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「生物多様性」の保全の根拠って何?ー「変化するシステム」の保存 と、「おばあちゃんの知恵」の保存。

2010年03月05日 | 生命・環境倫理
2010年に名古屋でCOP10が開かれる、っていうけど、私には「生物多様性の保全」の根拠がサッパリわからない。


今年は名古屋で生物多様性条約COP10が開かれるという。

私は、「生物多様性」を保全することの根拠がよくわからなかったので、自分のツイッターで次のように呟いた。


>生物多様性保全の根拠がわからない。絶滅危惧種を守る、ということの倫理的根拠がよくわからない。(2010年2月28日)

>絶滅寸前のトキを一匹殺すことと、カラスを一匹殺すことと、どちらが倫理的に「より悪」なのだろうか?

>種の多様性の保全、っていう発想、なんか「ノアの箱舟」を思い出す。それぞれの種の「つがい」だけ救い出せば、あとの「その他大勢」の生物たちは海の藻屑となっても構わない、という…


ツイッター上での@Clunioさんからの返答ー「生態学的サービス」が根拠。また「多様性の保全」とは「変化する力」を保存することだ。


この私の呟きに対して、@Clunioさんから次のような返答を頂いた。


>合理的根拠としては人類は直接・間接的に生態系から「生態学的サービス」を受けて生存している、あるいは経済活動も「生態学的サービス」により成立していることによります RT @alsinceke: 生物多様性保全の根拠がわからない。(2010年2月28日)

…「生態学的サービス」または「生態系サービス」については、後でもう少し専門家の言葉を引用しておこう。

>種の多様性は個体群の中の遺伝子多様性によって担保されるのでひとつがいだけ救出しても無意味 RT @alsinceke: 種の多様性の保全、っていう発想、なんか「ノアの箱舟」を思い出す。

>変な話ですが、トキの絶滅は皇室祭祀を危機に陥れます。つまり日本の国家の正統原理に大きな「生態系サービス」を提供している。 RT @alsinceke: 絶滅寸前のトキを一匹殺すことと、カラスを一匹殺すことと、どちらが倫理的に「より悪」なのだろうか?

…この@Clunioさんの「トキの絶滅」「皇室祭祀」という言葉のつながりは、一見奇妙に思えるが、生物多様性の保全の根拠として、私は「共同体主義」的価値観、「保守主義」の価値観を根拠としたものがありうるかもしれない、と思っているので、この見方は、ジグソーパズルの一片として、どこかで回収できるかもしれない。

>厳密には「より多くのつがい」だけでなく、個体に共生している数多くの微生物や親から子に伝えられる「生活の知恵」も保存しないと種の多様性の保全にはなりません 。

…ここに「生活の知恵」という言葉が出てきたが、保守主義的な自然保護思想、という流れを考えれば、こうした言葉もまた合流してくることになるだろう。

…私が最近読んだ、池田清彦氏の『正義で地球は救えない』などの著作では、「生物多様性保全」の思想が批判されている。「生態系とは変化していくもの」ということを前提にすると、たしかに生物多様性保全というのが「何を守ろうとしているのか」が明確ではなくなってくる。私もそこに疑問を持った。たんに、研究者たちが自分達の研究材料を保存したがってるだけじゃないの? という疑念も生まれる。しかし@Clunioさんは、生物多様性の保全とは、「変化していく力」を保全していくことなのだ、と言う。

>変化していく力を持ったシステムそのものを変化していくまま保全していくわけですよ RT @y_mirin: これからも変化していくものを保全してどうするのかな。研究対象の保全?@Clunio RT @alsinceke: 種の多様性の保全

…「変化するシステム」を保存する、という言い方には目を開かれた。内田樹氏がよく使う言葉でいえばこれは「次数が一つ繰り上がる」ということだ。なるほど、と思った。

また、私が生物多様性の保全の「倫理的根拠」という話から始めたので、別の方からCOP10の根拠はそのようなものではない、という指摘も頂いた。

>@wata909: @Keiko_dolphin 倫理的動機から多様性を保全するのではなく,利用可能な資源を保護するための生物多様性保全というとらえ方が主だったように感じました。私もそちらの方が重要だと思います。

倫理学の言葉で言うと、これは「功利主義的な立場」だということになるだろう。そして私は、「環境倫理」と言われるものよりも、むしろそちらのほうが重要だと言いたかった。「倫理」を持ち出して、環境保護思想はアヤシクなってきた、という側面があるからだ。


「おばあちゃんの知恵」のようなものとして「自然」を守る。「共同体主義的・保守主義的」な態度がありうるんじゃないか。


なお、私が最近、時々考えることがある、「共同体主義」の価値観・「保守主義」の価値観を根拠とした「自然保護」というのは、簡単に言えば、「おばあちゃんの知恵」のようなものとして、自然を守ろう、という態度のことだ。

現在の自然保護思想において影響力があるという、レオポルドの「土地倫理」とか、「自然の権利」などのやり方は、私のような素人目に見ても、かなり危なっかしいもので、それとは別のアプローチができないものか、と考えていると、とりあえず、「共同体の倫理」というのに行き着く。(伊勢田哲治『動物からの倫理学入門』に、そのような考え方へのヒントが書かれてあった。)

「保守主義」の感覚ー「おばあちゃんの知恵」みたいなもの、「古いもの」はとりあえず残しておこう、という態度。美術品でもそうだけど、世界には何となく、よくわからないけど「残しておいたほうがいいのかな」と思えるようなものがある。

自然界には「複雑で調和のとれたもの」がある。そういう「複雑で調和のとれたもの」は、それが何かの役に立つのかどうか、どういうシステムで動いているのか、今はまだはっきりわからなくても、とりあえず将来のために残しておこう、という、いわば政治学における「保守主義」のような感覚に基づいて、自然を残しておこうという考え方がありえないかなー、といったことを考えている。

「おばあちゃんの知恵」がホントに賢い言葉なのかどうかは、科学的に「調査」してみても、よくわからない。ただ単に、そのおばあちゃんは実はちょっとボケてて、どこかで聞いた言葉を壊れたレコードのように繰り返しているだけにすぎず、別に「複雑で調和のとれたもの」がそこには全く存在していない可能性だってある。見たい人が勝手に、そこに「奥深い知恵」や「価値あるもの」を見出して喜んでいるだけなのかもしれない。しかし人間の理性では、今の段階ではそれを全くのムダだと判定することはできない。だから、とりあえず「保存」しておこう。


『現代用語の基礎知識 2010』の「生態系サービス」の説明を読むと、ワケワカラナイ。どちらかを選ぶとするなら、やはり『日本の論点 2010』の方を買いましょう。


最後に、@Clunioさんが挙げていた「生態学的サービス」だが、『現代用語の基礎知識 2010』にも「生態系サービス」について記述があったので、勉強のためにも引用しておく。

『現代用語の基礎知識 2010』の巻頭に『「生物多様性」ってなんだろう?』という特集があり、そこで、横浜国立大学・環境情報研究院教授の松田裕之氏という方が、Q&A形式で、生物多様性の保全について説明している。

松田氏によると、多様性といっても3つに分けることができて、「生態系の多様性」、「種の多様性」、「種内の遺伝的多様性」という3つの多様性が大事だという。

3つに分けたからといって、それで多様性保全の「大事さ」の説明になっているのかどうかは、よくわからない。これらをまとめて、@Clunioさんの言うように「変化する力」を保存するのが多様性保全なのだ、という言い方をしたほうが私にはわかりやすい。

以下、引用するが、困ったことに、これも私にはあまり「よい説明」だとは思えない。

「生態系サービス」って何? という質問に対し、松田裕之氏はまず「自然の恵み」と答えている。そして、今度はそれを「3つに分けて」説明し、「調整サービス」「文化サービス」「基盤サービス」という3つの「生態系サービス」があるんだよ、と言っている。なんのこっちゃ。これじゃさっきと同じで、1つの「?」を3つの「???」に分けただけで、ほとんど答えになっていないと思う。

・・・・・・・・

「Q.なぜ生物多様性が大切なのですか?」
「A. 近代文明が発達しても、私たちは多くの生活必需品を生き物から得ています。これを「生態系サービス」または自然の恵みといいます。農林水産物は人手をかけた田畑や森や海だけでなく、周囲の生態系全体の調和が大切なのです。人手をかけた自然との調和が損なわれることになるのです。」


「Q.生態系サービスとは?」
「A. 食料、木材、繊維などの供給サービス、洪水、水質汚濁、疫病などを制御する調整サービス、観光資源、祭儀などの文化サービス、これらを支える光合成などの基盤サービスに分けられます。半世紀前には世界第4位の広さを誇る湖だったアラル海は、綿花栽培の大量の灌漑用水のために枯渇し、現在では27%に縮まりました。湖の漁業は痛手を受け、広域の塩害を招きました。不適切な土地利用は湖や地形をも激変させ、結果的に調整サービスを損なったのです。」

・・・・・・・・・

(以上、『現代用語の基礎知識 2010』より。松田裕之氏の説明)


どうだろうか。あなたはこの説明で納得できただろうか。

追記:この記事を書いた後、@silasdorさんのツイッターで知った平川浩文氏の論文「歴史的価値としての生物多様性の保全」を読み始めた。まだ読んでいる途中だが、この論文に「生物多様性の保全を支える価値観は、歴史的価値観である」という言葉がある。参考になりそうな論文だ。

1 コメント

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生物多様性がなぜ重要なのかわかりませんです (ぽぶ)
2010-05-04 03:16:11
はじめまして。
私の地元で、生物多様性に関連した国際会議が開催されるのですが、生物多様性がなぜ重要なのか、腑に落ちなくてネット検索を繰り返すうちにこのブログにたどり着きました。
生物多様性論者の主張が現実的と思えず絵空事のように思えて仕方ありませんでした。このブログを見て生物多様性に疑問を感じているのは自分だけではないと感じ、何かほっとしています。生物多様性に関連した意見はもっともらしい意見が多く、私には何か不信感に似たものがつきまとっていました。
私は生物多様性って最終的には人類の活動の否定につながると思います。地球上には70億人以上の人類が生存しており、そのなかで生態系や生物多様性を保持し続けるのはほぼ不可能に近いと考えてます、人類が絶滅しないことには。
経済活動を否定しかねず現実的ではない生物多様性を、政府や企業は、経済活動に結び付け利益を得ようと躍起になっている。どうにもおかしいんですよね。
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