獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

いつもお経をあげていた母、樹木希林(2)

2023-04-02 01:25:34 | 信仰・宗教

正木伸城さんのインタビュー記事や菊池真理子さんの対談記事が載っていた雑誌に、伊藤比呂美さんと内田也哉子さんの対談記事がありました。

週刊文春WOMAN Vol.16 2023創刊4周年記念号(2023年1月12日発行)
大特集:宗教は毒か?救いか?


BLANK PAGE Vol.16 enchanted by the buddhist sutras
伊藤比呂美 ×  内田也哉子
(つづき)


「薬草喩品」の訳を読んでびっくりしたんです。
ああ、母のアドバイスの出典はこれだったんだと

伊藤 いやあ、むちゃくちゃうれしいな。「薬草喩品」って比較的マイナーなお経なんですよ。お母様は本当に法華経をくまなく、よく読んでいらっしゃったんですね。
内田 もう少し私も法華経を知ろうとしていたら、もっと深い話ができたのにと思うと、母が亡くなって既に4年が過ぎましたが、ちょっと切なくなっちゃって。
父の内田裕也はロックンローラーなんですけど、破天荒で、いろいろな無理難題を吹っかけてくる人だったので、母は「私にとっての提婆達多(だいばだった)だ」って言っていたんです。提婆達多はお釈迦様の弟子で、いつもお釈迦様の邪魔をするんですか。
伊藤 チャレンジャーなんです。あんまりよくない挑戦ばかり仕掛けてくるんですけどね。 内田 ああ、まさに父です(笑)。だから結婚生活は無理だったし、母とはたまに会えばケンカばかりしていましたけど、臨終の間際、夜中だったけど電話で父を叩き起こして、電話越しに父が「啓子っ、啓子っ」って母の本名を呼んだんです。その瞬間、母はもう意識はないように見えたのに、母の手を取っていた孫の手をギューッと握り返したんですよ。そして息を引き取りました。
伊藤 素晴らしいご最期ですね。
内田 入院中に3回ほど危篤になるという状態だったのに、ある日、「今日、家に帰る」と言い出して。お医者さんが「今のタイミングがよくわかりましたね」とおっしゃったんですが、それでバタバタと家に帰って、その日の明け方のことでした。
伊藤 そういうのを知死期時(ちしごどき)というんですよね。
内田 伊藤さんも母と同じように、たくさんあるお経のなかでも法華経が最もおもしろいとのことでしたが、では、法華経のなかで特に気に入ってるのはどれですか。
伊藤 まさに「薬草喩品」なんですよ。というか、実は気に入ってるのはこれだけ。大学のときにいろいろ読んで「薬草喩品」だけが自分のなかに残ったのですが、それを超えるものがいまだにないんです。
内田 それはびっくりです。伊藤さんが私たちにも伝わるように訳してくださっていたからこそ、私は「薬草喩品」に出会うことができたわけです。そもそもお経が現代詩のような形になっていることに驚きました。お経は、こういうときはこうするといいよという教えが書かれた指南書だと思っていたんですが、そういうありがたいものではないんですね。
伊藤 仏教ってこういうもんだよ、と伝えているファンタジーなんですよ。『ロード・オブ・ザ・リング』が描く「中つ国」のように、私たちの世界とは別の世界があることを信じようとする。『ロード・オブ・ザ・リング』や『ナルニア国物語」や日本のアニメは読む人、観る人もファンタジーだと思ってそれを観ている。それをファンタジーと思わずに、本当にある世界なんだと思わせるのが、法華経のような気がします。
内田 伊藤さんは純粋に読み物としてお経がおもしろかったんですね。
伊藤 私はありがたいと思わずにファンタジーだと思ったから、何が書いてあるんだろうと引き込まれた。たとえば観音経は、何があっても観音様が助けてくれるから大丈夫よ、というほとんど『アンパンマン』の世界です。
法華経の「常不軽(じょうふきょう)菩薩品」は、いつも人にへりくだって、どんなに嫌なことをされても「あなたはいつか菩薩になる」と言って回っている人の話なんですよ。宮沢賢治が強く影響を受けたんですって。
内田 「雨ニモマケズ」的なお経があります?
伊藤 「虔十公園林」というのがそうです。お経は、野良犬が徘徊し砂塵が舞っているようなインドの地で修行者が、人々がおもしろがるようにと語り聞かせていた。「法華経」にしても「般若心経」にしても、丹念に読んでいくとそれがドラマ仕立てであることがわかります。誰が何して、そこに誰が何を言う、あるいはこの人が何かを考えて、あそこに行って書いてきてというドラマ。つまり説経節のようなものです。私には『平家物語』、あるいはホメロスの『オデュッセイア』や『イリアス』と同じように読めて、だから惚れ込んだんだと思います。
内田 たとえば般若心経は、伊藤さんはあえて現代語訳せずに、「ぎゃーてい。ぎゃーてい。はーらーぎゃーてい。はらそうぎゃーてい。ぼーじーそわか。」としている部分がありますね。
伊藤 「ぎゃーてい。ぎゃーてい。はーらーぎゃーてい……」は英語の説明書では「come closer」とか、何かが渡ってこっちに来るんだとか書かれてある。それで意味はわかることはわかったけれど。
でも、原典のサンスクリットを中国語に訳したものをそのまま読むと、ものすごくきれいなんですよ。鳩摩羅什(くまらじゅう)の訳がほんとうにきれいなんです。私は現代詩の詩人だから、「きれいですね」なんて言われるような詩は書かない。美しい詩は書く必要ないみたいに思っている。でも鳩摩羅什の美しい詩に、もうキュンときたんだなあ。
内田 どこが好きなんですか、その鳩摩羅什さんの。
伊藤 「小根小茎。小枝小葉。中根中茎。中枝中葉。大根大茎。大枝大葉」とか「妙音観世音。梵音海潮音。勝彼世間音」とか。めっちゃかっこいい。鳩摩羅什はどんな人なのか調べたんです。現在の新疆ウイグル自治区クチャに生まれて、母は国王の妹、父はインドの学僧。鳩摩羅什はお坊さんになったんですが、むっちゃくちゃ頭がいいという評判のせいで、中国の軍隊に連行され、美女と一緒に閉じ込められて「破戒」を強要された。
内田 「破戒」って?
伊藤 セックスをしたんですよ。お坊さんなのに誘惑に負けてしまった。そこで仏典の漢訳に取り組んだわけです。サンスクリットのネイティブでもなく、中国語のネイティブでもない人が、訳して訳して訳して訳してというのが、どうです、かっこいいでしょ。
内田 確かに人知を超えてかっこいい。伊藤さんはさらにそれを日本語の詩にした。英語も堪能だから、日本語にすると伝わらないんじゃないかなという情熱のようなものもお腹にズンと伝わる表現をされるから、すごいなって思ってます。
伊藤 いえいえ、英語は高校の通信簿が2だ ったんですよ。
内田 ええっ。でもYouTubeで伊藤さんが英語で語られているのを聴きましたが、完全に母国語のように話していましたよ。普通は他言語で話すと、声のトーンが上がって、ややよそ行きの声になるけれど、伊藤さんは堂々とご自分の魂をそのまま差し出すような話しぶりなので、スカーッとするんですよね。
伊藤 だからね、英語って必要性があればみんなできるんだっていうことがわかった。
内田 あとは度胸ですよね。うちの旦那さんは仕事以外で人とあまり交流しないし、言葉選びに慎重だから、イギリスに長く住んでいた割にはわずかしか上達しなかったです(笑)。

伊藤 ジェンダーの違いもあるでしょ。男として育てられた人って、なんかこう、自分の殻が厚いでしょ。
内田 もしや世間に「強くあれ」と育てられた分、どこか恥をかくわけにはいかないという繊細さがあるのかな。それで失敗と場数の必要な言語習得も遅れがちなのかもしれませんね。もちろん人にもよるけれど。
伊藤 そのとおり。でも、言語を習得するというのは、ものすごく大変でしたよ。だから鳩摩羅什はかっこいい。

(つづく)


解説
原典のサンスクリットを中国語に訳したものをそのまま読むと、ものすごくきれいなんですよ。鳩摩羅什(くまらじゅう)の訳がほんとうにきれいなんです。
という伊藤比呂美さんの言葉、うれしいです。
毎日鳩摩羅什訳の法華経を唱える喜びをかみしめています。

獅子風蓮