟いた。
「三輪・竜胆。三つのリング……か」

「行くのかい? リードランス……いや、ハイムに」
 グラフが尋ねた。
「行かないとね」
 アイズは答えた。
「君がやる必要はないよ」
 グラフは言い切った。
「君はハイムを捨ててここにいる。俺だってそうだ。トトも、フジノも、アートも、ノイエも。本当はスケアやバジルだって同じさ。俺達がフェルマータで普通の生活を選んでも、誰にも文句は言えないさ。少なくとも俺は言わせない」
「……そうね」
 アイズは微笑んだ。
「でも、私は行かなきゃ。自分が何者なのかを知るためにもね」
「そうか。……強いね、君は」
 グラフは起き上がった。
「それじゃ、俺も一緒に行かせてもらうよ。そのほうが面白そうだ」
「グラフ、ほんと貴方っていつも不真面目ね」
「いいや、君のことになると話は別だよ」
 グラフが思いっきり真面目な顔を作る。

 やがて、二人は声を上げて笑い。
 どちらからともなく、口付けを交わした。

   /

 一方、その頃。
 フジノとノイエは、ブリーカーボブス上部の小型艇専用ポートにいた。
「本当に、みんなに黙って行くのかい?」
「言えば引き止められるに決まってるからね」
 フジノは寂しげに微笑んだ。
「今ならまだ、私はここを出て行くことができる。アイズ、トト、スケア、そしてルルド……あと一度でも顔を見て話をしてしまったら、きっと私の決心は鈍ってしまう。一緒にいたいと望んでしまう。だけど、今はまだ、その時じゃないの」

 ここ数日の間、フジノは何度もルルドと話をしていた。
 そして、その裏で。カシミールとも真正面から言葉を交わし、今夜の密航計画を打ち明けると共に、頭を下げて頼んでいた。
 ルルドのことを、よろしく頼む……と。

 現在、ポートの管制機能は麻痺している。カシミールの協力によって。
「ノイエも無理して付き合わなくてもいいのよ? あの二人と離れてまで……」
「いや、行くよ」
 ノイエは微笑み、首を横に振った。
「スケアの代わりには、なれないだろうけど。フジノと一緒にいるよ」
「……ありがとう、ノイエ」
 相変わらず口にするのが慣れない言葉に、精一杯の感謝を乗せて微笑むフジノ。

 その時。
 不意に、辺りに足音が響き渡った。
 二人が振り向いた先、ポートと内部を繋ぐ通路から、一つの影が姿を現す。
「誰だ?」
 ノイエが警戒しつつ身構える。
 と。
 フジノが一歩前に歩み出て、呆然と呟いた。
「……先生……?」
「久しぶりね、フジノ」
 風になびく髪を手で抑えつけ、ラトレイアは微笑んだ。
「知り合いかい?」
「昔……格闘技を習ってね」
 ノイエの問いに、フジノが短く答える。
「え? だって、君の実年齢は……」
 二人の姿を見比べ、ノイエが呟く。ラトレイアはクスクスと笑うと、緊張した面持ちのフジノの前で足を止めた。
「あまり驚かないんだ?」
「まあ……ね。そもそも、先生が戦闘で死ぬわけないって思ってたし」
「褒められてるのか貶されてるのかわからないわね」
 ラトレイアは苦笑した。
「あの頃の貴女は本当に手のつけられない子供だったわ」
「それは先生もでしょ?」
「生意気なところは変わらないわね。まあ、私も貴女の師と呼ばれるには力量不足だったと思うけれど」
「力量不足? ……何処が?」
 フジノが呆れたように言う。
「喧嘩の強さがそのまま『力量』じゃないわよ。もっと広義な話。私だけじゃないわ、アインスもジューヌも、そしてリードも……貴女の師や親代わりになるには早すぎた。みんな本来なら、まだまだ自分を伸ばすことで手一杯の時期だった。貴女は手のかかる子供だったしね」
「私が悪いって言うんでしょう? わかってるわよ、そんなこと」
 ふてくされるフジノ。
 その様子に、ラトレイアは少し驚きながら呟いた。
「フジノ、貴女本当に変わったわね」
「??? どういう意味?」
「昔ならここで一戦起きるからね。先生少し身構えちゃったわ」
「あたしは猛獣かっ!」
「可愛い教え子よ」
 ラトレイアはニッコリと笑って言った。

「……先生も変わったわ」
「そう?」
「優しすぎる。気持ち悪い」
「オホホホホホホ」
「その笑い方はやめて……」

「さあ、旅に出るんでしょう? 早く行かないと見つかるわよ」
「……そうね」
 フジノが踵を返し、ノイエが慌てて後に続く。
 その後ろ姿に、ラトレイアは今一度声をかけた。
「フジノ。最後に一つだけ」
「何?」
 フジノが振り返る。
 ラトレイアは目を閉じ、胸に手を当てて言った。
「やっぱり希望は捨てるものじゃないわね。どんなに困難に見えても、絶望的な状況でも……進み続ければいつか必ず成果が出る」
「それって私に対する教育のことを言ってるの?」
「穿った捉え方をするのは良くないわよ」
 フジノがムスッとした顔をする。
 と、先に乗り込んでいたノイエが操縦し、小型艇が浮上した。
「バイバイ、先生。昔は迷惑かけたわね」
「気にしてないわよ、フジノ」
 フジノが跳躍し、甲板に降り立つ。


 小型艇は更に浮上し、やがて闇に消えた。










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