新渡戸稲造(盛岡生まれ)の祖父は、代々続いた花巻の城士の家柄で、その屋敷跡に隣接して、花巻新渡戸記念館が建てられています。しかし、注目すべきは、その屋根の下に大きな「月星紋」が!そうです。新渡戸家は桓武平氏の末裔にして「千葉氏」の子孫だったのです。いわゆる奥州千葉氏です。遠く花巻に来て、千葉氏のゆかりに巡り会うとは思いませんでした。
新渡戸稲造(盛岡生まれ)の祖父は、代々続いた花巻の城士の家柄で、その屋敷跡に隣接して、花巻新渡戸記念館が建てられています。しかし、注目すべきは、その屋根の下に大きな「月星紋」が!そうです。新渡戸家は桓武平氏の末裔にして「千葉氏」の子孫だったのです。いわゆる奥州千葉氏です。遠く花巻に来て、千葉氏のゆかりに巡り会うとは思いませんでした。
「宮澤賢治記念館」も「花巻市博物館」も花巻市の運営ですが、市内(もとは大田村山口)にはさらに、「花巻市歴史民俗資料館」もあります。平成19年度から花巻市博物館の分館となりました。近くには、花巻空襲に遭った高村光太郎が戦後移り住んだ高村山荘・高村記念館もあります。
花巻人形や、民具の収蔵庫をそのまま展示しているスペースはとても見応えがあります。
同博物館の目玉の一つは、建設工事中に発見されたアケボノゾウの足跡化石の展示です。この化石を保存展示するために、設計を変更し、階下部分にそのまま配置してあります。白い花のように開いているのは、アケボノゾウが泥の層に踏み込んだ結果です。
村上くんがお世話になっている花巻市博物館は、平成16年の開館で、まだ真新しい感じです。花巻の歴史を中心とした展示構成で、展示品は複製が多いですが、テーマ性がしっかりしていて見応えがあります。企画展示室は広々としていました。
花巻市豊沢町の賢治生家跡です。昭和20年8月10日の花巻空襲で焼失し、当時ここに寓居していた高村光太郎は焼け出され、大田村山口に移り住みました。現在は別の方がお住まいですが、隣の蔵が「街角ミュージアム豊沢小路「蔵」」として公開されています。