ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

終日在宅

2016年11月30日 | 日記
○7時30分起床、起床時室温12℃。授業の夢、その流れで立て看づくりの立ち会い。現実の立て看づくりは、大学院生自治会の委員長の時だけだな。
○ビニールごみ出し。クロ=パンソンの丘、丹羽さんのお宅の前までは脚が重く感じなかった。もうちょい!
*帰り道、ご近所の吉田さんのご主人のごみ出しと出会う。久しぶりのご近所挨拶。吉田さん、ぼくの脚を指さしして「もうだいぶんよくなりましたね!」「ありがとうございます。この距離だと、杖も使わなくてすむようになっています。」「それはそれは。ま、お大事に。」「失礼します。」
*一方で、Nさんのお宅から自転車を出して外出準備中のご婦人に「お早うございます。」と挨拶を送ったら、完全無視。
*まあ、我がご町内はこんな感じなんですね。
○ごみ出しから帰ってすぐ、道の掃除。我が家のイチョウの葉が散っている。評判がよくないことは知っているが、今日まで、杖無しでホウキを持って作業することに危険を考えできなかったが、思い切って。特にお隣の塀際に散っている葉を掃き集める努力をした。おお!社会復帰第一弾やんけ。
*我が家のイチョウの木。ギンナン(種)から芽生え、こんなに育ちました。

○お昼のおかず材料の工面に新柏東武へ。いろいろ目移りするけど、結局いつものしか買わないんだな、調理法が思い浮かばないから。たまには突拍子もないものに挑戦したいものだけれど。
*メバチマグロ血合いの漬け焼 シジミの味噌汁、トマトを添えて。ヴェリヴェリグッドざんす。

*調子に乗って、メバチマグロ血合いの甘辛煮、そしてタラコ甘辛煮に挑戦。失敗。トボトボ…、が、あした食うぞ、明日のおかずは苦行だなあ。是非、猫さんに、かすめ取って貰いたい!
○「セガン」 幼児期からの記憶暗記主義に対する厳しい批判。1843年論文、1846年著書、同一文章。ぽぃはこれをセガンの実体験を綴っているとみなしている。
*明日で第1章を終えることができるだろう。いや、終えたい。
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身体安めのつもりにしたかった一日

2016年11月29日 | 日記
○7時50分起床、起床時室温13℃。二度寝。
*男子学生ばかり10人ほどのゼミ。音声のみの参加者のレポート(テープ)をながしてゼミを進めていた。突然大きな劇場の観客席に中高年のご婦人たちが。神妙な顔をして聞き耳を立てている。何だろうこの夢。
○午前から『セガン』見直し。結構欠きくわえがある。原論に変更は無し。
*「セガン」、いよいよ、近世的子育て認識に入る。つまり、乳母、里親、家庭教師、そして旧制コレージュ。
○午後、「尺取り虫」20ごろごろ×2。「あわてんぼう」10回×2。あわてんぼうではドスンと尻を落とすことはなかった。ただし、階段故なのかもしれない。
*玄関の上がり口で「あわてんぼう」10回。腰を下ろすのがすーっとできた。
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粋生倶楽部増尾通所リハビリ

2016年11月28日 | 日記
6時30分起床、起床時室温13℃。夜中の目覚め1回。
*昨夜は早くからコトンと眠りに落ちたようだ。
○燃えるごみ出し、2袋。雨が上がり助かった。クロ=パンソンの丘、あまり調子よくないぞ。
○通所リハビリ。今日は運動訓練のために身体があまり動いてくれなかった。
○郵便局へ
*古書代金の振り込み
*年賀状購入
○教育の歴史を勉強していて、「昔の学校」の実際の姿を目にしたいと思うことがしばしば。幸い、この願いを叶えてくれる国や地方があり、「再現教室」をご案内下さる。
 写真は、フランスの小さな地方都市のかつての女児学校の教室に置かれていた子守篭。ああ、女の子は、ここの国でも赤児の守をしながら通学していたんだなあ、と感慨を得る。
 じつを言うと、ぼくが乳飲み子だった頃、母子家庭故、母は働きに出ざるを得ない、それで「子守」に預けられた。その子守は「義務教育年齢やったけどなあ、就学猶予の子でなあ、子守代が安ついたであんたの守を頼んだやな。」という事情で、知恵遅れの女の子の子守で育った(と聞き伝え.覚えているわけ無いですね、年齢的に。)。
 子守篭との「対面」は妙に郷愁を覚えた次第。それとも、人生終盤にかけて「セガン」に出会ったことが、ぼくの原点を目覚めさせたのかもしれないな。だって、それまで蓄えた「研究」をすべて捨ててまで「セガン」に没入しているのだから。

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柏で買い物

2016年11月27日 | 日記
○8時起床、起床時室温12℃。二度寝。
○10時半家を出る。柏で買い物等。1時半帰宅。
*東急ハンズで腹筋ローラー購入。
*高島屋本店で、コーヒー、夢の誕生祝い購入。
*行きはるんるんの体調で歩くのだが、帰路はヨレヨレ。
○添付写真と同種のものを求めて柏の街に出た。薬研様のスポーツ器具。「腹筋ロ-ラー」というらしいが、商標名は違っている。
で、箱を持ってレジに。
レジのお姉ちゃん、「お求めはこれに間違いないですか?」
箱に画かれた気持ち悪いほどの筋肉モリモリの図と、目の前の毛抜け歯抜けブヨブヨ実態とのあまりの落差に、思わず、口走ってしまったのだろう。
「手足を故障してますのでね、それを支える大元の筋肉をちょっとでも強めれば、もう少し楽に歩けるし、手に荷物も持てるようになるかと思って、臨終前の悪あがきですよ。」
お姉ちゃん、下を向いて、小さな声で(つまりぼくには聞こえませんがな)なにかをごごちゃめいておられましたなあ。
 お店の人へ、
 今は、お店の売り上げを支えているのは年寄りでっせ。もっと適切な応対ができる「大人な人」を配属しなはれ。キヤピキャピと騒ぐだけしか知らない無知蒙昧な学生ではなく。
*トドちゃんよりいただいた感想
「あははは。確かに外箱のマッチョな筋肉モリモリとの落差が激し過ぎるから…😁小娘のうろたえるのも無理はない😓トドでもうろたえた(笑)今の消費は高齢者が支えているのは事実」

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粋生倶楽部増尾通所リハビリ

2016年11月26日 | 日記
○7時起床、起床時室温10℃。夜の目覚め2回。
○8時前、門扉の呼び鈴が鳴ったので、この時間に何だろうと、玄関を空けたところ。交通警官・鑑識係が総計6名ほど我が家の前でうろうろしていた。児童公園の方の道にはワゴン車が止まり若い女性が少しゆがんだ自転車を車に乗せようとしているところが目に入った。「玄関の呼び鈴が鳴ったので顔を出しましたが、何か御用ですか。」と、すぐ近くの景観に声を掛けたが、「いや、もういいです。」という。いや、こちらはよくないです、と言い返そうかと思ったが、入らざるけんか腰は止めようと、家に引っ込んだ。
 通所リハビリのために外に出ると、事故の現場検証だろう。景観が「自転車とワゴン車の衝突事故です」と説明をした。土地の道路事情も知らず、ナビを頼りに抜けてくる車が多くなっており、事故を心配していたが、とうとうその通りとなった。自転車の主は姿を見せていないので、救急車で病院に運ばれたのだろう。
○通所リハビリ
コーヒー淹れ、レッグマジック、踏み台、「あわてんぼう」(隠れてやっているのに必ず視線があるようで、無事立ち上がると、「すごーい」の声と拍手、ありがとうございます。マッサージ、「尺取り虫」(「川口さん、すごいねー、あんなのをするなんて。」、こちらもお褒めをいただき、ありがたいことです。)バランス・シート、暖か姫、自転車、その他。今日も、楽しんでリハビリをすることができました。
*コーヒー豆がなくなったので、明日柏へ買い出しを。
○今日のお昼はカレーうどん。ネギを刻みたくさんトッピング、隠し味にリンゴ。細かく刻んで鍋で火にかけ、そこにカレーを流し込んだ。なかなかのお味でございます。
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終日在宅、雑事

2016年11月25日 | 日記
○7時40分起床、起床時室温8℃。夜中の目覚め3回。
*手がかじかみます。
○午前中、「セガン」。なかなか意を決して筆を進めることができない。父方は刃方家系。もう、かつて綴っているからなあ。
○今日のお昼はムール貝料理。パリの生活の日々が懐かしい。もう16年も前のことだ、いつまでも感傷に浸るんじゃない.とは言いつつ、バゲットでなくライスであるのが残念だと思う。

○昼食後、階段を使って、座る-立つの訓練。10回。時間を使わないにもかかわらず、疲労感が強い。腰落としはやはりスムーズには行きにくい。
*階段のあと少し時間をおいて玄関で、同じ訓練。5回。下手に身体を揺さぶってするよりも、倒れることを承知で思い切ってつま先立ちのつもりになって行うとスムーズに立てる。終わった後、少々息切れ。
○「セガン」、やっと、父方について記述はじめる。母かたはハ明日。
○セガン1846年著書松矢勝宏訳 古書にて購入手続き。これで一つ安心。
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「セガン」

2016年11月24日 | 日記
○7時30分起床、起床時室温13℃。夜の目覚め2回。
○午前中「セガン」。
*子ども部屋論に記述されたセガンの「階層」の持つ意味についての評価を定めようとするが、頭が混乱状態。
○運動リハビリ
*結局、足腰の強化を意識する。階段に座り無支援で立ち上がる。座るときに、スーとは行かない、ド心がどうしても多くなる。ド心の時には立ち上がりに工夫を求められる。すっくとスムーズに行くことがまったくないわけではない。20回、立ち座り、連続して。
○湯たんぽを薄手の古物毛布に包んで、発泡スチロールの箱に入れて作業机の足許に置き、その中に両脚を突っ込んで「よしなしこと=よしなし、こと」(ぼくのかつてのアホトックはこれを、「よしな仕事=止しな、仕事」と変換した)をする。足湯みたいなものでしょうか。
 思春期に、「頭寒足熱」を教わって以来、愛着のある、ぼくの冬の過ごし方。発泡スチロール箱はかつては自製木箱だったけど。
○午後、外は牡丹雪。
*「寒いねー、グレー兄ちゃん」「ンだなあ、外は雪だんべ。」


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振替の通所リハビリ

2016年11月23日 | 日記
○6時40分起床、起床時室温17℃。夜の目覚め2回。
○粋生倶楽部増尾通所リハビリ
*今日は先日休んだ分の振替、
*ほとんどの方が見知った顔だが、Mさんとはとても久しぶり。訓練の様子を拝見させていただいた。足も手もしっかりとし、運動の軸になっている。すごいなー。
*コーヒー淹れ、レッグマジック、踏み台、自転車、マッサージ、腹筋ローラー、暖か姫、その他。
*スタッフさんと少し会話。「楽しんでリハビリをやっている」ということがテーマ。このテーマは事実ではあるけれど、永遠のテーマでもあるな。
*今日は体が重く、足腰の屈伸関係が思うように行かないことが多かった。
○午後はDVD観賞。
*映画「ジョニー・ベリンダ」(1948年制作)観賞。
1.女性聾唖者が主人公。字幕に違和感1カ所。「特別支援学校」。映画の舞台はカナダ。しかも現代ではない。「特別支援」などという用語は日本の現代。時代や背景となっている社会と日本語との関わりはたいそう難しい問題ではあるけれど、「原作(言語の持つ文化性歴史性)」をゆがめることだけはしないで欲しい。
2.聾唖者に「言語」をプレゼントし聾唖教育の歴史を切り開いたド・レペが映画資料として登場する。字幕では「ド・レペ神父」とある。l'abee de L'EPEE(*フランス語のアクサン記号を出せないのでお許しを)が綴り。パリ聾唖学校の創設者。学校の管理者・教師・聖職者であった人。それでぼくなどは「ド・レペ神父」とするのではなく、「ド・レペ師」を使用している。難しい問題だけれど。
3.親子間だけに通じる記号(線や○×など)を唯一のコミュニケーション言語にしていた主人公が、聾唖者にかかわるようになった医師の教育によって、手話で同時コミュニケーションを取り、読唇で相手の語りを読み取り、書き文字によって時間差コミュニケーションを取ることができるようになることが、まさに「世界が広がる」いうことを確認させて貰える映画。ストーリーそのものも魅力的。

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身体休め、少し「セガン」

2016年11月22日 | 日記
○7時20分起床、起床時室温15℃。夜の目覚め2回。
*昨日の疲れが強かったのか、まるで幼児の布団のごとくに乱れており、朝方左脚が強く痙りました。
*明け方でしたか、地震がありました。
○なるべく低位の箇所に腰を下ろし、補助無しで立ち上がる訓練。自分勝手に思いついたメニュー。自宅ではおとついから、さほど時間をかけず、できるかできないか。どの程度ならできるのか、の確かめ。
*階段 座るときにはやはりドシンとなる。これをなるべくしないようにしたい。スムーズに。立ち上がりは前屈み姿勢を強く意識し頭を突き出すようにする。昨日のような「身体揺すり」はほとんど不必要で5回の試みがうまくいった。
*階段よりやや低い玄関上がり口。ドシンは同じ。揺さぶりによる重心移動は昨日に較べてスムーズに。立ち上がりも4回までは容易だと感じた。5回目は息切れ?なかなか立ち上がれませんでしたが、最後に、エイヤッ!
*この調子だと、リハビリの訓練メニューに入れてもいいと思う。
*東武デパートでの階段お座り休憩がちょっと楽しみ…。ただし、フロアに「体育座り」をするほど恥知らずではありませぬ。
*階段で腰下ろし立ち上がり10回。後半5回は腰を落としてそのまま立ち上がる訓練。できます。脚の筋肉の訓練にも繋がりますね。無理をしないで、毎日、ちゃんとやりましょう。
○「セガン」
*「知的障害(歴史的用語では「白痴」)は重度の場合を除いて、教育によって発達する」ことを「発見」したのは19世紀の前半という時代である。
 知的身体的道徳的発達が可能だと観察と実験の結果を医学博士論文で指摘したのはベロームという精神科医。1824年の博士論文だ。彼の父親も精神医学の担い手であり、医師と精神病者と共同生活をしながら精神病を治癒する「精神療法」(モラル・トレートメント)をパリ市内で行っていた。息子ベロームはその父親の姿を見て、そして実績を見て、医学を修め、知的障害者の「治療」(「教育的治療」と彼は名付けている)の道に進んだ。
 イタールが「知的障害教育」を初めて行った、とされているが、彼は「知的障害者が何らかの発達をする」とは認めていなかったことは、あまり知られていない。だから、ベロームこそが初めての人なのだ。
*「知的障害者は教育によって発達する」というフレーズを医学的に明らかにした最初の人がベローム博士です。しかし、18世紀後半期においてすでに「知的障害者」が労働によって何らかの社会参加が可能であることをヨーロッパ社会は実証してきていました。ただ、それはあくまでも個別的であり体系化されていませんでした。セガンはそういったことからも学び、検証し、自らの教育実践に取り組んだのです。そして体系化し、技術化した最初の人となりました。ベロームはそこには至らずあくまでも精神病治療の枠組みを出ていません。ヨーロッパ社会やアメリカは、セガンのそうした果実から多くを学び取り、自国の「知的障害教育」に活かそうとしたのです。
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粋生倶楽部増尾通所リハビリ

2016年11月21日 | 日記
○6時40分起床、起床時室温15℃。夜中の目覚め1回。
○通所リハビリ。
*コーヒー淹れ、レッグマジック、踏み台、バランスシート、尺取り虫、自転車、スカイウオーク、あったか姫、ボディケア、ほか。
*朝から心が大荒れ。
リハビリのための行為に水をさされたと感じたから。
それを通所施設にまで持ち込んでしまった。
時を見て、今日の心の荒れの発端となったことを、施設の隅っこでやってみた、水をさされたと思ったことが当たっているかどうかを、誰も見ていないところで自分で確かめようと思ったのだ。
階段の1段の半分ほどの高さの所に腰を下ろして、立ち上がること。水さしとは「介護・介助バーがあるんだからそれを使えばいいじゃない!」この言葉はぼくのリハビリの目的とするところとは正反対と思えたのだ。
健常者だと、腰をスーと下ろして座る。そしてすっくと立ち上がる。それがごく日常。ぼくの今の身体の調子だと、介護バーを使えば直ちにそれに近い行動ができる。しかし、バーを使わないと難渋苦渋。
ぼくは、「腰を下ろす」ことはできず尻から落ちる。下手をすると後ろにそのまま倒れてしまう。ようやく後ろに倒れてしまうことは脱却した段階にまでにはなっている。
ストン!いや、ドスン!
それから、両脚を引き込みにかかるが麻痺しているために思うようには動かない。手を借りて膝を抱え込むようにして脚を後ろ(身体の方)に。
それから、立ち上がる努力をするが、脚に力が入らない。要するに踏ん張りがきかない。前屈姿勢で重力を前に移そうとするが、腹筋、背筋もその能力をきわめて失っているため、思うようには重心移動ができない。「スイカ腹」も多いに邪魔をしている。
さて・・・
座ったまま、上半身を前後に揺すり重力移動を試みる。
揺すりが次第に大きくなり、両脚に体重が次第に乗っていくことを感じたので、立ち上がるべく踏ん張った。
3度目の試みで、よろめきもせず、近くのものに手を添えることもせず、立ち上がった。
施設内で、大きな拍手が轟いた。びっくりして施設内を見渡すと、皆さんが注視して下さっていた。
何人もの利用者さんが囁きに来た。
「ここを辞めないでね。」
「みんなが励まし合っているから私もここに来てるのよ。」
○昼食後、薬研もどきがあればと、南柏のリサイクルショップへ。残念ながら無し。ブランドものが一杯!宝石も一杯!。みーんな、貰ったけどうっちまえっ、という品ね。要するに縁の薄い縁起が悪い品物なのさ。まあ、ブランドものって、みんなそんなものだと思うなあ。昨今の映画鑑賞でつくづくそう思うようになった。
*それにしても強い疲れ。まだまだ身体能力はたたき売るするほど丈夫なときに較べると無に等しいですなぁ。
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