森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 第29話

2011年01月12日 | マリオネット・シンフォニー
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 上空から飛来した閃光は天井を突き破り、直下のナルニアに直撃した。
『…………!』
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
 爆発と共にイマーニの姿が消滅し、ルルドとナーが吹き飛ばされる。
「白蘭!」
「わかってるわよ!」
 白蘭は凄まじい速度で床を蹴り、壁に激突する寸前で二人を受け止めた。フジノが発動させた光の翼がその場にいた全員の頭上を覆い、降り注ぐ破片を吹き飛ばす。
「ちっ! こんなときに……!」
 フジノは光の翼を戻すと、キッと上空を睨みつけた。
 すっぽりと円形に崩れ落ちた天井、その向こうに広がる青空。そして、その空を覆い尽くすかのように浮かぶ巨大な戦艦を。

「イマーニっ!」
「よせ、カエデ!」
 爆発したナルニアに駆け寄ろうとするカエデを慌てて制し、オリバーが上空を見上げる。
「ハイム軍だと……!? どういうことだ!」

『長官! ああ良かった、やっと通じた! たった今、この島の上空にハイムの戦艦が出現しました! 早く本部に避難して下さい!』
「……知ってるわよ、とーってもね」
 局員からの通信に溜息混じりに答えると、パティは語気鋭く指令を出した。
「修理が終わったのならエンジンをかけておきなさい。それから戦闘形態で待機。いいわね?」
 そして通信を切ると、白蘭の手当てを受けているルルドに向かって叫んだ。
「ルルドちゃん! お願い、力を貸して!」



第29話 絶望



「撃ち落としてやる!」
 フジノが手のひらに魔力を集中させ、特大の魔法弾を放つ。
 瞬間、戦艦から一つの人影が飛び出してきた。迫る魔法弾を手にした剣で弾き飛ばし、一人の少年が崩れた天井の縁に着地する。
 風が、吹いた。
 白い髪が風になびき、長剣を包む炎が揺らめく。剣とは不釣合いなほどに小さな手と、それを支える華奢な腕。
「……まさか」
 グラフが驚愕に目を見開く。
 少年は静かに顔を上げた。まだ幼さの残る顔立ち、人形めいた無表情──薄桃色の瞳には、氷のように冷たい光が宿っている。
 アートが立ち上がり、搾り出すような声で呟いた。
「ノイエ……!」

 その少年の姿は、確かにノイエだった。
 手にしている剣こそアートの持つF.I.R-IIと同じようだが、スケアとノイエの間にあるような差が一つもない。髪や瞳の色もすべて同じ。設定年齢も変わらないようだ。
「……まさか、僕の量産型か?」
 呆然と呟くノイエ、その声を遮るように。
「違うわよ!」
 苛立たしげな声と共に、ファントムに乗り移ったエンデが舞い降りてきた。

「あいつは……!」
「村に来た奴だわ。でも、あのとき確かにアイズさんが倒したはずなのに」
 目の前の女性は精神投影用の機体であり、エンデの本体は別の場所にいることを知らないナーが、白蘭の手当てを受けながら呟く。

「これこそが最高の兵士。最強の人形よ。お前達のような出来損ないと一緒にしないでほしいわね」
「……なるほどな。俺達3人はそいつを完成させるための試作機か」
「察しがいいわね」
 グラフの推論を、エンデが嘲笑で肯定する。
「その通り。戦闘用人形としてのクラウンの基本的製造技術は、とっくの昔に完成していたのよ。ナンバーズ最高のバランスタイプ、No.14『スケア』の誕生と共にね。あとは技術の革新と共に強化改造を繰り返し、スケアは究極の戦闘用人形としていつまでもハイムの忠実な兵士であり続けるはずだった。ところがスケアはハイムを抜けた。あたし達は、スケアとまったく同じ基本的構造、データを持つ人形を造り出す必要があった」
 エンデはクラウン3人組を順に見回した。
「未知の金属、可変性鉱体の戦闘における実用性をテストするために作られたグラフマン・クエスト。風の能力の応用性を模索するために作られたアーティクル・トライブ。そして最新の高出力兵器を搭載し、なおかつ自らがコピーであるという事実がパーソナルに与える影響を探るため、あえてオリジナルと同じ外見・同じパーソナルを備えて作られたノイエ。お前達3人はスケアの代用品として、新たなデータ収集のために作られたのよ。たかが試作機のくせに、わざわざ正規のナンバーまで与えられてね。もっとも、ここまで出来損ないばかりが勢揃いすることになるなんて思いもしなかったけど」
「違う! 僕達は……!」
 ノイエが蒼白な顔で叫び、言葉に詰まる。
「……僕達は……っ!」
「ノイエ」
 グラフがノイエを抱き寄せ、固く抱き締める。腕の中で小刻みに肩を震わせるノイエ。グラフは顔を上げると、エンデを睨みつけた。
「なぁ、お前……命を玩具にして面白いか」
「命? お前達は人形よ、どう使おうと作ったあたし達の勝手じゃない」
 エンデが呆れたように肩をすくめる。
「でもまぁ、少しは誉めてあげるわ。お前達の蓄積した戦闘データは一つ残らずこの機体に詰め込まれている。パーソナルの及ぼす悪影響もはっきりしたし、邪魔な奴らを1箇所に集めてくれたおかげで、ハイムがフェルマータを侵略するのが楽になった。ご褒美として、最新型の力を見せてあげる。最初の標的としてね」

「……ちょっと待てよ!!」

 突然部屋中に響いた声に、その場にいた全員が振り返る。
 そこには、上空のエンデに怒りに満ちた眼差しを向けるアートが立っていた。
「それが俺達に対する態度か!? 自らの国のために命を賭けて戦い、傷ついた者への台詞か!? ここには俺達やメルクの連中だけじゃない、独立軍の者達もいる! こいつらまで一緒に殺してしまう気か!」
 アートの台詞に、独立軍の兵士達がにわかにざわつく。
 エンデはクスクスと笑った。
「そうね。独立軍の皆さんには悪いけど、ここで一緒に死んでもらおうかしら。南部の英雄エルウッド・オリバーと、勇敢にも兄と共に戦場に赴いたその妹……そして数多くの勇敢な兵士達が南部の独立を夢見て殉死したとなれば、南部の北部に対する感情も更に高まるってもの。これも戦争が生み出した尊い犠牲かしら?」

「カエデ。皆と一緒に今すぐこの場を離れるんだ」
 オリバーはカエデに低く告げると、懐から銃を抜いた。
「でも、おにいちゃ……きゃっ」
「お静かに」
 いつの間にか側に来ていたケイが、声を上げようとしたカエデの口を塞ぐ。
「ケイ・ロンダート副官」
 オリバーは少し驚いたが、すぐに二人に背を向けた。
「妹をお願いします。貴方がたも早く避難を」
「避難するのは貴方も同じですよ、提督」
「何ですって?」
 オリバーが振り返る。
「お気持ちはよくわかります。ハイムの非道を許し難い思いは私共とて同じこと。ですが、ここで戦ってもどうにもなりません。ハイムの白兵戦力は群を抜いています、我々では太刀打ちできない」
「しかし!」
「オリバー提督。ここは何も言わずに我々に任せて下さいませんか」
 短く、しかし確かな口調でケイが告げる。
 オリバーは上空の戦艦を見上げ、もう一度目を戻した。
 いつの間にか、パティとルルドがケイのすぐ後ろに控えている。何をするつもりなのか、先程仲間たちを引き連れてきてくれた青年ロバスミが、ざわめく仲間たちを一箇所に集めようとしている。
 オリバーは少しの間、その様子を見つめていたが、やがて銃を納めた。
「……わかりました」

「アート、ノイエを頼む」
 立ち尽くすアートにノイエを預け、グラフが前に進み出た。その隣に並ぶフジノの身体が黄金の輝きに包まれてゆく。
 と、すぐ近くに人の気配を感じ、フジノは振り返らずに尋ねた。
「貴女はどうするの?」
「聞かれるまでもないわね」
 愛用の長剣を手に、白蘭がフジノの隣に並ぶ。
「正直言って、あんたのことは大嫌いだけど……看護婦として、これ以上怪我人を増やされるのは嫌なのよ」
「私も戦いますよ」
 そして更に、白蘭の隣にナーが並んだ。
「よくもイマーニを、ナルニアを……絶対に許せない」

 手を伸ばせば触れることさえできそうな、重く張り詰めた空気が辺り一帯を支配する。
 グラフ、フジノ、白蘭、ナー。そして崩れた天井の縁に立つ少年。最強の人形と呼ばれた少年の白い髪が、微かな風に揺れる。
 やがて、少年が右腕を掲げた。
 華奢な右手が音もなく変形し、魔力の輝きを帯び始める。
「あれは……僕のノイバウンテン……」
 ノイエが掠れる声で呟く。
 直後、白い閃光が発射された。

「無駄よ!」
 フジノが拡げた光の翼が4人を覆い、ノイバウンテンの魔力を中和する。同時に、4人は一斉に四方に散った。
「遅い!」
 白蘭が一瞬で間合いを詰め、少年に向けて剣を振り下ろす。少年がF.I.R-IIで斬撃を受け止め、空中にいる白蘭を力任せに弾き飛ばす。同時に、F.I.R-IIから発生した炎が白蘭めがけて襲いかかる。
「こんなもの!」
「危ない、白蘭!」
 剣圧で炎を斬り裂く白蘭、その足をナーがつかみ壁に向けて投げ飛ばす。次の瞬間、少年と先程まで白蘭のいた場所との延長線上にある壁が粉々に砕け散った。

「俺の……風の能力か」
 アートの握り締めた拳がギリギリと音をたてる。

 少年はF.I.R-IIを縦横無尽に閃かせ、風と炎の波状攻撃を繰り返す。紙一重で避け続ける白蘭とナー、
「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るね!」
 声と共に放たれたグラフの鎖が少年を捕縛し、動きを封じる。
「なんせ! 今とーってもラブラブなもんで邪魔されたくないんだよ!」
 グラフは少年を振り回すと、壁や床に激突させた。何度も何度も叩きつけられ、F.I.R-IIが手を離れ、腕が千切れ、脚が中途半端な位置から折れ曲がる。
「ちっ、この出来損ないが!」
 エンデは両手を広げ、エコーデリックに似た稲妻を迸らせた。右腕のコントロールに集中していたグラフが為す術もなく直撃を食らい、煙を上げながら床に落ちる。
「フン、クズが……」
 エンデが忌々しげに吐き捨てた──瞬間。
「クズは貴様だ、この寄生虫女が!」
 いつの間にかエンデの背後に回り込んでいたフジノが、手刀でエンデの胸を貫いた。
「消えてなくなれ!」
 フジノの叫びと共に、エンデの身体が爆発する。
 パラパラと降り注ぐ破片の中、フジノはゆっくりと顔を上げ……。
「やった……か?」

『残念! やってない』

 ハッと上空を振り仰いだ瞬間、
「ぐぁっ!」
 戦艦から撃ち出された球状のエネルギーがフジノを直撃する。フジノは球状エネルギーに巻き込まれる形で床を突き破り、階下に落ちていった。
「フフフ、危ない危ない」
 フジノに吹き飛ばされたものと寸分違わぬ姿のエンデが、再び戦艦から舞い降りてくる。エンデは床に空いた巨大な穴を見下ろすと、勝ち誇ったように言った。
「どう? ツェッペリンの味は」

「ツェッペリンですって!?」
 ナーが声を上げる。
「まさか、あれをハイムが……!」

「まったく、ペイジ博士のおかげで開発に10年以上もかかってしまったじゃない」
 エンデは自慢げに言った。
「あと数分でツェッペリンは臨界に達し、この島ごと吹き飛ばすわ。そして……見なさい!」


 エンデの声に応えるように、戦艦から更に4人の少年が舞い降りてくる。
「一人だけじゃなかったの……?」
 白蘭が呆然と宙を見上げる。
 と、隣にいたナーが何かに気づいて振り向いた。その視線の先で、倒れていた少年が立ち上がる。千切れ飛んだ腕からは幾つもの触手のようなものが伸びて繋がり、折れ曲がった脚は音もなく元に戻ってゆく……機体の損傷が見る見るうちに修復されていく。
「そんな……!」

「おいおい、全身が俺の右腕と同じ可変性鉱体かよ……」
 倒れたままのグラフが呟く。

「このツェッペリンと最新型クラウン達──そしてトトのコープ! これで世界はハイムのものよ!」
 エンデが言った途端、
「きゃぁっ!?」
「トト!?」
 アイズと共にいたトトの身体に黒い触手が巻きついた。あっという間に連れ去られるトト、その先にはいつの間に現れたのかネイとヴィナスの姿がある。ネイは素早くヴィナスの触手からトトを受け取ると、当て身を食らわせて意識を奪い、羽交い締めにして首筋に爪を突きつけた。
「ナーイス、ヴィナス」
 エンデが笑う。
「これぞチェック・メイトってものよね、ネイ」
「……ああ……勝つっていうのは、気持ちのいいものだ……」
 薬で痛みをやわらげていても相当無理があるのだろう、ネイが肩で息をしながら苦しげに笑う。ヴィナスは一瞬心配そうな顔を見せたが、すぐにネイと共に跳躍し、崩れた天井の縁に着地した。
「さあエンデ、この島が吹っ飛ぶ前に回収してよ。貴女はファントムだからいくら壊れたって大丈夫でしょうけど、私達は無事じゃすまないんだから……」
 と、その時。
 崩れた床の下から強い光が放たれ、ヴィナスが顔を強張らせた。
「まさか、もう爆発するんじゃないでしょうね!」

 その時、床の穴から階下を覗き込んでいたルルドが叫んだ。
「……ママ!」
 同時に、遥か階下に崩れて積み重なっていた床の破片を押しのけて、フジノが姿を現した。その背中からは光の翼が生え、激しく輝くツェッペリンを包み込んでいる。
「へぇ、中和しつつ抑え込んでるのか……流石ね、フジノ」
 焦る様子もなくエンデが笑う。
 その時、フジノの膝がガクッと崩れた。
「くっ……! 流石に無理か……!?」
「ママ!」
 フジノの様子に、ルルドが慌てて飛び降りる。
「ルルド!? 来ちゃダメよ!」
「何言ってるのよママ! こんなもの、すぐにふっ飛ばしてやるんだから!」
 ルルドがツェッペリンに向かって両手をかざす。しかし、その表情が絶望の色に変わるのに長くはかからなかった。
「……そんな……!」
「無駄よ、ルルド・ツキクサ・ガーフィールド。お前の瞬間移動魔法はツェッペリンには通用しない。臨界間近のツェッペリンは魔力の波長が安定しないからね。さて、このまま二人が潰されるのを見てても楽しいけど……」
 エンデの思考を読み取ったかのように、自己修復を終えた少年が床に空いた穴の縁に立ち、階下に向けてノイバウンテンを構える。
「これでリードランスの血統もお終いね!」

「させるか!」
 床を蹴った白蘭とナーの前に、新たに舞い降りてきた4人の少年達が立ち塞がる。
「ダメ、間に合わない……!」

「二人とも逃げてーーっ!」
 ナーが悲鳴混じりに叫ぶ。



 刹那、白い閃光が迸った。











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