獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

村木厚子『私は負けない』第一部第1章 その1

2023-04-07 01:46:25 | 冤罪

このたび、村木厚子さんの著書『私は負けない-「郵便不正事件」はこうして作られた』(中央公論新社、2013.10)を読み、検察のひどいやり方に激しい憤りを感じました。
是非、広く読んでほしい内容だと思い、著書の一部を紹介したいと思います。

(目次)
□はじめに
第一部
■第1章 まさかの逮捕と20日間の取り調べ
□第2章 164日間の勾留
□第3章 裁判で明らかにされた真相
□第4章 無罪判決、そして……
□終 章 信じられる司法制度を作るために
第二部
・第1章 支え合って進もう
  ◎夫・村木太郎インタビュー
・第2章 ウソの調書はこうして作られた
  ◎上村勉×村木厚子対談(進行…江川紹子)
・第3章 一人の無辜を罰するなかれ
  ◎周防正行監督インタビュー
・おわりに


■第1章 まさかの逮捕と20日間の取り調べ

 

まったくわからない“事件”

事件を知ったのは、2009年春頃のマスコミの報道でした。「凜の会」という偽の障害者団体が、障害者団体の定期刊行物の郵便料金が格安になる低料第三種郵便の制度を悪用し、倉沢邦夫元会長はじめ何人かが逮捕されたというものでした。そのうち、その団体は厚生労働省発行の証明書を使った、と報じられるようになりました。私にも、取材がありました。それで担当の部署に確認すると、決裁文書も何も残っていない、とのことでした。役所では、文書を発行すれば、必ず決裁文書が残ります。ですから、それを聞いて、「うち(厚労省)は出してないのか。だったら、団体が偽造したのかな」と思っていました。
ところが、09年5月26日、上村勉(かみむらつとむ)係長が逮捕されました。職員が関わっていたんだ……と愕然としました。数日して、厚労省が組織的な関与をしているといった、とんでもない情報が流れ始めました。元障害保健福祉部長の塩田幸雄(しおたゆきお)さんのところにも家宅捜索が入りました。かつての部下が逮捕されて、元上司も取り調べを受けている、という状態です。塩田さんからは電話で「何か記憶ある?」と問い合わせがあり、互いに「何もないよね」と確認しあいました。ところが、その直後、その塩田さんが「政治家から頼まれた」とか「課長に指示した」と検察に話していると報道されました。そのうち、今度は、上村さんが「課長に指示された」と述べている、という報道が大きく新聞に報じられました。課長というのは、問題の証明書が作られた当時、企画課長だった私のことです。報道では、証明書の発行は石井一(いしいはじめ)参議院議員(04年当時は衆議院議員)から頼まれたいわゆる「議員案件」で、塩田部長の指示を受 けた私が係長の上村さんに指示し、私が団体に証明書を渡したということになっていました。「こんなふうに書かれていますけど、どうですか」と取材されましたが、こちらはちっとも事情が分からず、「書いた記者に聞いてください」と言いたい気持ちです。記者たちに追いかけられて自分の執務室にいることができず、別の部屋に隠れて仕事をしなければなりません。トイレに行く時も、あたりを見回し、走ってトイレに駆け込むというありさまでした。
この頃、私は雇用均等・児童家庭局長として、子どもを持つ従業員のための短時間勤務制度の義務づけや、父親が育児休業を取りやすくするための育児・介護休業法改正に取り組んでいました。法案は衆議院で審議されていて、私が国会に出て行かないわけにはいかない。国会に行けば、記者につかまるし、議員からも事件についての質問が出るようになってくる。でも、私は事件について何も知らないので、答えようがありません。中には、法案についての質問も、「こういう問題になっている局長の答弁は受けられない」と言う議員もいて、そうなると質問は全部大臣に行ってしまう。本当に申し訳なかったのですが、舛添要一(ますぞえよういち)大臣は嫌な顔一つせず、「僕がやるからいいよ」と言ってくださった。本当に助けられました。家にも取材が来るので、帰るに帰れず、ホテルに泊まったり、一人暮らしをしていた長女のアパートに泊まったりするようになりました。
同僚が、「非常にいやな感じがする。早く弁護士に相談した方がいい」とアドバイスをくれて、弘中惇一郎(ひろなかじゅんいちろう)弁護士を紹介してくれました。私はメモ魔で、自分で管理するスケジュール用の手帳の他に、パソコンで業務日誌をつけていました。それを何度も見て、凜の会の名前も、倉沢さんや石井議員の名前も一切出てこないのを確認したうえで、その手帳や業務日誌を持って弘中弁護士の事務所を訪ねました。弘中弁護士からは、何も隠したり捨てたりしないようにと指示され、手帳などの写しをお預けしました。
他の職員は次々に検察に呼ばれているようでしたし、塩田さんは何度も事情聴取を受けているらしい。なのに、私だけいつまでも呼ばれず、それでも報道では自分の名前が飛び交う。こういう非常に気持ちの悪い状態が続きました。
ようやく私のところに「大阪地検まで来てください」という連絡が来た時には、むしろ「これでやっと話を聞いてもらえる」と、ほっとしました。呼び出しが来たことを弘中弁護士に報告すると、「事情を聞くのは東京でやってほしい、と交渉してもいいが、大阪への出頭を断ったということにして逮捕されたりするのもいやだから、行った方がいいでしょうね」という話がありました。この時に初めて、「ああ、逮捕の可能性があるんだ」と思いました。事件についてはまったく知らなかったので、自分が逮捕されるということが、全然想像できなかったのです。
呼ばれたのは日曜日でした。前日には大阪に入り、朝、出かける支度をしていると、「記者が張っているから早めに来ませんか」と電話があり、大急ぎで大阪地検に向かいました。記者が張っているのも、元はと言えば、検察庁からの情報漏れがあるからではないかと思うのですが……。
担当は遠藤裕介(えんどうゆうすけ)検事で、検事の執務室で事情を聴かれました。ただ、事情を聞いてもらうといっても、事件については何も記憶にないわけですから、私の方からあまり話すことはありません。聴かれたのは、主に次の三点でした。

①凜の会代表の倉沢さんに会っていないか、何か頼まれごとをしていないか。
②証明書の発行について、政治家から依頼を受けたり、上司から指示がなかったか。部下に指示をしなかったか。
③出来上がった証明書を部下から受け取り、凜の会側に渡した事実はないか。

いずれも、まったく記憶にないことでした。なので、私は次のように答えました。

①凜の会とか倉沢さんとかは、記憶にありません。ただ、これまで会った人を全員覚えている自信はありません。普通に証明書が欲しい、ということで来られれば、担当を紹介することはあるかもしれませんし、それだけなら、会ったとしても覚えていない可能性もあります。
②胡散臭い団体なんだけど国会議員の依頼だからやってくれなんて、そんな指示を受けたことはないし、そんな異常な話であれば覚えているはずです。議員の依頼でも、違法なことはやりません。議員の方々も、それを説明すれば分かっていただけます。だいたい、そんなことをすれば、むしろ議員を違法行為に巻き込んでしまうことになります。ましてや、私が係長に違法なものを作れと命令するなんて、これは絶対ありえません。
③役所が出す証明書は、郵便で送るのが普通です。直接手渡すなんていう異常なことをやれば、覚えているはずですから、これも絶対ありえません。
ところが、出来上がった調書を見ると、「私は倉沢さんに会ったことはありません。凜の会のことは知りません」と完全に否定の文章になっています。私は、「会っていて、忘れていることもありえる」と何度も説明したのですが、どうしても直してもらえません。「調書というのはそういうものですから」と。「調書というのは客観的事実ではなくあなたの記憶なんですから、これでいいんです。また思い出したら、その時に別の調書を作るから」と言われ、結局押し切られてしまいました。
後でわかったことですが、検察は、すでにほかの関係者から、「私と倉沢さんが会っていた」という調書を取っていて、私が倉沢さんと会ったことを否定する、つまり私が嘘をついているという調書を作りたかったようです。そういう調書を作らないと、私を逮捕できなかったのでしょう。

 


解説
出来上がった調書を見ると、「私は倉沢さんに会ったことはありません。凜の会のことは知りません」と完全に否定の文章になっています。私は、「会っていて、忘れていることもありえる」と何度も説明したのですが、どうしても直してもらえません。「調書というのはそういうものですから」と。「調書というのは客観的事実ではなくあなたの記憶なんですから、これでいいんです。また思い出したら、その時に別の調書を作るから」と言われ、結局押し切られてしまいました。
後でわかったことですが、検察は、すでにほかの関係者から、「私と倉沢さんが会っていた」という調書を取っていて、私が倉沢さんと会ったことを否定する、つまり私が嘘をついているという調書を作りたかったようです。

私(獅子風蓮)など、相手の主張に合わせて妥協しがちなところがありますが、調書の作成においては妥協は禁物だと言うことが、よく分かります。
「私は倉沢さんに会ったことはありません」という完全否定の文章と、
「会っているかもしれないが覚えていない」というのは似てはいますが、全く違う文章です。
少しでも会ったことがあると判明すれば、完全否定の文章が調書に残っていると「嘘つき」だということになってしまうのですね。
検察おそるべし。

獅子風蓮