ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

終日再校ゲラ校正作業

2016年01月31日 | 日記
○6時起床。夜の目覚め1回。起床時室温8度。
○昨夜見た夢は現役時代を彷彿させるようなもの。学生たちとああだこうだと語り合い行動しあっていて、つい時間を過ごしてしまい、帰宅のための脚が無い。仕方がない、研究室で寝るか。となるが、ここから先が、夢の世界とは違う現実のぼくの登場。つまり鍵を有していない。当然研究室に入ることなどできない。(;´д`)トホホ、深夜タクシーで帰宅か。と駅に向かう途中からストーリがまるで変わる無責任。ああ、おもしろかった。まだ、夢の中に、杖突歩行のぼくは登場してこない。心では、現実を受け入れたくないのだろうな。それって、わがままでしょ!
○校正作業は目を使う。そして、今のぼくにとっては苦役そのもの。しかしぼく以外にできる人、する人はいないから、喘ぎ喘ぎ作業。目を休めることも考えなければ。
○何枚かの図版資料を挿入。意外と見落としているものがあるな。
○瓦林君から金沢〔神奈川?〕のさる大学の専任講師として4月から赴任することが決まったと連絡。瓦林君によってフランスの教育への扉を開けてもらったことを考えれば、今、フランスの教育の扉を締めんとしているこの時に、瓦林君の新たな出発があるというのも、なんというか、おめでとうございます、おかげさまでぼくはこうやって一つの形を作って舞台から降りることができます、ありがとうございました、ご活躍を心からお祈りしております、との言葉を紡ぐことができる。歴史は繋がる、かな?
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通所リハビリ

2016年01月30日 | 日記
○6時30分起床。夜中の目覚め1回。起床時室内気温8度。
○粋生倶楽部増尾通所リハビリ 今日で10か月通ったことになる。早いものだなあ。
 自転車漕ぎ20分。焦らずゆっくりと。あったか姫20分。ハードルを置いての歩行練習30分。背筋をきちんと伸ばすことが大きな課題。まだ、ハードルを引っかけることがある。脚クリームマッサージ。あまりにも左脚が冷たいと、所長さんに、足湯を施していただく。氷が生えたような左足首から先、腫れることは無くなったけれど、この冷たさをなくしていかねば。丹念なマッサージが必要なのかな。全身マッサージ。ストレッチングボード。あとは皆さんと一緒に棒体操など。右と左とを異なった動作をする体操は何度やってもぼくにはできない。一種の障害なのだろうな。
○午後から校正。字がきちんと書けない苦しみを味わっています。校正ばかりはタイピングというわけにはいかないのだ。
○日中、イアン一家が来た。くら寿司で夕食。イアン君がワサビをたんとつけて食べるのに驚かされた。孤食じゃない楽しみがありますね。
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論文読み、再校ゲラ朱入れ

2016年01月29日 | 日記
○起床6時、夜中の目覚め2度。起床時室内温度10度。
○今日は博史君の命日。召されて42年になるな。彼が生きたかった命の分、ぼくは研究生活を送ってきている。社会的に立派な研究者であったとはとても言えないが、まとめの時期には命がけであったことは間違いない。博史君に誇って語ることができる。今日もそのために力を尽くそう。
○一仕事前のセガン研究エッセイ
「エドゥアール・セガン」の名と実績を一躍有名にしたのは、「教育不能」(社会参加のための資質能力を形成することができない)故に、棄民施設に閉鎖監禁幽閉され、終生をそこで送らされた当時の言葉で言う「白痴」を、まだ身体的精神的能力が完成していない20歳以下の子どもならば、教育・訓練によって社会参加のための資質能力をある程度形成することができることを、実践的に実証したことだ。
 「セガン」の公的な教育実践の場は、当時の名称で言えば「養老院」。70歳以上の高齢者の収容施設であるが、精神疾患者を収容〔治療〕する場でもあり、犯罪者や赤貧者で浮浪者を一時強制収容する場でもあり、など、要するに「棄民施設」内での教育だった。公的な肩書に「白痴の教師」と与えられた。記録に残されている限りで言えば、「セガン」の教育は男児を対象として教育している。
 日本の障害児教育史研究者の間では、「セガン」は「サルペトリエール院」で白痴教育をしたというのが定説になっている。「サルペトリエール院」というのは正式名称ではないが、フランス社会の女子棄民施設として、つとに名高い。その女子施設内で男児の教育にあたったということを教えられた。男児と言っても20歳未満の立派な若者もいるわけで、男女の区別に格別厳しい近代社会を形成してきたフランスでは、考えられないことだ。
 マジっすか?その旨を率直に「セガン研究者」たちに問うた。いろいろな反応があって面白く思ったが、この人たちは人間の「性」を本質的には理解しようとしない人たちだと、私は強く感じた。「白痴なんだから男女関係ないんじゃない?」その一言が、私をして、「セガン研究本流」ではない道を歩ませることになった次第。
○翻訳書カバー案が送られてきた。シンプルでとてもステキなのだが、どこかで見たような記憶があるデザイン。重なりのないように点検を願いたいとメールはしておいたが。
○今日のお昼は三色丼(親子丼の変様?)

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訳書について出版社と打ち合わせ(午前) 論文読み

2016年01月28日 | 日記
○6時半起床。夜中の目覚め2回。4時半に目覚めて以降布団の中でダラダラ。なぜか眠れない。起床時室温7度。
○10時、南柏ドトールで打ち合わせ。久しぶりに南柏に出る。
○往路30分かかり消沈。帰路3度左脚つまずく。マンホールの蓋が視覚では確認できないほどに浮いているようだ。その程度でさえつま先を上げて歩いていないということか。歩行のための訓練を多くしなかった罰が当たったな。これから春。多いに外に出よう。それしか方法はない。
○再ゲラの朱入れはせいぜいのところ木曜午前まで。これは相当がんばらないとならない。おっと、その前に、今日明日と、N君の論文読み。
○お昼はうどん。ただし、汁無し。ゆで麺を熱湯にくぐらせ、フライパンであぶり焼きした味付けホルモンと混ぜ合わせて、焼うどん。トッピング〔つけ合せ)にカニカマとワカメ。麺面が見えないほどたっぷりと乗せ、ほんの少々ダシ醤油をたらし、しっかりと混ぜ合わせて、♪いただきまーす♪ 思っていた以上に、いや、思いがけずに、美味。ホルモンはコリコリ。歯無しのぼくであっても、これが堪らない食感なのだ。・・・あ、写真撮り忘れた! って、あまり美しくはありません。
○フランス生活回顧エッセイ
 あるFBFがフランスパン、(パン・ド・)カンパーニュについての記事をアップしておられた。さる有名どころのパン屋では行列を覚悟して買わなければならないとか。その記事を拝読しているうちに、かつて何度かの経験があるパリ生活のことを思い起こした。
 焼きたてのバゲットほどおいしいパンはない、と僕は思う。パン屋が店を開くか開かないかのうちにお目当てのパン屋にできている行列に加わり、バゲット数本を手に入れ、一本は宿・アパートに帰る途中で食べてしまう。帰り着いたら、スープ作りに着手。たいていがラパン・ガラで作る。トマトやジャガイモやニンジンやらを乱切りにして投げ込み、塩コショウで味付け。仕上げに白ワインを注ぐ。これに買ってきたバケットで、朝食となる。
 ある日、直径が30センチほどの大きな丸いパンの塊が目に付き、あれは何だろう、どうやって食べるのだろうか、気になった。手書き風の文字で書かれたパンの名前はpain de campagneとある。「田舎パン?変な名前。パリっ子が田舎という名に飛びつくのかなあ。」なんて、言ってみれば知った風な考えを持った。その時は買わなかった。わけわかんないものに手を出すと、大変困る事態になりかねないから、食料品には慎重だ。
 その週の日曜日、バスチーユにつながるリシャール・ルノアール大通りで開かれている朝市で、フランス人知人に訊ねた。彼はこのような説明をしてくれた。
「パリっ子の大勢はパリに生まれたのではなく、パリで働くために移住してきた人たちです。そういう人たちにとって、「田舎」はとっても懐かしく、かぐわしいところです。彼らのそういう「田舎を懐かしむ」思いから生まれたのが「田舎パン」。パリの近郊(田舎)で作られていることから、この名前が付けられましたが、郷愁を誘うのですね。そして、同郷の人たちが大勢集まって、同郷のスープを作り、「田舎パン」を分け合って食べるのです。大きな形で保存がきくことも、「田舎パン」の特徴です。」
 なるほどなるほど。それを聞いて、ぼくも「日本」という「田舎」を偲びたくなると、「田舎パン」を買い求め、「ラパンスープ」とともにいただいたのでした。「田舎パン」は素材が素朴というか、小麦も上質のものではないし、ライ麦などを混ぜているから、そのままかじっておいしいというものではない。けれども、懐かしい郷愁を覚えるのは、まさに名前の通りなのであった。
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診察日

2016年01月27日 | 日記
○起床6時半。ほとんど熟睡できず、幾度もトイレに起きる。冷え込みが厳しかったゆえか、神経過剰である故か。起床時室内温度5度。
○10時から採血。11時30分から診察。行きのタクシーの手配を、今日はぼくがやる。初めて。
○診察を終えて、バカエッセイ。
 今日は6週間ぶりの診察。前回お前はデブだという診察結果を冷酷な声で伝えられ、今回の今日は、再度血液検査によって、お前はやる気があるのかと、叱咤罵倒の診察場面が予想されたので、昨夜は緊張のあまりよく眠れなかった。
 採血をし、それから血液検査に1時間要し、そして恐怖の問診となる予定だったが、問診時間が遅れに遅れて、ついに、弱々しい声で、「あのぉ、川口ですが診察まであとどのぐらいかかるのでしょうか、もう緊張の糸が切れそうなので…。」「ちょっと時間かかってるわねぇ、川口さんより30分前予約の方が今始まったばかりよ。緊張の糸切れておもらしちゃ大変だから、おトイレ、行ってらっしゃい。」 看護師さんの方が上手でした。
 上記のシーンからさらに30分余り待って、ドクターのお声がかりました。
「血液、いいよ。とてもよくなっている。血圧もいいね。その調子でいきましょう。…で、次回は6週間後の3月9日。お薬は変わりません。はい、ご苦労さん。」
 お医者様はにこやかに応対して下さいましたが、本当は患者など信用してない。その証拠に、「次回は検査はないが、次々回はちゃんと血液検査をするよ」というお告げが背中越しに聞こえた…。
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