森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

第20話

2009年08月19日 | マリオネット・シンフォニー
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 プラントの狙撃で撃ち抜かれた燃料タンクは、複数あるものの内の一つだったらしい。
 基底部から爆炎を噴出しつつも、かろうじて墜落を免れた中型戦艦は、砲撃を中断して飛び去っていった。
 ……と、何処からか拍手の音が響いた。
「見事なものだ。あのエンデとヴィナスを打ち破るとはね」
 感心するエイフェックスの背後に、純白の高速船【スノウ・イリュージョン】が飛来する。
 見覚えのある船の姿に、アイズは顔色を変えた。
「貴方がトトをさらったのね!」
「その通りだよアイズ君。トト君は私が預かっている。もっとも明日の朝には、彼女は私の手を離れて、ハイムへと連れて行かれてしまうがね」
「そうはさせないわ!」
 エイフェックスに詰め寄ろうとするアイズ。
 しかし、彼女の行く手を数枚のカードが阻んだ。
「確かに私の行為は犯罪だ。しかし私には私の目的があり考えがある。君は言ったね、他人の自由を否定しないと。そして己の自由のために戦うとも……トト君を取り戻したいのなら全力でかかってきたまえ。いくらでも相手になってあげよう」
 自分の理論を持ち出され、反論できないアイズ。
 事実、現状のままではトトを取り返すどころか目の前の男も倒せない。
「いい判断だ」
 エイフェックスは満足気に頷くと、少し離れた木陰から様子を伺っていたジューヌとフェイムに撤退を指示した。しかし、
「? おい、どうしたんだジューヌ」
「私……行かない」
「はあ? 何言ってるんだお前、気でも違ったか?」
「うるさいわね、放っておいてよ! 二流品のあんたには関係ないわ!」
「……ああそうかよ、わかったよ勝手にしろ!」
 フェイムはさっさとエイフェックスのところに行き、ジューヌはエイフェックスに向かって宣言した。
「エイフェックス! 貴方のことは嫌いじゃないけど、私はもう、ハイムに協力するつもりはないわ!」
 エイフェックスは軽く肩をすくめると、素直に引き下がってジューヌに別れを告げた。フェイムとゼロを乗せて、スノウ・イリュージョンが飛び立ってゆく。
「バカな奴だ……今更そっちについて何になるって言うんだ……?」
 外に残ったジューヌを見ながら、フェイムは小さく呟いていた。


第20話 間奏<インテルメッツォ>


 少し後。
 プラントとベルニスは、一対一で向かい合っていた。すぐ近くではナーが固唾を飲んで見守っている。
「いい銃だな。貫通力、飛距離、重心バランス……どれをとっても申し分ない」
 プラントの手には、今もベルニスの銃が握られていた。ベルニスもまた、スペアの銃を手にしている。
 と、プラントが銃口をベルニスに向け、
「しかし弾丸の装填数が少なすぎるぞ」
 引き金を引いた。
 カチン、と弾切れの音が響く。
「リボルバーで6発のみとは……私を逮捕したいのなら、最低でもマシンガン程度は用意したまえ」
 プラントは銃を投げて返すと、両手首を合わせて差し出した。ベルニスが手錠を取り出し、ゆっくりとプラントに近づく。
 と、
「ベルニスさん、待って下さい! プラントさん……!」
「いいんですよ、ナーさん」
 二人の間に割って入ったナーに微笑みかけ、プラントは言った。
「これも運命なのでしょう。最後の最後でボーナムに人助けをさせるとは、神もたまには味なことをする……まぁ、やっと裁きの時が来たということです」
 ベルニスは無言でナーを押し退け、プラントに手錠をかけようとした。
 その時。

 村の方向から、鐘の音が響いてきた。
 プラントが牧師を勤める教会の、尖塔に設えられた鐘が鳴っている。
 皆が動きを止める中、
「この鐘の音を聴くのも、これで最後だな……」
 プラントが感慨深げに呟く。
 と、ベルニスが手錠をかけるのをやめ、懐から携帯端末を取り出した。何かを確認するように、数回操作をした後、懐にしまう。
 ベルニスは事務的な口調で言った。

「現時刻をもって、テロリスト・ボーナムによるセルゲイ大使暗殺事件の時効が成立。A級指名手配犯のリストより、データの抹消を確認した。以上」

 ナーが、プラントが、驚きに目を丸くする。
「それでいいのかね……妹君の仇は」
「俺は国際警察官だ。法には従うし、個人的な感情では動かん」
 そこまで言って、ベルニスは口調をやわらげた。
「お前を追っていたのは、妹の仇としてであることに間違いはない。だが、村に溶け込み、村のために生きているお前を見て、少々毒気を抜かれた。それでも仕事は仕事だ、証拠となるデータを集め全力で逮捕に専念したが……まあ、こうなってしまっては仕方がない」
「ベルニス君……」
「どうやら『神の裁き』という奴のようだな。テロリスト・ボーナムは世界に不要な人間だが、プラント牧師は必要だということだろう……もっとも、まだ完全に許したわけではないがな」

「よかったね、うまくいったみたいじゃない」
「あ、アイズさん」
「何? 時効か何かなの?」
「ええ、そうなんですけど……」
 ナーがアイズの耳元に口を寄せる。
「あの教会の鐘、20分は早く鳴ってるんです。多分、戦闘の影響で壊れてるんじゃないかと……」
 アイズは少し驚いたが、
「多分、ベルニスさんだってわかってるよ。だってほら、腕時計つけてるし」
「あ、ホントだ」
「神もたまには味なことをする……ってやつかしらね」
 呟く声に振り返ると、そこにはジューヌが立っていた。
「そうだ。ジューヌさん、戻ってきてくれたんだね」
 喜び、歓迎するアイズ。しかし、
「悪いけど、私はまだ貴女達と共には戦えない。自分のしでかした事の始末は、自分でつけるわ」
 ジューヌは踵を返し、その場を去り……と、途中で振り返って笑顔を見せた。
「そうそう、アイズって言ったっけ? 貴女の言った通り、トトってすごいわね。おかげで目が覚めたわ」

「う~ん。プライドが高いっていうのも、困ったもんよね」
 溜め息混じりに呟くアイズ。
 ナーは周囲の被害状況を観察しながら言った。
「それで……これからどうするんですか? アイズさん」

 太陽教団、本拠地。
 黒十字戦艦の艦内はざわめいていた。艦内の至るところには中型戦艦やスノウ・イリュージョンから送られてきた映像が映し出されており、そこに映るフジノやヴィナスの姿は、神官達に疑問を抱かせるには充分だった。
 つまり、
「彼女達は本当に味方なのか? あれは一体何なんだ? 一体何が起きているんだ?」
 ということである。

 一方、監禁中のトトは。
『聞こえた? アインスの言葉、スケア、フジノ、カシミール、ルルド達のこと……』
 ベッドに腰かけて目を閉じるトトの口から、普段とは異なる声が響く。それは以前トゥリートップホテルでエンデに対抗した、もう一人のトトの声だった。
「はい……悲しい話ですね。誰も、誰も悪くなんてないのに」
『でもようやく……彼らの心の闇が、すべて吐き出されたわ。後はそれを見極めて、正しい方向に導いてあげればいい。さあ、トト。貴女の出番よ』
 頷き、トトはうっすらと目を開いた。
「皆さん、私の歌を聞いて下さい」

 瞬間、艦内のすべての通信・放送機能がジャックされた。
 少女の歌声が、艦内の隅々にまで響き渡る……。

 一方、アイズ達は一旦坑道に戻っていた。
 モレロは負傷の激しい白蘭を抱えてペイジ博士の元へ。
 プラントは村人達を集め、事態の経過を説明すると共に、自分の過去をも話した。
 返ってきた反応は、過去はどうあれプラント牧師は村に必要な人間だ……ということだった。

「こうなったら、先手を打ってこちらから奇襲攻撃を仕掛けるしかないでしょう」
 ベルニスは言った。
「ここからでは国際警察に援軍を要請しても2日はかかります。それでは遅い」
「そうね……ナー!」
「はいっ!?」
 いきなり呼ばれて素っ頓狂な声を上げるナー。アイズはニヤリと笑って言った。
「貴女の出番よ!」

「でーすーかーらー、そんなこと私にはできませーん!」
 見晴らしのいい場所で、ナーはアイズとベルニスに挟まれていた。
「私の専門は、あくまで気象観測でですねーっ」
「絶対できるって! ただ能力の使い方がわかってないだけなんだってば!」
「あれだけの大きさの戦艦を丸ごと隠そうとすれば、相応に強力なシステムが必要になります。具体的にどのような方法を用いているのかまではわかりませんが、それが周囲に何の影響も及ぼさないということはまずありえない。戦艦そのものではなく、隠匿行為による影響を発見することさえできれば、かなりの絞り込みが可能なはずです」
「んー、まぁそれならできるかもしれないですけどー」
 しぶしぶレーダーを全開にするナー。
「ここは山の上なんですから、磁力とか電力なら至る所で発生して……あれ?」
「どうしたの、ナー」
「レーダーに渡り鳥が映ったんです。でも変なんですよ。この鳥、いつも決まったコースしか通らないはずなのに……あれ? いつもの産卵場所に鳥が一羽もいない……」
『それだっ!』
 アイズとベルニスは声を揃えて言った。
「何処ですか、方角と距離は?」
 ベルニスに問われ、ナーがまっすぐに腕を伸ばす。
「ほぼ南西、およそ5.2km先の断崖絶壁です。でもそんな場所に戦艦が着陸できるはずはありませんから……そこから更に1km先の盆地。戦艦の規模から見て、ここ以外には考えられません」
「偉い、ナー! 流石っ!」
 アイズがバンバンとナーの背中を叩く。
「…………」
「よぉーし、どうにか行ける距離ね……って、どしたの、ナー?」
「え? あ……いえ、何でもないです」
 ナーは何事か考え込んでいたが、アイズに声をかけられて軽く笑って見せた。
「えと……それじゃ、私は先に坑道に戻りますね」

「どうしたんだろ?」
「さぁ……」
 ナーの後姿を見送り、アイズとベルニスは顔を見合わせた。
「よくわかんないけど……ま、ベルニスさんも手伝ってくれるんだし、何とかなるよね」
「ああ、そのことではないのですが……アイズさん」
 真剣な瞳でアイズに迫るベルニス。
「ここから先は危険です。今までも十分に危険でしたが、相手の本拠地に乗り込もうというのですから、その危険性は……」
「わかってるよ、ベルニスさん」
 ベルニスの言葉を遮り、アイズは微笑んだ。
「妹さんのことがあるから、心配してくれてるのはわかるけど……でも、私は行くわ。トトを守るって約束したの」
「あ、いえ……そういうつもりで言ったわけではなくてですね」
「はい?」
 ベルニスは一つ咳払いをすると、拳を握り締めて力説し始めた。
「アイズさん。これまで貴方の行動をずっと拝見してきました。貴女はとても勇気がある。判断力も優れているし、行動力も並ではありません。そして、友人のためなら己を危険に晒すことも厭わない、高潔な人格。どうです、国際警察に入りませんか?」
「がくっ」
 アイズはひっくり返った。
「貴女ほどの才能があれば、国際ギャング団が相手でも互角に戦えるはずです。今回のような危険なミッションを無事に切り抜けたという実績を示せば、上も納得するでしょう。実は今、ちょうど女性隊員が一人欠員していまして……あ、ちなみに私の妹は貴女とは違って、もうお淑やかで慎ましくて物静かで料理がうまくて……写真見ます?」
「い、いえ……遠慮しときます、国際警察の件も含めて……」
 ヨロヨロと立ち上がるアイズ。


 残念がるベルニスを残して坑道に戻りながら、アイズは盛大に溜息をついた。
「私のイメージってそんななのね……みんな、私のこと気の強い男女だと思ってんのね……トホホ」

 坑道に戻ったアイズは、白蘭が目を覚ましたと聞いて彼女の私室に向かった。
 白蘭はすっかりお淑やかになってベッドに座っていた。フジノに握り潰された両手を見つめながら、か細い声で呟く。
「あたし……何してたんだろ。こんなことしても何の解決にもなんないのに……ロバスミだって、まだ目を覚ましてくれないし……」
 アイズが白蘭の隣に腰掛けると、白蘭は自嘲的な笑みを浮かべた。
「あたし、自分のことを“強い”って思ってた……でも、本当はカシミール姉さんとか、アインスさんとかが“強い”んだよね。あたしじゃあ、呪いに侵されていく身体を抱えて精一杯生きたり、国一つを滅ぼせる兵器を抱えて生きたりなんてできない。スケアさんみたいに自分の罪を背負って生きていくこともできないし、ルルドみたいに自分の運命に立ち向かうこともできない……あたしって、なんて弱いんだろ……」
 アイズは白蘭の肩に腕を回して、そっと抱き寄せた。
「自分の弱さを認められるんだったら大丈夫だよ。白蘭には白蘭にしかできないことがきっとあるから。それを見つけられれば、きっと強く生きていけるよ」
 白蘭はアイズの手を取った。
「ありがとう……アイズも、とっても強いよね」

 ヴィナスの乗った中型戦艦が本拠地に到着した時には、既にスノウ・イリュージョンが到着していた。戦艦の修理を頼もうと、ヴィナスは黒十字戦艦に入り……ホールに出た途端、驚いて立ち止まった。
 神官達がひしめきあい、何事か盛大に議論を重ねている。そしてその中心には、監禁していたはずのトトの姿があった。近くにエイフェックスの姿を見つけ、何が起きているのかと尋ねる。
「私じゃないよ、彼等が自分からトト君を解放したんだ。しかしなるほど、ジューヌ君の言った通りだな。三日とかからずに大変なことが起きる……か。はは、確かにそうだ」
 どうして知っていたのかはわからないが、どうやらトトがハイムやリードランス、アインス、戦争の真実などをすべて神官達に話したらしい。そして、プラント牧師の過去やペイジ博士の発電所、更にはカシミールの体内に埋め込まれたツェッペリンのことも。神官達の議論は自分達の行為の善悪を問うものから始まり、やがては宗教論を巻き込む大論争へと発展した。そしてほぼ全員が、ハイムに反感を抱き始めていた。
 上位の神官達は余りに頭が固いので部屋に閉じ込められていたが、ヴィナスに助けられてホールに乗り込んできた。若い神官達(トト側)と上位の神官達(ハイム側)との間に一触即発の雰囲気が漂う。しかしトトが争いを望まなかったので、ひとまず解散となった。

 トトが部屋に戻ると、アイズに倒されたはずのエンデがやってきた。
「なめた真似をしてくれたわね……あいつらを手懐けたか」
 トトは落ち着いて答えた。
「私は貴女とは違います。私はただ、多くの想いを、願いを、皆さんに伝えただけ。貴女のように心を操ってはいません」
「違う? 同じよ、あんたとあたしのやっていることはね」
 エンデは凄まじい剣幕でトトを睨むと、何もせずに出ていった。
 トトは悲しげに目を伏せると、疲れた声で呟いた。
「アイズさん……」

「何を焦ってるのよ。もうすぐトトが手に入るし、村の人形だってほとんど戦力になる奴は残ってないじゃない。フジノとカルルが使えなくたって、私と貴女だけで充分よ」
 ヴィナスがなだめるが、エンデは焦りを隠そうともしない。
 ……と。
「じゃあ、俺を使わないか?」
 そこに一人の男が声をかけてきた。ヴィナスが訝しげに眉をひそめる。
「フェイム……何のつもり?」
「なに、エイフェックスとの契約は終了したんでね。暇なんだよ」
 表情はおどけていたが、フェイムの瞳は奇妙に落ち着いていた。


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