ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

【エデュアール・セガンが教えた子ども⑦】

2018年03月06日 | 研究余話
 セガンが教育記録を初めて公にしたのは、1839年「H氏へ 我々が14か月でなしてきたことの報告」と題したパンフレットにおいてである。これは何度か邦訳されてきており、セガンの初期教育について知る格好の手引きとなる。この記録に登場するのがアドレアン・Hである。別の記録の助け(具体的描写が綴られている)を借りて、アドレアン少年の様子を知ることにしたい。(川口幸宏訳『初稿 知的障害教育論 白痴の衛生と教育』幻戯書房、2016年、pp. 37-38)
「A. H.はまったくじっとしていられない子どもだった。猫のように登り、鼠のように逃げ、3秒とじっと立ったっまでいることを意識させることはできなかった。」
 それでセガンは、次のように、少年に向かい合った。
「私は彼をひじ掛けの無い椅子に座らせた。私は彼の正面に座り、彼の手と膝とを、それぞれ、私の手と膝とで挟んだ。私の手の一本は彼の腿の上で彼の二本の手を固定させ、もう一本の手は、動いてやまない彼の顔を絶えず私の正面に据えるように戻す。」
 こうした活動を、「寝食の時を除いて5週間」続けたという。こうして、立ったまま不動の姿勢が取れるようになると、アドエアン少年に、「自他の区別」の意識が生じ始めた。
 ここからが、具体的な「教育」の出発となっているのだった。(添付は、文中紹介のパンフレット扉写真)

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