ブログ・プチパラ

未来のゴースト達のために

ブログ始めて1年未満。KY(空気読めてない)的なテーマの混淆され具合をお楽しみください。

楳図かずおが描く東京タワーは、たしかに華奢な吊り橋のように揺れていた。

2009年11月21日 | 中沢新一
東京タワーと日本の橋

中沢新一の『アースダイビング』で、東京タワーを日本の「橋」にたとえる箇所があった。
霧の向こうに掛かる、華奢な、こわれやすい、かそけき「日本の橋」(保田与重郎)。
私は学生時代、図書館で保田与重郎の全集を何冊も借り出して、その濃密な文章に驚いて、かつ酔ったような気分になったことがあるが、東京タワーが「橋」であることには勿論気がつかなかった。

私が東京タワーといって思い出すのは、リリー・フランキー原作の映画や、楳図かずおの『わたしは真悟』という漫画だった。(先ごろ私は、楳図邸の写真集である蜷川実花『ウメズハウス』を購入したのだが、蜷川という方の技法上の装飾みたいなものなんだろうけど、「ピンボケ写真」の多さには参った。)

「333カラトビウツレ」

『わたしは真悟』では、主人公のさとるとマリンが、自分達の「子どもを生む」ために、東京タワーによじ登って、その「先端」から夜空へ飛び移るシーンがある。

「333から飛び移れ!」という指令を、真悟というロボットから受け取っての決死の行為だった。
東京タワーは、強風にあおられて、吊り橋のように揺れる、いつ折れるとも知れない、まさに華奢な東京タワーだった。自分達が死に近づくことで、子どもがどこかで誕生しているというストーリーも、東京タワーと死との関係を暗示しているようで面白い。

通天閣は?

大阪の「通天閣」と東京タワーを比べると、どうなのだろう。
「通天閣」というのは、下が「凱旋門」で上が「エッフェル塔」を模して作られているそうだ。
周りの雰囲気と相まって、なんとなく「下品」な通天閣は、おぼろめいた「日本の橋」とはいささか呼び難い。
大阪はまるでヒンズー教の聖地のようで、「凱旋門」はおそらく「女陰」の象徴だろうし、こうなるともう、上の「エッフェル塔」はその女陰につきささった「男根」にしか見えない。
それはそれで「野生の思考」の一例なのだろうけど、『わたしは真悟』のさとるとマリンはけっしてこの塔には登らないだろう。華奢な吊り橋の感覚、天空に架かるラルク・アン・シエルの感覚がここにはない。
なかったらなかったで、別にかまわんのだけど。

関連記事:「阪急沿線的」ということー北摂から考える(ちょっとだけ)2009年11月16日


栗本薫のこと-「生やす」とき、百鬼丸は苦痛のあまり叫んだりする。

2009年11月21日 | 日記
今年2009年は、なぜだか知らないけど、マイケル・ジャクソンをはじめ、20世紀の文化を代表するような人物が次々と亡くなっていく年だ。
忌野清志郎、レヴィ・ストロース、三遊亭円楽だってそうである。

栗本薫も、その中の大きな星のひとつだったと思うのだが、私はこの方の小説にはあまり詳しくない。
一度だけ、中学生時代に「天国への階段」という小説を読んだ覚えがあるだけだ。
だからわたしは、筆名・中島梓で書かれた『コミュニケーション不全症候群』のほうを思い出す。
私はこの本を、20歳前後に繰り返し読んでいた。
私にとって一番印象深かったのは、今でも時々思い出す、手塚治虫の「どろろ」百鬼丸について書かれている箇所である。

『百鬼丸こそは、社会と時代によって自分の「居場所」を奪い取られ、それを人工の幻想のなかに見つけてそこで生き延びなくてはならなかった現代の弱者たちの姿の予言である』(中島梓『コミュニケーション不全症候群』)

手塚治虫の作品の中で、「どろろ」はかなり私の好きな作品の部類に入る。
百鬼丸が、魔物を倒すたび、激痛と共に「身体・器官」を「生やす」シーンは子どものころ初めて読んだ時から特に印象深かった。

『実の父親の出世欲のために魔物にその体の各部分をうばいとられ、魔物を倒してそのたびに手や足や口、声や耳を取り戻さなくてはならない百鬼丸はあまりにも、それが描かれてから二十年ほどして私たちのおちいっているこの現代の状況を象徴している。』

中島梓『コミュニケーション不全症候群』の「あなたは現代の百鬼丸である」という診断は自分によくあてはまるような気がして、どうしたら感覚器官を生やせるのか?と課題を立てていろいろと試行錯誤したつもりになったことがあった。今も自分が何かしているとき、百鬼丸と似たようなことをしているのかもしれない、と思うことがある。

『百鬼丸はともかくも〈人間〉に戻らなくてはならぬ。実の親のエゴによって目も鼻も口も手足もなにもない芋虫のような赤ん坊にされてしまった百鬼丸が生き延びるには、たとえどのような魔物とたたかい、取り戻すのはどういうパートであるにせよ、ともかく本来自分自身であったところのものをすべて取り戻す以外にはないのだ。』


最初は「芋虫」ではじまった、何もかも奪われている子ども、百鬼丸。
しかし奪われてしまった「手や足や口、声や耳」は、罪深い父親を「糾弾」することで取り戻されるわけではないだろう。
自分の内部から「生やす」しかないのだ。
それがあまりにもつらいので、百鬼丸は自分の眼球や腕を生やすとき、あんなにもわめいたり、悶えたりするのだろうと思う。

creeping empiricism [けなして]地をはいずり回る経験主義

2009年11月21日 | 橋本治
先日、高校時代に使っていた『ジーニアス英和辞典』でたまたま「empirical 」(経験主義の)という単語を調べていたら、英語では「経験主義」という言葉が「やぶ医者」・「当てずっぽうの」といった悪い意味で使われることがあることを知った。

そこには、

empiric 〈名詞〉 ①経験主義者 ②やぶ医者

とあった。経験主義者は「やぶ医者」である、というこの断言はすごいなと思った。

やっぱりアレかな、医者たるもの、きちんと西洋医学の合理的な体系に則って治療しなければ医者にあらず、ということをこの辞書は教えようとしているのか。
経験だけで患者の診断や治療を行う人間は、行き当たりばったりのやぶ医者になりかねない、という教訓なのだろう。

じゃあアレかな、経験にもいろいろあると思うけど、empiric には、「赤ひげ」や間黒男(はざま・くろお=ブッラク・ジャック)みたいな先生も含まれるのだろうか。そんなことを想像してちょっとせつなくなりつつ、

他の派生語も見てみると、

empiricism 〈名詞〉 ①経験主義 ②いんちき医者の手口

というのがあって、「いんちき医者の手口」はまあいいとしても、①経験主義 で(例文)が一つだけ載っているのが気になって、それが
 
 creeping empiricism [けなして]地をはいずり回る経験主義

というものだった。

括弧の中の[けなして]というのは何たる言い草だろうと思った。

ほかにましな例文はなかったのか。

「地をはいずり回る」を実践している人が、自分の不器用さを[謙遜して]そう言うのならまだしも、この(例文)だと[けなして]とあるから、「はいずり回っていない」人が「はいずり回っている」人を横目で見つつ、懐手して「ははーん、こいつ、creeping empiricism だな・・・」と心の中でつぶやいているような情景が思い浮かんできて「何だよ冷たいな」と腹が立ってくる。

橋本治『わからないという方法』という本で、著者自らが「地を這う方法」として、「枕草子」現代訳の「しんどい作業」を延々と語りつづけている箇所があったが、こういうことまで [けなして]地をはいずり回る経験主義、と言うんだったら、『ジーニアス英和辞典』はちょっと経験主義に対して冷たすぎる。

と勝手な感想を抱きながら辞書を閉じた。