廃棄されるはずだったモノたちが流れ着く場所
内田樹の『日本辺境論』という本を読んで、中古書店ブックオフの社長が「わが社のあり方は、この本で言う日本=辺境のあり方とちょっと似ているかも」という感想を述べている。『週間東洋経済』「2010年新春合併特大号」の「経営者が薦める三冊」のコーナーの中でのことである。
廃棄されるはずだった本たちが流れ着く場所。本の墓場であり、本の再生工場でもあるブックオフ。
時には日本の出版文化を破壊していると非難されることもある、ファスト風土の象徴、あのブックオフが「辺境としての日本」と似ている、なんてこと私は思いつきもしなかったが、それを当のブックオフ社長が述べているのだから、面白いと思った。
『週間東洋経済』の「経営者が薦める三冊」のコーナーで、ブックオフ社長・佐藤弘志氏が本年度のビジネス書「1位」に内田樹『日本辺境論』を挙げて、短いコメントを付している。「自社を見つめ直す」という小見出しで。
このうち「ブックオフは日本にそっくりでもあり、そうでなくもあり。」というところが今回私が注目したところ。
…『<自社を見つめ直す> 著者(内田樹氏)が徹底的に俯瞰して「日本」を語ることと併走して、自分の会社(=ブックオフ)のビッグピクチャーに想いを馳せた。当社は日本にそっくりでもあり、そうでなくもあり。経営者が自社の企業文化・深層構造を見つめ直す際にスケールを広げてくれる、好ガイド。』…
そうなのか。「辺境としての日本」のあり方と、ブックオフのあり方はどこか似ている。もしかすると日本は昔から、国を挙げての「ブックオフ」だったのか。
ここから私の妄想は広がる。
とすると日本で、聖徳太子が『三経義疏』を書いて仏教の普及にこれ努めたのも、明治の元勲たちが必死にフランスの民法なんかを輸入して日本の法制度を整備したのも、MBAの教科書が翻訳されて日本のビジネス書として売りに出されるのも、どれもこれも「ブックオフ」であり、外国から文物を仕入れて、表紙カバーを特殊な洗浄液で洗浄し、手垢で汚れた小口を研磨機で研磨してから、見た目を綺麗にして店頭に出す中古書リサイクル店のアルバイト店員のような作業を、日本はこれまでずっと千年間以上続けてきた、ということなのか。…そこまで大げさなことを佐藤社長が言ってるわけではないが。
内田樹氏の「放談」の効用
しかし実は、まだ私は内田樹の『日本辺境論』は読んだことはないので、ここではひとまず佐藤社長のコメントをネタにして適当なことを想像して楽しんでいるだけである。
『日本辺境論』は、書店でパラパラと開いてはみたが、今の自分には、あまり触手が動かされる本ではなかったので、購入にまでは至らなかった。
私が内田樹氏の著作との出会いで、過去、最も恩恵を受けたと思っているのは、『身体(からだ)の言い分』(2005年)という本との出会いであり、新書の『いきなりはじめる浄土真宗』『はじめたばかりの浄土真宗』(2005年)である。『いきなり浄土』を読んだ時は「ついにこのような本が現われたか」と感動した。
関連記事:「始原の遅れ」-内田樹『いきなりはじめる浄土真宗』より 2010年01月14日
つまり私は内田氏の著作に、宗教論や身体論の分野から入っている。
これに対し憲法問題や、政治や社会制度などについて考える時は、内田樹氏の意見はあまり参考にならない。
内田樹氏への批判者がよく言うように、私も氏の文章を読んでいてあまりに「放談」が過ぎると思うことがよくある。しかし他方に「放談の効用」というのもあると私は思っており、内田氏のような大風呂敷を広げることが好きな人がいると、それを媒介にしていろんな人やモノたちがウジャウジャとつながっていったりすることがあるので、やはり氏の存在が貴重であることには変わりはないとも考えるのである。
ファスト風土という砂漠で水を汲むような所作である
ブックオフの話に戻るが、私は最近、生活費の必要に迫られて、自宅まで取りに来てくれるブックオフの「宅本便」というサービスを利用して、段ボール箱4箱ほどの蔵書やDVDを買い取りしてもらった。買い取り価格は一万円くらいになった。この額でも私にとっては有り難い「つなぎの資金」である。
逆に、ブックオフで購入してこれまで私が「掘り出し物かな」と感じたのは、浄土真宗のお経「大無量寿経」や親鸞・蓮如などの文章を集めた法蔵館出版の『真宗聖典』だった。これは1935年から版を重ねているもので、手のひらサイズのコンパクトな聖典。あの騒がしい音楽が流れる店内で、この宗教書を買い求めるときの私の気分には、やや陰惨なものが含まれていた。ファスト風土という砂漠で、あるはずもないオアシスを探しているような気分でこの本を手に取ったことを覚えている。
でも私は、ブックオフでCDやDVDを売ってとりあえずの数千円の金額を得て、「とりあえず間に合った」「救われた」という気分になったことが幾度かある。
だから私はブックオフがあって本当によかったと思う。
佐藤社長の発言によると、ブックオフはこれから、書物以外に衣類などの日用品のリサイクルを始め、家族連れが楽しめるような場所を作りたいと考えているようだ。私もブックオフ自身が、ファスト風土のなかのオアシスのような場所になっていってくれたらいいな、と思う。
「ブックオフ」の変化は、日本の「ファスト風土」の変化でもある。
だから佐藤弘志社長には、会社の「ビッグピクチャー」を存分に描いてもらって、これからも頑張って頂きたいと思う。
*『週間東洋経済』のくだんのビジネス書紹介コーナーで、他に私の目を引いたのは、コンサルタント会社の「リンクアンドモチベーション」社長・小笹芳央氏が「1位」に宮台真司『日本の難点』を挙げていたこと。社会学者の宮台真司氏の著作に注目したのがコンサルタント会社だった、というのはいかにもそれっぽいなーと思った。
関連記事:『思想地図 vol.4』を読む②-クワガタ虫・テレビ・ファスト風土 2009年11月30日
(→後半部分で、宮崎哲哉氏が「ファスト風土も悪くない」と言っている部分を引用しています。ファスト風土は人間工学的にも優しく、これから新しい「故郷」になっていく可能性があります。…『私なんか、ショッピングモールの高い吹抜けの下、ゆったりとしたベンチで本を読んだり、地元の高校生とかお婆ちゃんとかとお喋りしたりしてると、次第に「郷愁」すら感じるようになるもの。それは「ファスト風土」にすぎず、アイデンティティの寄る辺にはならないとする三浦展氏の評価は一面的と言わざるを得ないですね。』(宮崎哲哉氏)…そういえば、私の住んでいる町にある「カルフール」ショッピング街も、訪れてみるとなかなか和やかな雰囲気である。立体的なショッピングモールのはざまに、なぜか「小川」が流れていて、休日になるとそこでは親子が「ザリガニ釣り」を楽しんでいるのを見ることができる。ショッピング・センターで「ザリガニ釣り」を見たときは、ちょっとびっくりした。たしかに擬似自然だけど、悪くはない風景だった。子どもや親にとっては「かけがえのない時間」だからだ。…)
内田樹の『日本辺境論』という本を読んで、中古書店ブックオフの社長が「わが社のあり方は、この本で言う日本=辺境のあり方とちょっと似ているかも」という感想を述べている。『週間東洋経済』「2010年新春合併特大号」の「経営者が薦める三冊」のコーナーの中でのことである。
廃棄されるはずだった本たちが流れ着く場所。本の墓場であり、本の再生工場でもあるブックオフ。
時には日本の出版文化を破壊していると非難されることもある、ファスト風土の象徴、あのブックオフが「辺境としての日本」と似ている、なんてこと私は思いつきもしなかったが、それを当のブックオフ社長が述べているのだから、面白いと思った。
『週間東洋経済』の「経営者が薦める三冊」のコーナーで、ブックオフ社長・佐藤弘志氏が本年度のビジネス書「1位」に内田樹『日本辺境論』を挙げて、短いコメントを付している。「自社を見つめ直す」という小見出しで。
このうち「ブックオフは日本にそっくりでもあり、そうでなくもあり。」というところが今回私が注目したところ。
…『<自社を見つめ直す> 著者(内田樹氏)が徹底的に俯瞰して「日本」を語ることと併走して、自分の会社(=ブックオフ)のビッグピクチャーに想いを馳せた。当社は日本にそっくりでもあり、そうでなくもあり。経営者が自社の企業文化・深層構造を見つめ直す際にスケールを広げてくれる、好ガイド。』…
そうなのか。「辺境としての日本」のあり方と、ブックオフのあり方はどこか似ている。もしかすると日本は昔から、国を挙げての「ブックオフ」だったのか。
ここから私の妄想は広がる。
とすると日本で、聖徳太子が『三経義疏』を書いて仏教の普及にこれ努めたのも、明治の元勲たちが必死にフランスの民法なんかを輸入して日本の法制度を整備したのも、MBAの教科書が翻訳されて日本のビジネス書として売りに出されるのも、どれもこれも「ブックオフ」であり、外国から文物を仕入れて、表紙カバーを特殊な洗浄液で洗浄し、手垢で汚れた小口を研磨機で研磨してから、見た目を綺麗にして店頭に出す中古書リサイクル店のアルバイト店員のような作業を、日本はこれまでずっと千年間以上続けてきた、ということなのか。…そこまで大げさなことを佐藤社長が言ってるわけではないが。
内田樹氏の「放談」の効用
しかし実は、まだ私は内田樹の『日本辺境論』は読んだことはないので、ここではひとまず佐藤社長のコメントをネタにして適当なことを想像して楽しんでいるだけである。
『日本辺境論』は、書店でパラパラと開いてはみたが、今の自分には、あまり触手が動かされる本ではなかったので、購入にまでは至らなかった。
私が内田樹氏の著作との出会いで、過去、最も恩恵を受けたと思っているのは、『身体(からだ)の言い分』(2005年)という本との出会いであり、新書の『いきなりはじめる浄土真宗』『はじめたばかりの浄土真宗』(2005年)である。『いきなり浄土』を読んだ時は「ついにこのような本が現われたか」と感動した。
関連記事:「始原の遅れ」-内田樹『いきなりはじめる浄土真宗』より 2010年01月14日
つまり私は内田氏の著作に、宗教論や身体論の分野から入っている。
これに対し憲法問題や、政治や社会制度などについて考える時は、内田樹氏の意見はあまり参考にならない。
内田樹氏への批判者がよく言うように、私も氏の文章を読んでいてあまりに「放談」が過ぎると思うことがよくある。しかし他方に「放談の効用」というのもあると私は思っており、内田氏のような大風呂敷を広げることが好きな人がいると、それを媒介にしていろんな人やモノたちがウジャウジャとつながっていったりすることがあるので、やはり氏の存在が貴重であることには変わりはないとも考えるのである。
ファスト風土という砂漠で水を汲むような所作である
ブックオフの話に戻るが、私は最近、生活費の必要に迫られて、自宅まで取りに来てくれるブックオフの「宅本便」というサービスを利用して、段ボール箱4箱ほどの蔵書やDVDを買い取りしてもらった。買い取り価格は一万円くらいになった。この額でも私にとっては有り難い「つなぎの資金」である。
逆に、ブックオフで購入してこれまで私が「掘り出し物かな」と感じたのは、浄土真宗のお経「大無量寿経」や親鸞・蓮如などの文章を集めた法蔵館出版の『真宗聖典』だった。これは1935年から版を重ねているもので、手のひらサイズのコンパクトな聖典。あの騒がしい音楽が流れる店内で、この宗教書を買い求めるときの私の気分には、やや陰惨なものが含まれていた。ファスト風土という砂漠で、あるはずもないオアシスを探しているような気分でこの本を手に取ったことを覚えている。
でも私は、ブックオフでCDやDVDを売ってとりあえずの数千円の金額を得て、「とりあえず間に合った」「救われた」という気分になったことが幾度かある。
だから私はブックオフがあって本当によかったと思う。
佐藤社長の発言によると、ブックオフはこれから、書物以外に衣類などの日用品のリサイクルを始め、家族連れが楽しめるような場所を作りたいと考えているようだ。私もブックオフ自身が、ファスト風土のなかのオアシスのような場所になっていってくれたらいいな、と思う。
「ブックオフ」の変化は、日本の「ファスト風土」の変化でもある。
だから佐藤弘志社長には、会社の「ビッグピクチャー」を存分に描いてもらって、これからも頑張って頂きたいと思う。
*『週間東洋経済』のくだんのビジネス書紹介コーナーで、他に私の目を引いたのは、コンサルタント会社の「リンクアンドモチベーション」社長・小笹芳央氏が「1位」に宮台真司『日本の難点』を挙げていたこと。社会学者の宮台真司氏の著作に注目したのがコンサルタント会社だった、というのはいかにもそれっぽいなーと思った。
関連記事:『思想地図 vol.4』を読む②-クワガタ虫・テレビ・ファスト風土 2009年11月30日
(→後半部分で、宮崎哲哉氏が「ファスト風土も悪くない」と言っている部分を引用しています。ファスト風土は人間工学的にも優しく、これから新しい「故郷」になっていく可能性があります。…『私なんか、ショッピングモールの高い吹抜けの下、ゆったりとしたベンチで本を読んだり、地元の高校生とかお婆ちゃんとかとお喋りしたりしてると、次第に「郷愁」すら感じるようになるもの。それは「ファスト風土」にすぎず、アイデンティティの寄る辺にはならないとする三浦展氏の評価は一面的と言わざるを得ないですね。』(宮崎哲哉氏)…そういえば、私の住んでいる町にある「カルフール」ショッピング街も、訪れてみるとなかなか和やかな雰囲気である。立体的なショッピングモールのはざまに、なぜか「小川」が流れていて、休日になるとそこでは親子が「ザリガニ釣り」を楽しんでいるのを見ることができる。ショッピング・センターで「ザリガニ釣り」を見たときは、ちょっとびっくりした。たしかに擬似自然だけど、悪くはない風景だった。子どもや親にとっては「かけがえのない時間」だからだ。…)