獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

藤圭子へのインタビュー その14

2024-02-11 01:33:26 | 藤圭子

というわけで、沢木耕太郎『流星ひとつ』(新潮社、2013年)を読んでみました。

(目次)
□一杯目の火酒
□二杯目の火酒
□三杯目の火酒
■四杯目の火酒
□五杯目の火酒
□六杯目の火酒
□七杯目の火酒
□最後の火酒
□後記


四杯目の火酒

   3


__ぼくはね、あなたに会ってこうやって話を訊きたかったわけだけど、こちらから話したいことが、二つあったんですよ。ひとつは、オルリーで見かけたということ。でも、もうひとつあるんだ。

「どんなこと?」

__そう、どう言ったらいいか……。

「なんか、恐そうな話だね」

__ハハハッ。 恐くなんかないけど……。

「なんか、そんな感じのする、しゃべり方だもん、少し恐いよ、ほんとに……」

__あなたに〈面影平野〉という曲がありましたよね。

「うん」

__阿木燿子が作詞して、宇崎竜童が作曲した。当代随一のコンビが、初めて藤圭子に書き下した曲、という謳い文句で。

「うん」

__いい曲だった。

「うん……」

__ラジオで聞いたとき、ぼくはすごくいいと思った。久しぶり、ほんとに久しぶりに、藤圭子が曲に恵まれたと思ったんだよね。〈面影平野〉が出たのは、2年くらい前のことになるかな。

「うん」

__これはヒットするぞ、と思いましたね。阿木さんの詞がすばらしかった。ここに歌詞カードがあるんだけど、

 女一人の住まいにしては 私の部屋には色がない
 薄いグレーの絨毯の上 赤いお酒をこぼしてみよか
 波紋のように足許に 涙のあとが広がって
 酔えないよ 酔えないよ
 六畳一間の 面影平野

宇崎さんの曲だって悪くなかった。ヒットする条件はそろっていた。なのに、なぜかヒットしなかった。

「でも、まあまあいったんだよ、あの曲」

__いや、あんな程度のものは、藤圭子にとって、ヒットでもなんでもないはずですよ。〈面影平野〉は、ヒットしなかった。

「うん……」

__どうして〈面影平野〉はヒットしなかったんだろう? 絶対にヒットしてもいいはずだった。ぼくはそう思う。なのに、なぜヒットしなかったのか。

「わかんないよ」

__わからないはずはないさ。

「でも……」

__曲が悪かったの?

「……」

__そんなはずはない。いい曲だった。阿木さんと宇崎さんの曲の中でも、最もいい曲のひとつだと、ぼくは思う。そうじゃないとすれば……。

「……」

__藤圭子のパワーが落ちたから?

「……」

__藤圭子の力が落ちた。だからなのかな?

「……」

__何故あんないい歌をヒットさせられなかったんだろう。

「……」

__藤圭子は、 藤圭子じゃなくなってしまったの?

「……そうさ。 そうだよ。 あたしは……あたしでなくなっちゃった。そうなんだよ」

__……。

「藤圭子の力は落ちた。そうさ、落ちたよ。それは誰よりあたしが知っている。力は落ちた。パワーはなくなった。そうさ、なくなったよ」

__……。

「だからヒットさせられなかった。沢木さんがそう言うなら、そうかもしれない。でも、藤圭子の力が落ちたことと、あの曲がヒットしなかったこととは、あたしには関係ないことだと思えるんだ」

__……。

「あたしにはね、あの歌がそんなにいいとは思えないんだよ」

__えっ?

「いや、みんないいって言うよ。スタッフのみんなも、テレビ局の人とか、歌のよくわかっている人は、ほとんどみんないいって言ってくれた。でも……いいとは思えないんだ、あたしには」

__あなたは、あの曲が好きじゃなかったのか……。

「好きとか嫌いとかいうより、わからないんだよ、あの歌が」

__わからない? あの詞が?

「そうじゃないんだ。すごくいい詞だと思う。やっぱり阿木燿子さんてすごいなって思う。でもね、そのすごいなっていうのは、よく理解できる、書かれている情景はよくわかる、そんな情景をどうしてこんなにうまく描けるんだろう、すごいなっていう感じですごいんだよ。たとえば、三番の歌詞なんて、普通の人には書けないと思う。

  最後の夜に吹き荒れてった
  いさかいの後の割れガラス
  修理もせずに季節がずれた
  頬に冷たいすきま風
  虫の音さえも身に染みる
  思い出ばかり群がって
  切ない 切ないよ
  六畳一間の 面影平野

特にさ、修理もせずに季節がずれた、なんて、やっぱりすごいよ」

__わからないって、さっきあなたが言ったのは、どういう意味なの?

「心がわからないの」

__心?

「歌の心っていうのかな。その歌が持っている心みたいなものがわからないの、あたしには。あたしの心が熱くなるようなものがないの。だから、曲に乗せて歌っても、人の心の中に入っていける、という自信を持って歌えないんだ。すごい表現力だなっていうことはわかるんだけど、理由もなくズキンとくるものがないの。結局、わからないんだよこの歌が、あたしには、ね」

__なるほど、そういうことか……。

「歌っていても、女としてズキンとしないんだよね」

__あなたにとって、ズキンとする曲だったのは、たとえばどんなものだった?

「たとえば……そう、〈女のブルース〉。

  女ですもの 恋をする
  女ですもの 夢に酔う
  女ですもの ただ一人
  女ですもの 生きて行く

この歌はよくわかった。歌詞を見たときからズキンときた。うん、そうだった」

__そうか、〈面影平野〉はあなたの心に引っ掛からなかったのか。

「そうなんだ、引っ掛からなかったの。だから、人の心に引っ掛かるという自信がないままに、歌っていたわけ。それでヒットするわけがないよね」

__それじゃあ、ヒットしないのも仕方がなかったかもしれないね。

「うん」

__仕方ない、うん。

「……」

__あなたに力がなくなったとか、パワーがなくなったとかっていう台詞は、撤回することにしよう。ごめんなさい。

「いや、謝ってくれなくてもいいんだよ、その通りなんだから。ほんとに、力が落ちたんだから、あたし。パワーが落ちたんだから」

__……。

「あの〈面影平野〉がヒットしなかったのは、あたしが詞の心をわからなかったから……だけじゃないんだよ。そう思いたいけど、やっぱり、藤圭子の力が落ちたから、なのかもしれないんだ」

__落ちた? なぜ?

「もう……昔の藤圭子はこの世に存在してないんだよ」

__どういうこと?

「喉を切ってしまったときに、藤圭子は死んでしまったの。いまここにいるのは別人なんだ。別の声を持った、別の歌手になってしまったの……」

__別人になってしまった?

「そう、別人」

__なぜ?

「無知なために……手術をしてしまったから、さ」

__そうか、喉の手術があなたを変えてしまったのか。

「そう……そうなんだ、残念ながら」


解説
〈面影平野〉という曲。
阿木燿子が作詞して、宇崎竜童が作曲した。当代随一のコンビが、初めて藤圭子に書き下した曲が、思いのほかヒットしなかった。

その理由を沢木耕太郎さんが藤圭子さんに尋ねます。

藤圭子さんは、喉の手術をしてから「藤圭子は死んでしまったの。いまここにいるのは別人なんだ」というのです。

どういうことでしょうか。


獅子風蓮



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