ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

セガン論入力作業

2017年04月30日 | 日記
○7時45分起床、起床時室温17℃。目覚め3度。6時に目覚めて以降ダラダラ睡眠、従って二度寝。ぼくは詐欺師、次第に追い詰められていく。ポケットには札束が1杯。いい夢なんだかいやな夢なんだか。
○朝から、セガン入力。第3章半ばまで完了。明日には終えることが出来るだろう。
○お昼はけつねうろん、違った、関東風だから、きつねうどん。つゆが濃すぎました。半熟卵、茎ワカメ入り。

○踵から着地の歩行訓練、バネを両膝下に挟んで行う訓練。
○ボディケアを受けた直後、担当の整体師Iさんが言う、「しゃがんで尻を落とし、立ち上がってください。」
 後ろに転倒の恐れはあるけれど、いざというときにはベッドの端を掴むことが出来る俊敏さは、まだ残っているので、両手をだらんと落とし、尻を落とすべく膝を曲げていく。尻がもう少しで落ちきる、という段階で、どうしても両脚爪先を立てた形になる。足裏をぺったり付けて尻を落とし、立ち上がることが出来るのが、理想型。立ち上がりは、すっくと出来るようにはなってきている。もちろん、ベッドの端を掴むことなく。
 昨日の「試験」の直後、二つの大きな拍手が送られた。所長さんとKさんが、「試験」のできを拍手で評価してくださったわけだ。まあ、滅多にないことなのだけれど。
 この「試験」を受けるのと受けないとでは、自主的にやっている運動の取り組み方がまったく異なっていることに、気づかされる。機械的に、やってるぜ、オレ!という運動ではなく、筋肉の動きに意識を向けている。この「意識」を持つことこそ、機能回復訓練なのだ、と、整体師さんに教えられる。
 よっしゃ、頑張るでー。
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粋生倶楽部増尾通所リハビリ

2017年04月29日 | 日記
○6時起床、起床時室温18℃。3度の目覚め。
○通所リハビリ
*コーヒー淹れはGさん。ステップ、ハードル歩行、レッグマジック、マットで歩行矯正、踏み台、脚内筋強化訓練、自転車、マッサージ、あったか姫。足首が少し柔らかくなっているようだ。
○今日のお昼は残りのお総菜とライス少々。健康ダイエットに向けての第一歩。
○facebookで知り合った柏のSさんからのご要望で、セガンについての生き方が分かるような文書を作成開始。基本的には新日本出版社版2010年著書の草稿を使用している。

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散歩リハビリ、雑事

2017年04月28日 | 日記
○7時起床、起床時室温18℃.目覚め3度。
*アヴェロンの野生児についての授業教室に参加。互いに勝手なことを言いつのるだけの光景。現実と夢と変わらないな。
○9時から11時、実に久しぶりの散歩リハビリ。
*旧水戸街道沿いの今谷上町稲荷神社境内のフジ観賞。見事です。以下写真。





○ 教育界に生きる人は、ペスタロッチの名前を知らない人はいないだろう。ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチ(Johann Heinrich Pestalozzi, 1746- 1827)、今日で言うスイスの人、ドイツ語圏チューリッヒを中心に活躍した人だ。「羊飼いは自分が飼っている羊の本性を知っている。なのに、民衆を統べる人たちはなぜ民衆の本性を知ろうとしないのか。」は、教育不信、教師不信で生きていたぼくの心臓を直撃した。そして、卒論の対象とした。ひどい出来だったが、人間とは何か、教育とは何かという命題は、今日まで引きずっている。とくに、2003年以来進めてきているセガン研究も、その命題の上にある。
 セガンの名は、少なくとも障害児教育や福祉を担う人々の間で、知られてしかるべき人である。オネジム=エデュアール・セガン(Onésime-Édouard Séguin(1812-1880)、フランス・パリ、そしてアメリカ・ニューヨークなどで活躍した人である。ペスタロッチと同じように実物教育、作業教育を導入し、知的障害を持つ人たちの労働等社会参加への道を切り開いた人である。
 ペスタロッチの晩年にセガンがこの世に誕生している。ぼくにすれば、ペスタロッチがそのバトンをセガンに委ねたように思われる。ペスタロッチもまた知的障害を持つ子どもの教育を指向していたし、セガンもまた「普通教育」を指向していたのだから。
 しかし、両者の生まれ、社会に出るまでの育ちは、まったく違う。
 ペスタロッチは外科医を父に持ち、また貧民窟の住民の「救い」の活動に専念する宗教者を祖父に持ち、祖父に手を引かれて育った。靴屋が営む初等学校、つづいてラテン語学校で学んだ。彼は祖父と同じ宗教者になることを将来像に描いていたため、資格を得るための神学を修めなければならず、ラテン語は必須だったわけだ。続いて大学の神学コースに進む。これを修了すれば無事念願の牧師職が待っている。
 セガンは経済的にも社会的地位にも高いところにいる医学博士を父に持った。育ちは、貴族・大ブルジョア家庭に共通した乳母、里親に預けられ、最初の学びは家庭教師だった。続いて国家的リーダーを育てる中等学校、高等教育機関に進む。これを終了すれば無事、弁護士の職が待っている。
 だが、ペスタロッチは発禁処分にされていた『エミール』の地下読書会に参加し、それが発覚して退学処分。神職には就けず、社会的放浪の人生が始まった。
 セガンは、1830年革命に参加、新しい思想実践集団サン・シモン主義者「家族」に加わり、また、思想・政治の運動体・秘密結社に加わり数度検挙され、弁護士資格を得るための学びを中断。これまた社会的放浪の人生が始まった。
 人生の航路を進める順調満帆船を自ら難破させてまで、自身にこだわり問い続け試行錯誤し、実践を積み重ねたふたりの教育者を学ぶ機会を得た人生を、へろへろではあったが、改めて嬉しく思った今日だった。
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手紙

2017年04月27日 | 日記
○7時起床、起床時室温19℃。2度の目覚め。
*学習院初期の自主ゼミのメンバーの登場。どこかに旅に出かけ大学に戻り、そのお披露目をしようとしている夢。みんな元気にしているかなあ。
○三重の佐藤達夫さんに手紙。投函。
○今日のお昼は、いろいろ合わせて。メカジキをオリーブオイルで火を通りたと、ほうれん草、茎若布、シラスをフライパンで炙る。味付けはしらすの塩味で十分。若布汁を添えて。

○<基本に立ち返れ!>
 またまた、左足の麻痺が強まっている。そのため歩行姿勢の不正が強まり、それを庇うため健常な右脚に強い負担をかけてしまっている。
 「かかとから着地しましょう、足裏全体で体重を受け止めましょう。」
 歩行姿勢を矯正する方法は「歩行の基本姿勢を繰り返し訓練すること」。デイに入所した頃に受けた訓練方法をもう一度我が家で再生しようと、自宅廊下に本を代替にしてハードルを並べ、かつマット代わりに大きめの座布団とその上に発泡スチロールの箱の蓋を置いた。
 本(ハードル)を跨ぐときに膝をまっすぐ前に突き出す気持ちで(ぼくはがに股なのでそうしても外側を向いてしまう、それをただす)かかとから着地し足裏全体に体重を乗せる。言うは易し行うは難し。足側面で体重を受けてしまう。いけないいけない、じっくり焦らず、身体を移動しましょう。
 座布団(マット)は、静止してかかと着地足裏体重のせを繰り返し繰り返し、訓練。
 足の痛いの、な~おれ!ビッコ引き引きでかまわないから。

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診察

2017年04月26日 | 日記
○5時30分起床、起床時室温18℃。6時半だと思って慌てて起きた。
○ビニールごみ出し。ゴミステーションは既に満杯。規則に違反しているなあ。前夜の内に出している。ゴミ散らかしの可能性はないので許容されているんだな。
*脚の痺れ感は無いけれど、脱力感があり、歩行に戸惑うことがあった。
○エッセイ
* いつもより1時間も早く目覚め、起床した。5のデジタル文字を6と見違えた故。デートの朝だからなのではない現実。
 どうやって「(早起きは)三文の得」をひねり出そうかと考えている内に定時通りの朝を過ごしている。得どころか徳にもならないぼくの早起き。
*今日は脳神経外科と眼科の診察の日。前者は問診だけ、後者は毎回詳しい検査がなされる。
 脳神経外科受診の指定予約時間が9時半。眼科はそれが終了してからとなっており、指定された予約時間はない。
 予約時間の30分前に受付を済ませ、血圧を測り、診察のお呼びがかかるのを待つ。だいたい予約時間あたりにお呼びがかかるのだが、すさまじい待ち人数なので、診察は遅れるだろうなあ、と覚悟した。
 待つこと15分、ぼくの名前が呼ばれる。え?看護師さんがにこやかに「川口さん、先生がお待ちですよ。」と声掛けをくださった。主として血圧に関わる問診。「大丈夫だね。」ほっ。次回のランデヴー?の日時の合意成立で診察終了。計5分。
 眼科は同一フロア。こつこつ杖歩きで眼科受付へ。???! 人がいない!あ、患者のことね。すぐ、看護師に呼ばれて、検査の下検査。眼の写真撮り。そしてこれまた待つ間もなく眼科医の前に、神妙に座る。女医さんの優しいあれこれの指示にすなおに従い診察を受ける。「変化はありません。次の脳外科の診察の時にでも来てください。」今のぼくにとってこのお声が天使の声のように聞こえる。♫眼こそ いのちぃ、我がぁいのちぃ~♫(水原弘風に)な現実なのだから。
 続く、会計も薬屋も、閑古鳥とはいわないけれど、ほとんど待ち時間なし。10時半にはすべて終わった。自宅を出たのが8時50分だから、信じられない早さだ。
 !!!「あ、これが三文の得だ。」 帰路、雨にもたたられず、道沿いの量販店をじっくり見て回り家具の購入計画を立て、その他いろいろ、楽しい昼間を過ごすことが出来た早起きの朝の診察日でした。
○今日のお昼はとびっきり贅沢に。
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左足の痺れがあるけれど、買い物リハビリ

2017年04月25日 | 日記
○6時15分起床、起床時室温16℃。2時間おきに目覚め。2時の目覚め後はあれこれ考え込んで1時間は眠れず。
○資源ゴミだし。ちょっぴり疲れた起き抜きの軽労働30分。
*児童公園手前のステーションに新聞・紙類。両手にずっしりと重く2往復。自宅外階段を両手に持って足場を確かめつつ降りた。よろめき無し。
*ペットボトル、空き缶は白山神社のステーションに。
○今日は夜まで孤食となるので、昼のメインは魚介類、夜のメインは肉卵類と定め、新柏東武ストアーへ買い出し。やはり歩行につらさを覚えるが、昨日指摘を受けた両脚踵着地方向を意識して歩く。そして、はっと気づいた。歩幅が狭くなると爪先から着地、広くなると踵から着地する。それでスライドを広くとって歩行。ゆっくりになったっていいじゃん!
○お昼は簡易にあさりのワイン蒸し。一点豪華に大好きなホタテを入れた。アサリのかみ応えとアワビのかみ応えの差異がなんともいえず食の文化を感じさせてくれた。前回のハマグリより、こっちに旗を揚げましょう。
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粋生倶楽部増尾通所リハビリ

2017年04月24日 | 日記
○6時30分起床、起床時室温17℃。目覚め2回。
○燃えるごみ出し。行きは大分楽に歩けるようになってきているが、帰りはまだまだ。
○庭のハナモモが一輪だけ残っている。立派だ。

○通所リハビリ
*コーヒー淹れ、各種歩行訓練、踏み台、レッグマジック、マッサージ、あったか姫、その他。
*左足の筋肉の硬直が心配なこの10日間だったが、今日は硬直がすこしとれた様子で、足の運びもさほどぎくしゃくしなかった。
*しゃがんで立つ、の行動の中に、筋肉の張りなどが見つかる。今日はスムーズに行動できた。
○Sさんは、バーをしっかり握ることで体を支え、踵を着けたまま屈伸が出来るようになろうと、自主訓練に努めていた。ぼくは声かけで支援することにした。「両脚の踵が着いたままの屈伸になってますよ、すごいですね。」膝を充分に折ることまではまだ出来ないようだが、それでも達成感は大きいだろう。数回繰り返して、にっこりと笑みを見せ、「今のね、川口さんがよくやっていて、だんだんと膝が折れるようになっていって、今日はお尻を落とすことが出来ていたでしょ、それで、私も訓練しようって決めたのよ。」 ぼくは多くの利用者さんの訓練の様子から学んで励みと目標にしているが、ぼくも励みと目標対象になっているんだと具体的に知って、この施設は、本当の意味での「学習」がなされる所なんだなあと、痛感した。他の施設でもそうなのだろうか?
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自室でのんびり

2017年04月23日 | 日記
○7時15分起床、起床時室温16℃。2度起き。
*授業をする光景。年度初回と2回目。初回は大幅遅刻者に対し履修禁止を通告。若干の配付資料の解説。2回目はもう一人の教師が冒頭に資料の適切性について大型コンピューターで分析した云々とやり始め、ぼくが、資料そのものの意味について検証する方法について学習する目的の授業だから、お前のやり方は授業方法と相容れないと、怒鳴り付けた。そこで目が覚め。史料検証の方法を人知から遠ざける動向に対して苛立ちを覚え始めた頃の夢再現だな。
○ どうも「パッサージュ」(フランス語)にこだわる。日本語で言えば「抜け道」。景を連続させるのが通常の路ならば、景を遮断し異なる景をつなぐのが「抜け道」「パッサージュ」。これのもっとも感覚的に理解しやすいのが「トンネル」。
 ぼくの出身県三重県は、文化的風土がかなり異なる地域が寄り集まっている。ぼくに関わっていえば、「伊賀」と「伊勢」。テレビやラジオの天気予報は、「伊賀」は関西、「伊勢」は東海となる。三重県の背骨を作っているのが紀伊山地。「伊賀」と「伊勢」のそれぞれの文化を分ける役割も果たしている。
 小学校中学年時から、母から命じられて、ひとりで、「伊勢地方・久居」の我が家から、「伊賀地方・名張あるいは上野」の父の生家あるいは母の生家に用務の旅にしばしば出かけた。近鉄大阪線などを利用する。その線に「青山トンネル」がある。かなり規模の大きいトンネルだ。トンネルの上を山地が走っている。
 このトンネルがぼくにとってのアイデンティティの混乱をもたらせる存在だった。伊勢弁と伊賀弁とを分かつシンボルだ。トンネルを抜けるととたんに、小学校中学年の子どもにはよく理解できない音のつながりの発音の会話が当たり前となる。そしてそれは、父母それぞれの生家でも使用され、ぼくがしゃべる言葉を「おかしな言葉やねぇ、面白いなぁ」とからかわれる。
 まさに「トンネル」は異界への通路だった。怖くもあり期待も持つ。この感情は、今日もなお、強く現れる。ぼくが抜け道としてのパッサージュやトンネルにこだわり続けているのは、アイデンティテイそのものへの問いをもたらしてくれるからだろう。


○夕刻、ジャン・コクトー監督の「オルフェ」(1950年制作)観賞。死の世界と現実世界とを描く。二度目の市長だが、よく分からない、という感想は今回も同じ。ギリシャ神話のオルフェイス伝説に因るとか。リオのカーニバルを舞台にした「黒いオルフェ」と同根?  
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粋生倶楽部通所リハビリ

2017年04月22日 | 日記
○6時40分起床、起床時室温18℃。4時に目が覚めてからはうとうと。
*教育実践史研究学体系の編集企画会議で東大・本郷キャンパスへと向かっていたはずが、駅を降り立ってみれば間違いなく埼玉大学大久保キャンパス。大変遠く歩き、門をくぐり抜けたとたん、キャバレー、バーなどのネオンがちかちか。その一画を、国立大学経営も自前でやらなきゃ行けなくなったから一番金が入る方法を考えたなあ、等とつぶやきながら、指定された編集会議所へ。学生会館のような学生食堂のようなところ。会議に集まったメンバーは、川合章氏、安川寿之輔氏、梅田修氏、中野光氏、清水寛氏、碓井峯夫氏、他に「若手」数人。空恐ろしい集まりだ。にぎやかに雑談を交わしているところへ、これまた何と、教育史料出版会の社長と編集長。彼らに向かって手を伸ばして握手を求めると、「お会いできて嬉しい、ご一緒に本を出すことができる喜びで一杯です。」という。ぼくが彼らを皆さんに紹介。「32歳の時に本作りの仕事をご一緒した仲間です。」と。夢を見ているぼく(もう一人のぼく)が、「大学院生の時に新興教育の復刻版編集で一緒やったから、20代後半のことやで。」とつぶやいている。夢は、ぼくの研究者の土台形成についてだ。お世話になった人々の登場。
○通所リハビリ
*コーヒー淹れはSさん。ハードル歩行、ステップ、レッグマジック、踏み台、バランスシート歩行、膝先内筋肉訓練、自転車。マッサージ、暖か姫。
*他の利用者さんたちと会話。珍しくボクから声かけ。ほとんど躁状態ですな。応じてくださった皆さんに感謝。
○気力が沸かない今日。
 が、まったく沸かないのではないことに気づいた。
 昨日の物産展で購入した生茎ワカメは食べたい!!だけれど、塩抜きしなければ死ぬほど塩辛い思いをする。
 で、思いついた。生茎ワカメの塩抜きの間に、今日の昼を作ればいいじゃん、トッピングにしよう!
 冷蔵庫の在庫処理をかねて、ベースは鶏もも肉にし、いろんな具材で味を調えた。イメージ通りのおいしい味に仕上がり、ネコの強奪の技をかわしながら、ひとり昼食。味なもの。

○妻子共々具合が悪いと夕食を抜いて寝所へ。お疲れなんだなあ。ぼくも今日の体調は悪い方だが食欲だけは図々しくあるので、即席に「海鮮丼」。メカジキの中トロ部位の乱切り刺身と茎若布。けっこう美味しいものです。フランス映画「うたかたの恋」を視聴しながら。主人公の皇太子ルドルフ役を演じたシャルル・ポアイエは名作「ガス燈」で好演技。


*明日は、みんな、今日よりは調子が良くなりますように。弘美君も夢さんもお務めがあるのだ。
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船橋にて物産展、ランチ。

2017年04月21日 | 日記
○7時起床、起床時室温19℃。
○9時30分~15時30分外出。ノロノロ歩き。
 トドちゃんのお世話をいただき、千葉県船橋市東武百貨店の新潟・長野物産展に出かけた。脚の調子が思わしくないけれど、自宅に籠もっていても調子が改善されるわけでは無いので、出かけた。
 東武の1階フロアーにはぼくがしばしば立ちより世間話に興じる、Take-upという装飾品のブティックがある。今日もお店のマダムが応じてくださった。ありがたいこと。「さりげない写真ならかまいません」ということで許可をいただいてパチリ。このマダム、ぼくは大好きなのです。

 しばし会話をしたあと、物産展フロアーへ。昼時は大変混雑するので、その少し前に食堂へ。新潟が蕎麦、長野がトンカツを出品していたが今日は長野を選んだ。すさまじい盛り付け。

 あとは会場をグルグル回り、適当に欲求する者を少量ずつ購入。やはり大好きなあんこものの店の前では入念に品定め、ついでにお店の人と会話。

 2時間ほど過ごして、デパートを出て、中国飲茶の店へ。もうすぐ店じまいになるというので、品々が放出値段で並んでいる。ああだ、こうだと、選んでみた結果、ガラスのポットに決まり。記念の品になります。

 〆に、店のマダムをパチリ!いつもにこやかな笑みをプレゼントしてくださっていた。お別れです。さようなら。お元気でご活躍くださいね

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