★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

相克論

2024-03-23 23:39:04 | 文学


天命玄鳥 降而生商 宅殷土芒芒 古帝命武湯 正域彼四方 方命厥后 奄有九有 商之先后 受命不殆 在武丁孫子


史記には、玄鳥がとんできたのを飲んだ女人が妊娠して殷の始祖・契を生んだとかいてあったと思う。手塚治虫のことだ、「史記」ぐらいは読んでいただろうから、火の鳥の構想にもこんなエピソードが役になっているのかも知れない。我々はときどき、肉体に対する不信感が募ることがあるものである。テロリズムとか切腹の発生には、そういうところがあると思う。しかし、我々は精神も肉体にもどことなく押さえられてしまっているから逃げ場がない。少しむかしなら、女人の懐妊はコウノトリのせいだったはずであって、こういうのはおおらかさではなく、我々の精神が空にまで及ぶ勢いであるかによるのである。いまはそういうものが消失し、紋切り型で世の中をなんとかくぐり抜けるしかなくなっている。

紋切り型、むしろあるいみ言葉を失って肉体そのものと化したかにみえるのはアスリートである。一昔前の野球選手は、精神と肉体が奔放すぎるひとが多かったわけであるが、それが相克でもあるのは当然である。だから、彼らは、精神が壊れるか肉体が壊れるか、全部壊すかみたいな人も多かった。女房早くもらえ、管理されろ、と清原に落合が説教してたのは、そういう危機が必ず彼らにはあるからであった。しかし、それはそれで相手を間違えると大変そうなのだ。だとしたら、肉体を機械と化して精神をなくしてしまう手がある。それが昨今のアスリート化(落合あたりから始まっていたそれ)である。これは大谷だけではなく、我々もそうだからわかるのである。

ネット上に、「すべての面で完全無欠の大谷選手に何か弱点はないのだろうか。実は毎日ブルックナーを聴いているとか。」(https://twitter.com/amadeus_mozart/status/1770058556655681862)なんて発言が出るのもその証拠である。

そういえば、御嶽海にないのは、負けたときの高景勝のお餅のような可愛さであるが、御嶽海もどことなく肉体を失っているかんじがする。肉体が消え、「あ負けた」という自覚が先んじているかんじである。

で、先日から話題の、大谷さんと水原さんに関わる賭博問題である。賭博とは、精神的なものだと思う。肉体がなくなっているから、普通の危機感が消失しているのである。スポーツの世界は、こういうめんどくさい問題とむかしから関わっている。大谷さんと水原さんをもう教科書に載っけちまった後だぞどうすんだみたいなことがいわれてるんで、新聞に載ってた英文の教材見たけど、ようするに、教科書とか学校でこの二人を修身的なパートナーシップみたいなものの成功譚としか見ていなかった脆弱さのせいだわな。道徳というのは、最低限、今回の顛末をみてから考えるものじゃないきゃいけねえ。スポーツの世界はむかしから金やら犯罪がらみのいろんな事があった、社会的にもヤクザな分野で、そういうことを避けて通っているのがまずいわな。そして子どもにだってホントは分かる、肉体と精神の問題を避けて通っている。

教育の分野では最近、偉人伝の教育性が見直されていて、なんかもやもやしていたのだ。王選手の伝記は、ひたすら努力しましたという線で一貫して記述できそうだからやりやすかったんだろうが、他にも野村とか落合とか金田とか張本とかすごいのがいるわけだろう。しかし、彼らの人生は彼ら自身の努力と根性だけで語れない。長嶋だってそうだ。戦後の世界とスポーツとの関係を考えるには彼らのほうがよいと思うが、この程度の事情の複雑さにも学校教育は堪えられない傾向にある。スポーツみたいな上のような相克に悩む分野を、ヒーローにするからおかしくなるのだ。まだ親とか総理大臣のほうが、(儒教的)精神だけになりましたみたいな理屈で押せるのに。パターナリズムのために、運動会のヒーローの存在を例に出してばかりいるからだめなのである。最近では大学ですらそうなんじゃねえか。

たしかに、偉人伝とかをよむと、例えば、亡くなったポリーニの自伝を読んで社会正義に目覚めたりみたいなことだってありうるのであるが、とりあえず、中学校の頃、ベートベンのなんかのソナタの譜読みしてからポリーニを聞いて恐怖を覚えたわたくしにとっては化け物を偉人にしても仕方がないのだ。言うまでもなく、音楽はスポーツの一種である。

わたしは子どもの頃、野口英世の伝記が好きで、わりと大人用に向けて書かれたやつを小学校の頃読んだけど、とにかく借金踏み倒し、日本の実家が雪でつぶれても、ひたすら睡眠削って仕事をしつづけ、自分より大きい西洋人と結婚して研究対象に感染して死ぬとか、スサノオとかヤマトタケルなみに☆るってんなと思い、とても面白かった訳である。子どもがこんなの読んで、たしかにちょっとやる気にはなるかもしれないが、そのまま目標にしようとするとか、――そこまで馬鹿じゃない。


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