“俵藤太”の異名を持つ藤原秀郷は、承平・天慶の乱(平安時代前期
に起きた朝廷に対する反乱事件)の際に挙兵し、平将門を討った武
将である。
展示資料は、西道智の書いた「太平記」の注釈「太平記大全」で、
万治2年(1659)刊。
これは南北朝の動乱を描いた軍記物語で、秀郷のような昔の武将の
故事を引用している。
御伽草子「俵藤太絵巻」では、秀郷を導くのは美しい龍女のとこ
ろ、「太平記」では琵琶湖の底からやって来た怪しげな小男になっ
ている。
資料の文章は次のとおり。
「橋に横たわっている巨大な龍に誰もが恐れて先に進めない中、
豪胆な秀郷はやすやすと龍をまたいで瀬田の唐橋を渡り切る。実は
この龍は、琵琶湖に棲む年輪を重ねた老龍で、人々の度胸を試した
のだ」
内務省旧蔵、全60冊。
(国立公文書館 千代田区北の丸公園3-2)
に起きた朝廷に対する反乱事件)の際に挙兵し、平将門を討った武
将である。
展示資料は、西道智の書いた「太平記」の注釈「太平記大全」で、
万治2年(1659)刊。
これは南北朝の動乱を描いた軍記物語で、秀郷のような昔の武将の
故事を引用している。
御伽草子「俵藤太絵巻」では、秀郷を導くのは美しい龍女のとこ
ろ、「太平記」では琵琶湖の底からやって来た怪しげな小男になっ
ている。
資料の文章は次のとおり。
「橋に横たわっている巨大な龍に誰もが恐れて先に進めない中、
豪胆な秀郷はやすやすと龍をまたいで瀬田の唐橋を渡り切る。実は
この龍は、琵琶湖に棲む年輪を重ねた老龍で、人々の度胸を試した
のだ」
内務省旧蔵、全60冊。
(国立公文書館 千代田区北の丸公園3-2)