森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 第20話 

2010年05月05日 | マリオネット・シンフォニー
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 11年前、秋。
 撤退していったリードランス王国軍に追撃が行われている最中、バジルとネイは戦線から離れ、都の中心街を訪れていた。目的は、先の作戦で行方不明となったNo.13『タシュラ』とNo.14『スケア』の捜索・回収である。
「アインス・フォン・ガーフィールドの暗殺か。あいつら、ガキだと思ってたがなかなかやるじゃないか」
 ネイは上機嫌だった。参戦以来、その巧みな戦略で仲間のクラウン達を次々と葬ってきた『王家最後の蒼璧』アインス・フォン・ガーフィールドが死んだのだ。リードランス最後の切り札と噂されていた『紅の戦姫』勇者フジノ・ツキクサまでもが戦場から姿を消した今、最早自分達クラウンに敵う者はいない。
「これで俺たちの勝利は決まったも同然だな」
「ああ……そうだな」
 バジルは無愛想に答え、小さく呟いた。
「あの二人も、大きなものを背負うことになったな」
「あん? 何か言ったか?」
「いんや、別に」
 捜索を始めて間もなく、二人はスケアを発見した。
 スケアはアインスの暗殺現場から少し離れた場所に、瓦礫の下敷きになって倒れていた。全身にかなりの傷を負っていたが、誰かに見つかってとどめを刺されなかっただけでも幸運と言うべきだろう。すぐ傍にタシュラの亡骸が転がっていたことから見ても、かなりの激戦が繰り広げられたようだ。
「かなりひどくやられたな。ま、安心しろ。ちゃんと回収してやる」
 ネイはスケアを揺り起こした。
「命令を無視しての行動とは言え、あのアインスを片付けたんだ。タシュラはやられちまったが、その分を差し引いてもお釣りが来るぜ。すぐに最高の治療を受けられるだろう。もしかしたら強化改造もありえるかも知れんな」
 強化改造。その一言に、スケアが恐怖に顔を引き吊らせ、自らの身体を抱え込むようにしてガタガタと震え出す。
「どうした? ……おいバジル、何か様子がおかしいぜ」
「……スケア?」
 ネイの代わりにバジルがスケアの顔を覗き込むと、
「……嫌だ……」
 スケアは小さく呟いた。
「もう嫌だ、戦いたくない……助けてくれ、バジル……」
「スケア、お前……」
 その時、バジルは気がついた。スケアの脳内に組み込まれているはずの通信機が、外側から破壊されていることに。
「……そうか……わかったよ」
 優しく言い、バジルは立ち上がった。

 近くで欠伸を噛み殺していたネイは、スケアが小さく悲鳴を上げたので何事かと振り向き、ギョッと表情を凍らせた。
「バ、バジル!? 何やってるんだ、お前!」
 バジルは自らの頭蓋を指で砕いていた。細い電極針で脳と直結している通信機を頭蓋ごとえぐり出し、引きちぎる。
「……ネイ……」
「な、何だ?」
 額から血を流しながら、バジルは、言った。
「……すまない」
 次の瞬間、バジルの剣はネイの身体を両断していた。

「バジル……?」
 幼子のように震えながら、スケアが茫然と呟く。
 バジルは大きく息をついて言った。
「……ここからが……本当の戦いだぞ」



第20話 幻の島 -殺す-



「何故だバジル! 何故あんな真似をした!?」
 バジルと真正面から切り結びながら、ネイは叫んだ。
「あの頃のお前は、俺から見ても恐ろしいほどの兵士だった。それが何故!」
「あれは……悪かったと思ってるよ。だがあの時は……」
「そんなことを言ってるんじゃない!」
 バジルの背後から量産型が現れ、襲いかかってくる。咄嗟に避けたバジルの背中が浅く切り裂かれた。
「そんなことを言ってるんじゃない……確かに一瞬でもお前に気を許したことは後悔してるぜ。だが俺が何よりも気に食わないのは、お前がメルクなんていうふざけた組織に入ったことだ!」
 ネイは力任せにバジルを弾き飛ばした。
「この世の中は結局“力”が支配している。お前だってあの戦争で身に染みているはずだ! 誰もが胸に抱く理想や希望、夢──そのすべてを踏みにじる圧倒的な暴力! それが戦争だった。俺達はそんな世界で生まれた!」
 ネイは絞り出すように叫び続けた。
「理想や希望があの時の俺達を守ってくれたか!? 愛や優しさが俺達を生き延びさせてくれたのか! 違う! そんなことを信じていた奴らは、一人残らず死んでいった……信じることができたのは自分の力だけだった!
 なのにお前は暴力を捨て、メルクに入った。人と人とがわかり合うことを目指すふざけた組織にだ! 今更いい子ぶろうとしても無駄だぞバジル……俺も、お前も、スケアも! どんなことをしても落ちないほどの血で汚れているんだからな!」
「ああ……その通りだ」
 バジルは剣で身体を支えながら言った。
「俺達は今でも戦争の中にいる。でもな、ネイ。もう少しで、そこから抜け出せるかもしれないんだ」

  /

 グラフとアイズは距離をとって向かい合っていた。
 アイズは護身用の銃を構え、グラフは左手に果物ナイフらしき刃物を持っている。
(なぁーんでこんな所にこいつがいるのよーっ! って別にいても不思議じゃないんだけど……とにかくまずいーっ!)
 内心焦りながら、アイズは努めて冷静にグラフを観察した。
 どういうわけかは知らないが、かつて見た変形可能な右腕は失ってしまっているようだ。ナイフ以外に武器らしい物は持っていない。しかしそれでもクラウンだ。まして相手は、フジノが新型3人組の中で最も強いと言っていた男。
(ちょっとでも変なことしたら、容赦しないんだから……)
 アイズは銃を持つ手に力を込めた。

 一方グラフは、こちらも心の中で自問自答していた。


(どうする? ウサちゃん。アイズ・リゲルがたった一人。相手は只の女の子だ。はっきり言って簡単に殺せる、そしたら俺は大手柄! ってわけだが……)
《あーあ。結局グラフも只の“兵士”なのね》
(しょうがないだろ? これも仕事だ)
 気が乗らないながらも一応の決心をして、グラフが一歩踏み出そうとした、その時。

  やあ みんなおはよう!
  さぁ 素敵なお話を聞きたくない?
  それなら耳を澄ましてみよう!
  きっと何かが聞こえてくるよ!

「トト!?」
 いきなり聞こえてきた軽快な歌声に驚くアイズ。
「な、何だぁ?」
 グラフもキョロキョロと周囲を見回す。
「あれ……でも、この歌は……」

  扉を開けて 外に飛び出し 翼を広げて空を飛ぼう!
  山を越えて 海を渡り   さぁ、何が見えるかな?

   /

「これは……トトの歌?」
 トトの精神波を感知して、レムは呟いた。
「何かわかったの? レム!」
 オードリーとケール博士が期待の眼差しを向ける。
 レムは更に意識を集中した。トトの歌のおかげだろうか、先程よりも島の様子がよくわかる。
「トトの位置はわかりませんが……どうやら無事なようです。長官は、どうやら副官と一緒のようですね」
「ケイが? いつの間に」
 オードリーとケール博士が顔を見合わせる。
「それで、バジルとアイズちゃんは?」
「バジルは……敵クラウンと交戦しつつ移動中です。アイズさんも別の場所で、敵クラウンと接触しています」
「あのバカ、何やってるのよ! 二人とも無事なの!?」
「アイズさんは……今のところ問題なさそうですが、バジルは……劣勢です」
 絶句するオードリー。
 レムはしばらく何かを考えていたが、やがてオードリーに顔を向けて尋ねた。
「オードリー。貴女はバジルのことを愛していますか?」

   /

 バジルとネイの戦いは続いていた。
 ネイと量産型の攻撃に徐々に追い詰められていくバジル。と、
「くっ!?」
 木の根に足をとられ、バジルが突然体勢を崩した。その隙に乗じて、ネイが二体の量産型を向かわせる。
 しかし次の瞬間、近くにあった木が爆発し、量産型を吹き飛ばした。
「トラップか! いつの間に!?」
「地の利を活かしたのさ。戦略の基本だろ?」
 バジルは戦いながら巧みにネイを誘導し、少女の幻を見た場所まで戻っていた。ついさっき自分がかかりそうになったトラップを、逆に利用したのだ。
「くっ……バジル!」
 バジルが体勢を整えるよりも速く、ネイが飛びかかり手刀を突き出す。その鋭い爪が首筋に突き刺さる直前、バジルがネイの手首をつかんで止める。二人の体勢は、断頭台に仰向けに寝かされた囚人と、落とされる直前の刃のようになった。
「……恐いか、バジル? 自分が殺されそうだって気分はどうだ? お前はいつだって楽々と戦場を切り抜けてきたから、こんな気分は味わったこともないだろう」
「そうでもないさ」
 ギリギリと力比べをしながら、バジルは自嘲気味に呟いた。
「自分より強い奴と戦ったことなら、少なくとも三回は経験してるよ」
「はっ、悪い冗談だ。そんな奴が何人もいてたまるか」
 ネイが一層力を込め、その爪が少しずつバジルの首筋に喰い込んでいく。
 と、ネイがささやくように言った。
「お前……初めて人を殺した時のことを憶えてるか?」

   /

 オードリーは戸惑っていたが、レムの真剣な眼差しに押されて、しぶしぶ答えた。
「……ま、ヤな奴だけどね……」
「それならば……私に力を貸して下さい。このままではバジルの命が危険です、どうか貴女の力を……」
「あーもう、何をゴチャゴチャ言ってるの?」
 オードリーはレムの額を軽くつついた。
「そんな場合じゃないんでしょ? それに姉さんが気にすることでもないわよ、みーんなバジルのバカが悪いんだから! ……で、一体何をする気なの?」
「……ありがとう、オードリー」
 レムは嬉しそうに顔を綻ばせると、再度表情を引き締めた。
「では……“飛び”ます」

   /

 バジルは少し考えていたが、やがて小さく溜息を吐いた。
「さあね。もう随分と昔のことだからな」
「俺は憶えてる。あれは初めて戦場に出た時のことだ」
 ネイは吐き捨てるように言った。
「俺は生まれたばかりだった。何も知らなかったし解らなかった。だが、そこは戦場だった。ただ茫然としている間に、俺は近くにいたリードランスの兵士に斬られそうになった。恐かったよ……死ぬんじゃないかと思った」
「ネイ……」
「気がついた時、俺はそいつを殺していた。どうやったのかは憶えていないんだ、とにかく夢中だったからな。だが、その時……俺は本当に嬉しかったんだ。ああ、俺は生き残ることができたんだってな……そう、その時やっとわかったんだよ」
 ネイは一瞬、穏やかとも言える微笑みを浮かべ、それから鬼のような形相で叫んだ。
「こうやって敵を殺し続けている限り、俺は絶対に死なないんだってな!」

 その時、それは起こった。
 ネイの叫びに応えるかのように、周囲の景色が一変したのだ。
「な、何だこれは!?」
 ネイの注意が逸れた隙に、バジルがネイを跳ね退けて剣を一閃する。ネイは咄嗟に後方に逃れ、バジルも立ち上がった。
「これは……イマーニの幻影か」
 深い森の中にいたはずの二人は、一瞬にして殺戮と破壊が横行する戦場の真っ只中に放り出されていた。どうやらイマーニがネイの思考を読み取ったらしい。
「……見ろ、バジル……これが真実だ!」
 斬り裂かれた胸を片手で押さえ、戦いに巻き込まれた人々が一方的に殺されてゆく姿を見ながら、ネイは叫んだ。
「強い者は敵を殺して生き残る。そして弱い奴は死んでいくんだ……違うかバジル! お前達の言う正義や理想が、こいつらを守っているか!? 自分を、自分の大切なものを守ることができるとすれば、それは自分の力だけ……だから俺は殺して殺して殺し続ける! そうしなきゃ俺が殺されるんだ!」
 血を吐くように叫び、身構えるネイ。
 その瞳には、明らかに怯えがあった。
「……ネイ。君は戦うべきじゃなかったね」
 バジルは悟った。ネイも戦争の被害者なのだということを。
「知っているか、ネイ。この世の中には、俺達とは全く違った方法で戦っている奴らがいるんだ。俺達から見れば、確かにそいつらは弱いかもしれない。何の力もないかもしれない。だが、そいつらにしか変えることのできないものがあるんだ。
 確かに俺達は兵士だ。君の言う通り、俺達にできることは戦うことでしかない。だからこそ俺は、そいつらのために自分の力を使うことにしたんだ。もう二度と、俺達のような者が生まれずにすむようにな!」
「ほざけ! 戦い続けている限り、結局何も変わりはしない! そして戦うことを止めたなら、待っているのは死だけだ!」

「俺は……お前を殺して生き残る!」
「もう戦争は終わりだ、ネイ!」

 ネイの姿が地中に消える。傷ついた身体で物質透過をするのは危険なのだが……バジルもまた自らの命と引き換えにネイを葬る覚悟で、剣を構え目を閉じた。
「すまなかった、ネイ。あの時君を、一人で残して……」

   /

 レムが意識を集中するに従って、部屋がガタガタと揺れ始めた。
「ち、ちょっと、待ちなさい! 無茶よ、レム!」
 ケール博士が床に膝をついて叫ぶ。
 一方オードリーはレムの手を握り締めると、ケール博士に向かって言った。
「じゃあ貴方はここにいて! 私達だけでなんとかするわ!」
「……ああもう、わかったわよ行けばいいんでしょ!?」
 ケール博士もレムの手を握る。
「いいの!? 本当に無理しなくてもいいのよ!」
「そこまで言われて退き下がれるもんですか! それにこの島がケラ・パストルだっていうんなら、ここに一番詳しいのはアタシですからね~っ!」
 ケール博士の言葉に、レムもオードリーも微笑む。
「……行きます!」
 レムが叫んだ途端、3人の姿が忽然と消えた。

   /

 バジルの背後に、襲い来る者の気配が生じた。
「そこか!」
 振り向くと同時に剣を一閃し、背後に迫っていた者を斬る。
 しかし、
「何!?」
 それはネイではなく、トラップで倒したはずの量産型だった。
 同時に、バジルの背後に新たな気配が生じた。
「死ね、バジル!」
 ネイが完璧なタイミングで手刀を突き出す。

 次の瞬間。
 森の彼方から強力な火炎が放射され、ネイに襲いかかった。
「な……うわぁあぁぁぁぁあっ!」
 森の木々もろとも炎の直撃を受け、吹き飛ばされるネイ。
「今のは……オードリー!?」

「まーったく。バジル、あんたって男はっ!」
 指先に灯った火を吹き消し、オードリーは笑った。
「やっぱり男って女がいないとダメなんだよね、姉さん?」
「……まったくです」
 レムも汗まみれの顔で微笑む。
「そして女の子は団結なのよ~っ」
 と一人何もしていないケール博士。

「はぁ……まったく、女ってのはうるさくてかなわないな……」
 バジルは大げさに溜息を吐き、やれやれと苦笑した。

   /

 一方、オードリーの火炎放射で大きく抉り取られた森の彼方。
「……畜生……死んで、たまるか……」
 全身に酷い火傷を負いながらも、ネイは意識を失うことなく這い進んでいた。


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