青い鳥の世界へ

人として厳しい中で生きていかなければならない中、少しでも良い世界になったら。そして、より明るく、清らかに、暖かく。

こちらに,廻して

2009年08月15日 | 短歌に政治や社会
自民、底ぢから弁当 民主、政権交代弁当 美味どっち?(産経新聞) - goo ニュース

なんていう、金持ちな政党だこと。
「財源が、どうのこうの」といっていながら、この様はどういうこと。

私たち、障害者や年金生活者、解雇された派遣社員に非正規社員などは、そういう弁当でさえ、なかなか戴くことができないでいる。
そんなに相手の党の候補者に見せびらかすようなものなのなら、私たちに廻してもらいたい。
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短歌 三十一、

2009年08月15日 | 短歌に政治や社会

       忘れなじ 胸に刻むる 戦あと
    先の光を ブログに記して 
09/8/15

             終戦記念日の、今日・・・・・

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放ったらかし

2009年08月15日 | 短歌に政治や社会
「日本版NASA」設立構想 民主、宇宙行政を一元化(朝日新聞) - goo ニュース

「国民の生活が大事」ということを、政権公約に上げてることにしては、今度はその「政権公約」を放ったらかしにして、">「日本版NASA」設立構想>" か・・・・
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戦争と平和

2009年08月15日 | 人生設計

終戦記念日に際し、戦争と平和について・・・・




我々人間は、自分を「高等な生命だ」と思っている。「思っている」というよりも、「思っている節、きらい」がある。




だがよく己というものを見詰めてみると、これほどの「下等な生命」はいないことがよく判るはずだ。それはなぜかというと、我々人間ほど「権利意識」を持っている生命体は、ないからである。



「権利意識を持つ」という事はどういう事かというと、「権利主張」をすることである。それは「自己主張」であり、「利己主張」のことで、これらの行為を何故行うかというと、それは「幸せになりたい」からという思いにある。この「幸せになりたい」という事はどういう事かというと、それは「豊かになり、楽しめて、楽をする」ことであり、我々人間はそのために「そうなる権利を持っている」と言って権利を行使する。




そうした「権利」を持った上で我々人間は、この「幸せ」を実現させようとしてあらゆる物を利用しようとする。利用するばかりでなく、同じ種である人間同士が、取り合いをする。その様は「批評、批判」して、更には「非難、誹謗、中傷、陵辱」して、そして「いじめ、暴力」から「戦闘、戦争」へと発展していく。こうしたことを行う行為をするのは、我々人間という生命だけである。
他の自然に存在するものの生命は、人間のように「権利主張」をしない。生きていくために他種を食餌にはするが、同じ種同士が殺戮しあうことはない。ただ「ボスの座」をめぐって争うことはある。だがこれは、種を率いるためであり、「自己主張のための権利主張」ではない。



戦争は、人間が「権利意識を持つ」という、いわゆる「自我」を持つがために「自己主張」し、そして「幸せになりたい」がために「豊かさ、楽しさ、楽」を持つ「権利を持っている」と勘違いして取り合っていることから発している。
という事は、こうした下等な「権利意識」を放棄し、その逆に、「自我」無くして「無我」になり、「権利を持つ」ということを、「他のものに活かれているのだから、自分も他のものの役に立ち、他のものの力にならせていただく権利」と諒解するところに、我々人間ばかりでなく、人間と自然共、全体の普遍的な平和を目指すことができるだろう。




 

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