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ブログ・プチパラ

未来のゴースト達のために

ブログ始めて1年未満。KY(空気読めてない)的なテーマの混淆され具合をお楽しみください。

「阪急沿線的」ということー北摂から考える(ちょっとだけ)

2009年11月16日 | 日記
最近私は、中沢新一の『アースダイバー』を参考に大阪の上町台地周辺を散策したことがあって、その時は縄文時代の地形と現在の街並みとで自分なりにいろいろな「符合」が見つかり(やや「コジツケ」もあるけど)、大いに感動した。

最近は、街を歩くとき「縄文時代はどんな地形だったか」を想像するのが楽しみになっている。
今回訪れた大阪池田市の逸翁美術館があった場所は、「五月山」というなだらかな丘の麓にあった。
そこは「縄文海進」時にも水没しないような標高があるかと思う。おそらく、このあたりは昔『アースダイバー』に出てくる「岬の先っぽ」のような場所だったはずである。そう推測して調べて見るとやはり、縄文時代の遺跡や古墳が五月山周辺に散在している。丘のやや高いところに「五月山霊園」という墓場もある。
これらは『アースダイバー』を読んだ者としてはおなじみの連関性だろう。

阪急電鉄の創始者・小林一三は、このような場所に自分の邸宅を作ったのである。(旧・逸翁美術館は、小林一三の旧邸「雅俗山荘」の跡地に作られていた)
どんな気分で住んでいたのだろうかと思う。「あ、ここに住みたい」と思った小林一三の感覚ってどこから来たのだろう、と。小林一三は山梨県出身だが、そう言えば『アースダイバー』を書いた中沢新一氏も「縄文土器がごろごろ出てくる」山梨県出身だ。知らずに身につけている「土地への感覚」というのがこの二人に共通するものなのだろうか。

展覧会を見終わって、阪急の池田駅のほうに向かう途中の道で、いまどき珍しい、「金魚屋」という看板を見かけた。
『アースダイバー』の「金魚という怪物」という文章を、少し思い出した。

他に池田市には、小林一三が全国で最初に作ったという「郊外分譲住宅」の町があって、私はそこにも行ってみた。今では見慣れた住宅街の風景の「原本」がそこにあったが、あまりに見慣れていたものだったのですっかり退屈してしまった。私はいわばその「コピー」の中でずっと住んできたからである。
帰ってきてから、江弘毅の『「街的」ということ』(講談社現代新書)を読むと、大阪の北摂地域があまり「街的」ではないことが、そこでは間接的にだが主張されていた。近鉄・南海沿線と、阪急沿線との匂いの違い。ここらへんはもう少し考えてみる必要がある、というよりもう少しいろんな所を歩いて見る必要がある。

しかし、池田の『落語みゅーじあむ』の近くに「ビリケンさん」がいるのには面食らったな。一体どうなっているんだ、池田は。ここは通天閣じゃないぞ、と思った。観光に必死なのかな。商店街を歩けば「ウォンバット」の石像が建ち並んでいる。変な町だな。大阪府池田市。

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