青い鳥の世界へ

人として厳しい中で生きていかなければならない中、少しでも良い世界になったら。そして、より明るく、清らかに、暖かく。

青い鳥の世界観  (上)

2008年03月16日 | 人生設計
世界観を見つめるとか考えるというと、普通には宇宙全体を全体として見詰めるような、全体を見詰める見詰め方や考え方になりそうだ。だがその全体は、全体を構成する、構成要素の集まりによって成り立っている。そうとなれば世界観を見詰め考える上では、この構成要素を見過ごせなくなる。
世界観をこうした全体と、全体を構成する構成要素を元に見るとすると、現代学問で言うと天文学や物理学や理化学、果ては哲学までも取り入れて見詰めて考えていく必要があると見なければならない。
こうしたことを語る私はそれぞれの専門家でもないただの素人の平凡人だが、それぞれの事にちょっとした興味を持ち、それをこんな風な世界観にまとめ上げてみた。
哲学分野では「二元論」というのがある。「物」即ち「物質」だけの世界ではなく、「精神」即ち「心や魂、霊」の存在する世界だということである。そしてそれが「物」即ち「物質」の存在によって「精神」即ち「心や魂、霊」が存在するという理論があり、これを「一元論」といっている。
哲学におけるこういう二つの考え方は、それぞれ一長一短あるようで、素人の私にはより詳しい説明のしようがないが、ただこういう哲学上の意見の分かれるところには、私たちの世界を構成する構成要素の性質、性格というものを見詰めない事から発生しているものと思われる。
とは言っても、この私たちの世界を構成する構成要素の実像の性質とか性格を証明するとかは実証しようがない。近代科学技術を駆使しても、宇宙の辺が定かでないように、物質の根本の実態が見ることは間接には出来ても、直接には見ることは出来ないからである。
しかし出来ることは、一つある。それは直感として、ひらめきとして知ることである。そしてこの直感としてひらめきとしてのものは主に抽象的になりがちなのを、理論的に説いた方が居られる。
その方は釈尊、「お釈迦様」である。
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