森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 第15話

2010年02月24日 | マリオネット・シンフォニー
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「それでは今一度作戦を説明する!」
 武装した独立軍一個中隊の前で、オリバーは改めて作戦を説明した。
「我々はこれより、前方の山岳地帯を右回りに迂回して進軍。島の反対側に不時着しているブリーカーボブスを叩く!」
「既にハイムの精鋭部隊を左回り迂回ルートで進軍させています。彼らが攻撃をしかけ、メルクの注意がそちらに向いた隙に反対側から一斉攻撃を行う。以上が主な作戦内容です。何か質問のある方はいらっしゃいますか?」
 ハースィードの問いかけに、軍人達が沈黙をもって応える。
 オリーバは満足げに頷いた。
「なければ進軍を開始する。出撃だ!」
 
 敵艦の正確な位置情報を掴んだというハースィードの先導のもと、進行を開始する独立軍。オリバーはしんがりを務めるべく先行する各隊に号令をかけていたが、いつの間にか近くにカエデがいることに気づき、小声で声をかけた。
「何してるんだ、カエデ。危ないから艦内に戻っているんだ」
「お兄ちゃん、あたしも連れてって」
「な……バカを言うな! これは戦争だぞ!」
 オリバーが驚きに目を見開き、思わず大声を上げる。しかしカエデは怯まず、真剣な眼差しで兄の瞳を見つめ返してきた。
「あたしも戦います! オリバー堤督!」
 二人の声に気づいた軍人達が足を止め、兄妹の姿を見守る。
 オリバーはしばらく呆然としていたが、やがて表情を和らげて言った。
「……ありがとう、オリバー二等兵。だが君を連れて行くわけにはいかない。君には別の任務を与える。待機部隊の皆と共に、勝利して帰ってきた我々を迎える準備をしていてくれたまえ」
 そしてオリバーは待機部隊の一人にカエデを預けると、改めて攻略部隊に声をかけた。
「皆、オリバー二等兵の勇気を無駄にするな! 必ずブリーカーボブスを攻略するんだ!」
 カエデの思いとは裏腹に、士気を高める独立軍。

「待って! そうじゃないの、お兄ちゃん!」
 待機部隊の制止を振り切り、カエデがもう一度外に出ようとしたとき。
「心配しなくてもいいのよ、カエデちゃん」
 かけられた声に慌てて振り返ると、いつの間にかアミがすぐ近くに立っていた。
「貴女のお兄さんを殺したりはしないわ。これからも沢山頑張ってもらわなきゃいけないんだから……利用できる間は、ね」
 青ざめ、アミを無視して外に出ようとするカエデ。
 その背中に、アミは優しく諭すように言った。
「何をする気なの? 自分の命と引き換えに、お兄さんを助けるつもり? でも無駄よ、そんなことをしても何にもならないわ。それに、貴女が死んだらお兄さんが悲しむわ……もっとお利口になった方がいいわよ」
「バカでいいもん!」
 カエデは振り返り、アミを睨みつけて叫んだ。
「あんたみたいな奴の言いなりになるくらいならバカでいい!」

 攻略部隊を追って走っていくカエデ。
 小さくなっていく後ろ姿を眺めながら、アミは薄く微笑み、自身も戦艦を降りて森の中へと消えていった。



第15話 幻の島 -暴かれる心の扉-



「ルルドー! 何処にいるのー!?」
 不安と焦りで潰れそうな胸を抱えて、カシミールは深い森の中を走っていた。スケアと喧嘩してしまったばかりだというのに、もしルルドにまで見捨てられたら。
「もう嫌……一人っきりになるのは嫌よ! ……きゃっ!?」
 カシミールは足を滑らせて、近くを流れていた川に落ちた。ずぶぬれになった身体は重く、冷たい。けれどそれは、きっと水のせいだけではない。
「一人でいることくらい、慣れてるはずなのに。スケアとルルドがそばにいてくれるだけで、幸せなはずなのに」
 呟くカシミールの頬を、涙が伝って落ちた。
「これじゃあフジノと変わらないじゃない……」

   /

 その頃。
 スケアもまたカシミールとルルドを捜して、森の中を走っていた。
 ふと、視界の端に何かが映る。
 横に目を向けると、仲良く手を繋いで歩くカシミールとルルドの姿が。
「二人とも! 良かった、無事だったのか! ……うわっ!?」
 スケアが急いで二人のもとに駆けつけた瞬間、その姿が忽然と消え失せ、同時に足元から地面の感覚まで消えた。
 崖から落ちかけるスケア。
 その腕を、後から追ってきた大きな手がつかみ、力強く引き上げる。
「何を寝ぼけてるんだスケア!」
「モ、モレロ……!」
「しっかりしろ! まだリタイアしてもらっちゃ困るんだよ!」

   /

「パティさんは昔、リードランスにいたんですよね」
「ええ、11年前まで留学生としてね」
 アイズ、パティ、バジルの三人は、ルルドを探しながら森の中を歩いていた。
「そう言えば、貴女もあの国の出身よね。あの国は今どうなのかしら?」
「どうって言われても……工業国って感じですよ。緑はほとんどなくて、鉄とコンクリートとアスファルトばっかり」
 顔をしかめて答えた後、アイズは表情を和らげた。
「でも、この国はいいですよね。自然のスケールが大きくて」
「そうね。私もそう思うわ。でも、そっか……今あの国はそんななんだ……」
 寂しげに呟くパティ。
 その声は、すぐに懐かしむようなものへと変わった。
「綺麗な国だったわ。人工物と自然の調和がとれていて、伝統的なものと新しいものが当り前のように共存していた。私が住んでいた街は、石畳の歩道が特に綺麗で」


「そう、ちょうどこんな風に──えっ?」


 足元に敷き詰められた美しい石畳に、パティは驚いて立ち止まった。
 顔を上げれば、呆気に取られるアイズとバジルの姿がある。どうやら夢を見ているわけではないらしい。
 つい先程までいたはずの森は既になく、周囲には美しい街並みが広がっている。
「おいおい、夢でも見てるのか俺たちは……?」
「幻……にしてはリアルすぎるわね」
 バジルとアイズが慎重に周囲を見回す。一方パティは、すぐ前方にある小さな橋を茫然と見つめていた。
「あ、あの橋は……」
「パティさん、不用意に動かない方が」
 ふらふらと歩き出したパティを止めようと、アイズが手を伸ばした時。
 それまで穏やかだった川の流れが、突如として勢いを増してパティに襲いかかった。
「キャアァァァアァッ!?」
「パティ!」
 慌てて走り出すバジル。しかしその時、バジルの足元でカチリという音がした。
「チィッ!」
 バジルがそばにいたアイズを抱えて跳躍する。
 次の瞬間、二人の立っていた一帯の地面から無数の槍穂が突き出した。危機を回避できたことにほっと一息つく暇もなく、いつの間にかパティの姿がないことに気づく。
「やれやれ、やってくれるじゃないか」
「パティさんは……何処かに連れて行かれたみたいね。あの幻はこれを狙ってたんだ」
 美しい街並みは既になく、辺りは再び深い森に覆われている。
 アイズは慎重に地面から突き出ている槍に近づくと、少し錆び付いている刃先に触れた。
「これ、何処のものかわかる? バジルさん」
「罠は俺の専門じゃないが……多分、あの大戦でリードランス側が使用していた……」
 顔を見合わせる二人。
「さて問題ですバジルさん。リードランス大戦時代の罠が今も仕掛けられていて、こんな異常なことが起きる島と言えば何処でしょう?」
「……プライス博士の研究所、ケラ・パストルだ……」
 バジルは盛大に溜息を吐いた。
「知らない間に目的地に着いていた事を喜ぶべきなんだろうが……どうせだったら、綺麗なビーチと女の子が多い南の島に行きたかったなぁ」
「……珍しく意見が合うわね、バジルさん」

   /

「これか」
 ケイは引き出しの中から一冊のファイルを取り出した。
 そこは長官室──つまりパティの部屋だった。本来なら副官と言えども無断での入室は禁じられている場所である。しかしケイは更に踏み込み、パティの私物の物色まで敢行していた。
 ケイが見つけたのは、パティが時々開いて見ているあのファイルだった。
 無言でファイルを開き、内容を確認していくケイ。その表情が少し意外そうなものから驚きに変化し、やがて理解の色へと変わるのに、さして時間はかからなかった。


「……そういうことか、パティ」
 ケイはファイルを閉じると、意を決したように立ち上がり、それを手持ちの鞄に入れて長官室を後にした。

   /

「本当なの? この島がケラ・パストルだっていうのは」
 ケール博士の問いに、レムは確信を持って答えた。
「ええ、本当です。父様のカモフラージュシステムで、すべての研究施設が岩山や湖に偽装されているんです。どうやら、イマーニが目覚めているらしくて……」
「イマーニが? でも、だったらどうして連絡がつかないの?」
 思いがけず登場した『妹』の名前に、オードリーが更なる疑問を投げかける。
「原因はわかりませんが、我々を侵入者として識別しているようです。あの子の能力には誰も逆らえません。下手に動くのは非常に危険です」
「パティ達は? 無事なの?」
「わかりません、先程から捜していますが……イマーニの他にも妨害者がいるらしくて」
「妨害者……レムの精神走査を妨害できる奴がいるなんて」
 ケール博士が深刻な表情で黙り込む。

「……頑張ってよ、姉さん」
 複雑な想いを押し殺し、オードリーは呟いた。
「貴女だけが頼りなんだから……」

   /

「ねえ、イマーニちゃん。どうしてこんなことをするんですか?」
 トトは天井から吊り下げられた大きな鳥籠の中にいた。一方のイマーニは、トトの言葉に構うことなく機器の操作を続けている。
「ごめんねーっ、トトちゃん。でもこれも仕方のないことなのよ」
 突然、トトの隣に一人の女性が現れた。島に流れ着いた人々をチェスの駒に見立てて遊んでいた、あの女性が。
「もう少しこのケームに付き合って頂戴。……ああ、貴女じゃなくて“もう一人”の方よ」
 途端、トトの人格が入れ替わった。
『貴女でしたか……玉響』
「そういうこと」
 玉響と呼ばれた女性が軽く笑って手を伸ばす。すると、床の白黒模様に合わせて部屋に巨大なチェスの駒が出現した。
「さぁて、役者も揃ったことだし……そろそろ何か新しい動きがあっても良さそうなものだけど」

   /

「……ん? 何だ……?」
 一晩中寝ずの見張りをしていたロバスミは、木の幹にもたれてうとうとしていたが、大勢の人間が近くを通る気配に目を覚ました。
 昨夜張ったテントの中では、白蘭、ナー、ルルドが今も眠っている。
 ロバスミは少し迷った後、気配のする方向に向かった。少し進んだ先、茂みの影から大勢の兵士を見つけて慌てて息を潜める。
「あの紋章は確か、この間テレビに出てた……そうか、ルルドちゃんが言ってた南部独立解放軍だ。どうしてこんな所に……?」

   /

 士官の一人にしんがりを任せ、ハースィードと共に一個中隊を率いて歩いていたオリバーは、前方に大きな看板が立っていることに気づいて足を止めた。
「ん? 何でこんなところに看板が……なになに、チュチュガヴリーナに注意?」
「チュチュガヴリーナって何だ?」
「ほら、小さい頃にやってた映画で……」
「おー、俺知ってるぞ!」
 周囲にいた軍人達の間に、あっと言う間に広がっていくチュチュガヴリーナの話題。
「こら! 無駄話をするんじゃ……!」
 オリバーが注意しようとした、その時。
 不意に後方から木々が倒れる音が聞こえてきた。続いて、空を切り裂くような叫び声。
 皆が驚いて振り返ったそこには、巨大な怪物の姿が……!
「わーっ! 巨大チュチュガヴリーナ!」

「きゃーっ! 巨大チュチュガヴリーナ!」
「落ち着いて、ルルドちゃん!」
 白蘭・ルルドと共にロバスミに起こされ、物陰から独立軍の様子を見ていたナーは、ルルドが騒ぎ始めたので慌てて口を塞いだ。
 幸い、独立軍の軍人達はもっと騒いでいるのでルルドの声は聞こえなかったようだ。ナーは安堵の溜息をもらし、ルルドの口から手を離した。
「ねえロバスミ、あの連中は何を恐がってるの? チュチュガヴリーナって……」
「さぁ……話には聞いたことがあるけど、僕もよくは知らないよ」
 白蘭とロバスミが顔を見合わせる。
「多分、あの人達は今、幻を見てるんですよ」
 ナーが眼鏡を持ち上げる。
「どうやらこの島には、心の中にあるイメージを幻として引き出す作用があるようですね。私達はチュチュガヴリーナを知らないから……もう落ち着いた? ルルドちゃん」
「う、うん……うわ、ひどい……」
 改めて独立軍の様子を確認し、ルルドが幼くも整った顔をしかめる。
 独立軍はパニックを起こしていた。幻に囚われなかった者、冷静に対処できた者は速やかに撤退したようだが、半数ほどが闇雲に銃を振り回し、同士討ちさえ始めている。
「どうする? 白蘭。あの人達は敵みたいだけど」
「うーん……看護婦としては、怪我人が出るのは嫌なのよね」
 白蘭はナーと顔を見合わせると、小さく頷いた。

 ルルドは幻に巻き込まれないよう、少し離れた場所に移動していた。
「チュチュガヴリーナなんか恐くない、恐くない~」
 また幻が出てこないよう、頭の中から懸命にイメージを追い出そうとする。
 と、その時。木陰に人影が見えたような気がして、ルルドは顔を上げた。
 そこにいたのは、長い髪と白いドレスの少女。
 年は自分と同じくらいだろうか。とても寂しそうな、何かを訴えかけるような瞳で見つめてくる。
「……貴女……誰?」
 宙に浮かぶ少女の姿が、トトの元にいるイマーニと同じであることなど、ルルドに解るはずもなく。ルルドは少女の方に向かおうとしたが、
「ルルドちゃーん、少しそこでじっとしててねー!」
「あっ、はーい!」
 ナーの声に振り返って答え、再び視線を戻した時、既に少女の姿はなかった。
「今のも、幻……だったのかな……」

   /

 その兵士は濃い霧の中、銃を手に森を進んでいた。
 やがて、前方の霧が晴れる。
 ようやく開けた視界の先には、何やら不気味に蠢く物体が。
「な、何だ……うわぁあぁぁっ!?」
 突然襲いかかってきた怪物に驚き、銃を構えて撃とうとする兵士。
 直後、兵士は腹部に衝撃を受けて気絶した。

「ふう……いいわよ、ナー。次に行きましょう」
 今にも同士討ちをしようとしていた二人の兵士を地面に寝かせ、白蘭は言った。
「はい、それじゃあ……」
 ナーが周囲の様子を探り、よりひどく錯乱している兵士の居場所を優先的に提示する。
 二人の息の合ったコンビネーションにより間もなく騒ぎは収まり、辺りには気絶した独立軍の兵士達が横たわることとなった。
 オリバーやハースィードの姿はない。どうやら最初の段階で、パニックに陥ることなく撤退したようだ。
「大体片付いたわね……ん? 危ない、白蘭!」
 ナーが叫んだ瞬間、物陰から襲いかかってきた男に、白蘭は咄嗟に峰打ちを食らわせた。
 普通の人間ならば確実に気絶するはずの一撃。しかし男は即座に立ち上がり、白蘭に掴みかかってきた。
「なっ!?」
 予想外の出来事に対応が遅れる白蘭。
 男の手が白蘭に届こうとした刹那、ロバスミの銃が発射した弾丸が男の腕を貫いた。更にナーが蹴り飛ばし、地面に叩きつけられた男は、今度こそ動かなくなる。
「これは……クラウンかしら?」
 遠目に男を観察しつつ、ナーが呟く。それは白蘭達は初めて見る量産型クラウンだった。ハースィードの部隊からはぐれた者がいたらしい。
「大丈夫だった、白蘭?」
 まだ地面に座り込んだままの白蘭に、ロバスミが優しく手を差し出す。
「……ありがと、ロバスミ」
 頬をわずかに赤く染め、白蘭は微笑んだ。

「ねぇ、もう終わった?」
 ルルドがおっかなびっくり白蘭達のもとに戻ってくる。
 と、その時。
 ナーの『レーダー』が、また別の反応をキャッチした。
「何かいます!」
「わっ、何!? もしかしてチュチュガヴリーナ!?」

 近くの茂みがガサガサと音を立てる。
 現れたのは、戦場には似つかわしくない一人の少女。
「ちょっと! 誰がチュチュガヴリーナよっ!」
「あ、なんだ子供だ……」
「何よ! 貴女の方が子供じゃない!」
 身体中についた枝葉を払いながら、カエデは言った。

   /

「黒のポーン、白のクィーン“未来”と接触……」
 玉響の声がチェス盤の部屋に響き渡る。

   /

 ルルド・ツキクサとカエデ・オリバー。
 この二人の出会いが、後の歴史を揺るがす一つの波紋となる。


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