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随縁記

つれづれなるままに、ものの歴史や、社会に対して思いつくことどもを記す

7つの習慣

2012-10-03 22:59:43 | 人生
 
『7つの習慣』 著者 スティーブン・R・コヴィー

 1997年に読んだものですが、改めて読み返しています。



 「20世紀にもっとも影響を与えた2大ビジネス書」のひとつとされています。
 
 もし、読んでいない人がいたら是非読んでください。
 僕の人生のバイブルとなっています。
 ビジネスだけでなく、自分のあり方を大きく変えることができるはずです。
 今でも有料のセミナーが開催されています。
 以下はその概要です。


■第一部・パラダイムと原則について

○インサイド・アウト(内から外へ)

 ・一次的な真の成功とは、優れた人格を持つことである。社会的な成功、個性の発揮、コミュニケーションのスキル、他に影響を及  ぼす戦略、前向きな姿勢などは、二次的  なものである。

 ・自分自身の内面(インサイド)、パラダイム、人格、動機などを最初に変え、それから、外側(アウト)、他人や環境を変えるという  ことである。

 ・―人が物を見る時には、ある種のレンズのような物(パラダイム)が存在し、それが  認識、理解、解釈、行動、態度を決めて  いる。従って、そのパラダイムを転換させることにより、自分のあり方を大きく変えることができる。

○人生の扉を開く「7つの習慣」

 ・習慣がいかに強力であるかを説明。
 
 ・私的成功とは、依存状態から自立すること。第1,第2,第3の習慣が含まれる。  
  自ら効果をつくりだす。

 ・公的成功とは、自立した人間が相互に依存することであり、第4,第5,第6の習慣が含まれる。
 
 ・より高い効果をつくりだせるように自分を改善する。

 ・私的成功により充実した気持ちに満たされる。

 ・公的成功により人間関係が改善される。再新再生により真の自立、相互依存の土台をつくることができる。


■第二部・私的成功

第一の習慣 「主体性を発揮する」
     自分がコントロールできる、影響を及ぼすことができる事柄に集中する。

第二の習慣 「目的を持って始める」
  人生の最後のイメージ、光景、パラダイムを持って今日を始めることである。

第三の習慣 「重要事項を優先する」
    価値観に調和した生活を送るために、効果的な自己管理を行う。

第四の習慣 「Win-Winを考える」
   双方が満足できる解決策をみつける。

第五の習慣 「理解してから理解される」
  まず相手を理解するように努め、その後で、自分を理解してもらうようにする。

第六の習慣 「相乗効果を発揮する」
  自分と他人との意見に相違が生じた時に、自分の意見を通すのでなく、他人の意見に折れるのでもなく、第三案を探し出す。

第七の習慣 「刃を研ぐ」
    人の持つ4つの資源(肉体、精神、知性、社会・情緒)を維持、再新再生するという習慣のこと。

言葉の力

2005-10-17 13:24:59 | 人生
発せられた言葉には、不思議な力があると昔から言い伝えられている。
これを、言葉自体に、ある意志が潜んでいるという意味で「言霊(ことだま)」という。
人間の発する言葉には、むろん伝えたい感情や、成し遂げたい意志が込められている。
これが口から出て宇宙へ広がったとき、宇宙はこれに反応して、その言葉の持つ意味を実現しようとする。

古来、神秘的な祈祷や呪文などに、不思議な効力があるとされてきた。
現在でも、神事で行う祓詞や、朗々と唱えられる仏僧の読経もそうであるし、朗々と唱えられるコーランもそうである。
言葉を発したとき、それが実現の方向へ向かうのは、霊力の作用によるといわれている。

宇宙にはエネルギーがあり、発した言葉が宇宙のエネルギーと同化したとき、大きな実現の力となる。
したがって、自分の宣言を宇宙に届かせるには、真剣に発生しなければならない。
必ず、大きな声で祈り、訴え、宣言すること。これにより、宇宙のエネルギーとの共鳴が呼び起こされる。

人間が使っている言葉ほど、実在意識の態度を決定する上に、直接感化力を持つものはない。その一語一語、その言葉の全てが、人生に直接影響する暗示となる。

言葉を不用意に使っていると、重大な結果を招くことがある。
言葉を発っしたあと、音響はなくなってもその波動は残っている。それを考えれば、人の喜びを損なうような言葉は、冗談にも言うべきではない。
大抵の人は、自分の言葉で自分を傷つけ、さらに人を傷つけている。 

積極的な言葉は、人を励まし、自分を励ますが、消極的な言葉は、自分も傷つき他人も傷つける。
「よし、やろう」
「よしっ、引き受けた」
「よしっ、必ず旨くゆく。これから楽しみだ」
から元気も、元気のうちである。本気でそう言えば、から元気もほんものの元気になる。

よしっ、旨くゆくぞ、と宣言すれば、自分自身も元気が出るし、周りもその気になる。その結果として本当に旨くゆく。
言葉には、創造の力というものが、厳然として存在している。結論が積極的断定で終わるように、常に気を付けて言葉を発するようにしなければならない。

人を傷つける言葉、勇気をなくすような言葉、人を失望させるような言葉、憎しみ、妬みの言葉を言っている人間は、悪魔の加勢をしているようなものだ。
自分の運命を破壊している事を平気で喋っている。
だから、
「聞いていて嬉しくなるような言葉を、お互い勇気が湧いてくるような言葉を、お互い喋るようにしようじゃないか」

意識革命

2005-10-16 01:23:06 | 人生
潜在意識が支配する行動には、強力な効果がある。
この潜在意識に、効果的に自己暗示を働きかけ、反復的に暗示を強力に繰り返すことで、潜在意識は自分にとって望ましい働きを実行することができるようになる。
命令暗示法と言うのがある。自分の顔を鏡に映して、自己の欲する精神状態を、命令言語を用いて例えば「おれは、○○になる」と真剣に発生することだ。
これを繰り返すことで、○○になる信念は確実に潜在意識の中へ蓄積されていく。
古代から、鏡というものには特別な神秘的な力があると信じられてきた。

さらには、自分の希望することを、あらゆる時に、あらゆる場所で「実現する、実現する」
と繰り返すことである。
自分の声を、自分で聞けば、その効果は二倍にも三倍にも場合によっては二乗にもなる。
毎晩自己暗示をかけているうちに、これが信念かと分かってくる。
これを鏡に向かって実行すれば、その効果が飛躍的に大きくなるのは当然である。

効果を焦るな。時至らば、必ず現実化するという安心感を持つことが大切なのである。
そうなりたい、そうなろうと思った時には、もうそうなったのと同じような境遇で生きているのと同様なのである。少なくとも、それに近いところまで来ていると思うことである。

潜在意識のなかに、消極的な観念や、要らないものが存在している場合が多い。
余計なものは持たない方がいい。人生、荷物は軽い方がいい。あれもこれもと理屈を先行させていると、荷物はどんどん膨れあがってくる。

欲望に迷い、自我の尊さを失い、心が汚れている時には、心の中に要らないものがたくさん詰まっているのである。心の使い方が分からないと、持たなくてもいい荷物を頼まれもしないのに、一生懸命持って歩いているのと同じだ。

世の中には、有った方がいいものと、有っても無くてもいいもの、無い方がいいものの三種類のものがある。
問題になるのが、有っても無くてもどうでもよいものである。
この部類に属するものが実に多い。そうして、こういう余計なもののなかには、必ず心の汚染要素が介入している。
これまでの習慣や惰性で、どうでもいいものに付き合っていると、知らず知らずの間に、心に汚れが付着してくる。

どうでもいいものとは、付き合わない方がいい。言わなくてもいいことは、言わない方がいい。聞かなくてもいいことは、聞かない方がいい。見なくてもいいことは、見ない方がいいのである。

そして、怒ることなかれ。恐れることなかれ。悲しむなかれ。この三つの消極的感情の発作ほど、価値のないものはないのである。
心を汚染させ、積極的な心を萎えさせる、最も大きな影響力を持つのが怒りである。この次が恐れであり、悲しみである。
人間は、怒るとアドレナリンが分泌され、血圧は上昇し脈拍は激しくなる。これによって血液は酸性化し、肝臓を始めすべての内臓の機能が大きく低下する。大きな心の痛手が、心臓や胃腸の障害を引き起こす。
一時の怒りのために、あたら人生を狂わせてしまった例は、古今東西無数にある。

怒りと完全に縁を切るのは難しいが、半分にすることはできる。
それは、自分よりも下等なものを相手にしないということである。もともと、自分よりもうんとレベルの低い相手には、始めから怒りの対象にはならない。相手をそこそこの存在と認めるから、腹を立てるのである。
知性、品性、人格において、お粗末な人は、下等で低レベルの人間である。そういう人を相手にして腹を立てる事は、自分にとって完全に不毛なことである。

怒りのもう一つの原因は、それは全て自分自身の我が儘と、思い上がりに起因している。思い上がると、それはたいてい満たされることはない。満たされないと、我が儘が大きくなって腹を立てることになる。
腹を立てないためには、思い上がりと我が儘をすてることだ。

どんなことでも、謙虚に受け止め、感謝の気持ちを先にたてていけば、腹を立てて怒ることは無くなる。腹が立ったら、自分の顔を鏡に映して、鏡の自分自身の顔に向かって、こんな事で腹を立てている自分の姿を笑い飛ばすことである。


仕事を楽しむ

2005-10-13 12:38:51 | 人生
誰でも苦しみたくはない。出来るだけ楽しく人生を過ごしたいと思っている。
しかし、現実には楽しみが少なくて、苦しみばかりが多いような気がする。

いかなる場合にも、心に喜びを感じて生きるにはどうしたら良いのか。
そこで、まず自分の心に問いかけねばならない。
「自己にとっての、喜びとは何か」
「一体自分は、何をしたいのか」
「何がどうなったら、楽しいのか」
「何がどうあって欲しいと望んでいるのか」

本能の欲求に、振り回されないことだ。本能に直結した喜びは一時的なものであり、決して高次元のものではない。
人間は、叡智と、崇高な自覚と、豊かな情緒を持っている。
本能の欲求を、正統な方向へ向けてやる、それが人間の価値を決定する。
人がある目的を達成しようとすれば、そこには必ず何かの苦しみが生じる。
高い山を越えるには苦労があるが、それを超えたときには、それにふさわしい大きな喜びが与えられる。

仕事の上でも、また人生においても、喜びを得たいと思ったら、より難しい課題に挑戦するのがいい。それを克服したときの歓喜は何にも代えられない。
仮に目的が思い通りに達成されなくても、必ず自分自身の力となって実力として蓄積されている。

進んで持てば、重い荷物も軽いが、嫌々持てば半紙も重い。
仕事に楽しみを見つけると、人生の強い武器になる。
好きで仕事をしていると、他人にはまねのできない部分が生じ、仕事に愛情と誇りが生まれ、ますます仕事に楽しみを見いだすことが出来る。
そして、難しい仕事ほど、喜びも大きく楽しみが増える。

その気になりさえすれば、自分の喜びを十倍にも二十倍にもすることが出来る。そのためには、人の喜びをこちらへ貰ってしまうことだ。
自分が人を楽しませる。
そうすれば、相手は喜んでくれる。相手が喜んでいるのを見れば、それが自分の喜びになる。このときの自分の喜びは、確実に倍になっている。十人を喜ばせれば、自分に返ってくる喜びは十倍になっている。
忍耐・忍苦よりは、自己の命に、喜びをできるだけ味あわせて、人生を生きる。そのためには、人に幸福を感じさせる事が本当の喜びである。

仕事も、それに追いかけられているのでは苦痛だから、自分がそれを好きでやっていることにしてしまえば、楽しみに振り替えることが出来る。
もっと気楽に、自然体で、自分がそうしたいときにそうする。この気持ちを堅持していれば、いちいち自分がそうと意識していないところでも、ひとりでに人を喜ばせていることになる。

何事にもゆとりがあってこそ、楽しみを味わうことが出来る。そのゆとりの裏付けとなるのが、自分の実力である。豊かな実力があれば、その楽しみは人の何倍にもなる。

人々は、力の使い方を考えないから、かなりの力を無駄遣いしている。
仕事の極意は、力を入れることに重点を置かないで、力を働かせることに重点を置くことだ。いたずらに力を入れてはならない。
そうすることで、ゆとりが生まれ、楽しみを味わうことが出来る。
どんな仕事でも、始めはつらいものだ。そこを一歩でも二歩でも切り開いて行くことから楽しみが広がってゆく。

明日という日

2005-10-07 00:25:58 | 人生
「褻(け)と晴れ」について考えてみる。
「褻(け)」という漢字は、辞書を引かないと分からないほど難しく、日常的に使用する言葉ではない。
しかし、言葉の意味としては、日常的なこと、普段、改まった場合ではない、平生のことで、毎日の平凡な繰り返しの日々のことである。
それに対して「晴れ」とは、表立って、華やかなこと、正式・公式なこと、非日常的な、晴れがましい事を指している。 

褻(け)としての日常は、いわば同じ事の繰り返しに耐えることでもある。
一般的には、毎日同じ時間に起き、同じ時間に家を出て、同じ電車に乗って同じ風景を眺めながら同じ職場に出かける。
口やかましい気分屋の上司の下で、首をすくめながらも与えられた同じ仕事に励む。
一日働いて、ようやく解放される時間が来ると、ほぼ同じ時間の電車に揺られて帰宅する。
現実にはそんなに単純ではなく、変則的な時間で働いている人も多く、毎日働く場所が異なるような人もいるだろう。営業で毎日異なった得意先を回り、深夜まで見積もりに負われ、また得意先の接待で深夜までお付き合いする事も多いだろう。
しかし、どのような変則の仕事のようでも、それなりのパターンがあり、結局同じような
事の繰り返しには違いない。

こんな営々と繰り返す日常の中で、人々は明日という日に、「自己の晴れ舞台」をイメージしている。何かの希望を持ち、何かの「晴れ舞台」を期待して、今日という日を精一杯生きるのである。ささやかながらも、日々の努力を積み重ねるのである。
明日への「晴れ」としての、希望と期待があるからこそ、営々と繰り返す単調な日常に耐え、それなりに努力もするのである。 

明日という日に、どのような「晴れ舞台」を期待するかは、人それぞれの夢によって異なる。
大切なのは、できるだけ「大きな舞台装置」の夢を描くことである。
そして、その夢や目標に対して情熱を燃やし続けることである。そのために、必ず夢を達成してみせるという強い信念を培うために、成功のイメージングを繰り返すことである。

人の一生は、その人の「大きな晴れ舞台」への構想力や想像力に応じて、華やかな舞台になったり、地味な舞台になったり、時には悲劇の主人公を演じることにもなるのである。
つまり、成功のイメージングを繰り返すことで、思い通りの「晴れ舞台の主役」になれるのである。

成功のイメージングを繰り返すことで、自己暗示を繰り返すことで、潜在意識を変えることが可能となる。
潜在意識は、自己の最も強力な成功への道案内者である。
自己の潜在意識を利用するノウハウを身につけるならば、一生の間、健康、心の平和、自己実現、よい仲間、よい家、何かをやりたい時にそれをやれるだけのお金、その他どんなものにも不足する事は、決してないのである。
 
人間の幸福へ至る道には、何の障害物もないのである。
もし、在るとすれば、それはこれまでの未熟な自己の考えと、否定的想像のなかだけである。
例え困難や挫折に出会っても、人生を深めてくれる好機と考える。最初の挑戦が失敗しても、前進を続けよう。二回、三回、四回、五回、いや六回、そして七回と挑戦を繰り返す。そうすると、どのような障害物であっても、必ず障害物の城壁が崩れ落ちる。
心の中で諦めない限り、人間の幸福へ至る道には、何の障害物もないのである。 

心の有りようが大切であり、潜在意識に成功とか夢とか、富とか名声とか、願望を送り込むことが重要である。
成功のイメージングを繰り返し、自己暗示をかけ続けて、やがて大きな信念へと高まる。潜在意識と成功願望が結びついた時、その可能性は強大なものになる。

積極的な心構えは、より潜在意識に作用する。単なる願望よりも、一段上の強い心構えである信念を、潜在意識に植え付けることが出来るようになれば、潜在意識は計り知れないほど偉大になる。
一種の自己暗示である想念を繰り返すことで、偉大なる潜在意識がやがて「晴れ舞台」を演出してくれるのである。

必要なものは、決断力、勇気、正義感、責任感、そして最も大切なのは「他人への思いやり」を忘れないことである。
他人への「優しさ」や「愛」がなければ、どのような舞台装置を構想しても、所詮砂上の楼閣に過ぎなくなる。
自己の人生の「晴れ舞台」を思い通りに演出するためには、多くの協力者が必要だからである。

人生は思い通り

2005-10-06 11:02:18 | 人生
「人生とは、思い通りには、ならないもんだ」という詠嘆をよく聞く。
しかし、よく考えてみると、実は
「人生は、思い通りにしか、ならないもんだ」という事である。言い換えると、
「人生は、思い通りに生きられる」という事である。

つまり、人生というのは、自分の思い描いた範囲を大きく飛び越える事はない、という現実である。自己の人生を振り返り、何を手に入れてきたか、何が手に入らなかったか、考えてみるといい。
真剣に欲しいと願った物は、強くイメージングして願い続けてきた事柄は、願いが成就しているはずだ。 
すでに願いが成就したもの、例えば愛する恋人や妻であったり、憧れだった車であったり、マイホームであったりするが、それらを真剣にイメージングして願い、何かを犠牲にしたから実現しているはずである。 

マイホームを持ちたいと思って来たが、未だに家を持っていない人は、家を持つよりも、もっと違うものに価値を認めて、それらを追い求めた結果であると言える。
お金が欲しいと思い続けた人生なのに、結局お金に縁がなかったという人もいるだろう。
そう言う人は、お金を貯めるという事を、それほど真剣に願うことをしなかったと言える。

お金は、誰でも欲しいのは当たり前である。
しかし、お金を貯めるには、それなりに覚悟がいるのである。
中途半端な考えでは、大金を貯めるのは難しい。大金を貯めて、何を実現させたいか、お金を貯めるために、何を諦めるか、明確なコンセプトが無いと必ず挫折するのである。

真剣にお金を貯めるために、友人知人との交際を断り、食べたいものを諦め、携帯電話も持たず、パソコンも持たない。無論、ファッションとも縁を絶ち、夏はクーラーを付けずに扇風機に頼り、冬はファンヒーターを付けず電気コタツのみで過ごす。新聞も取らず、NHK受信料も払わず、もっぱらラジオを聞く。あらゆることを節約し、無駄な支払いは一切しない。必要最低限の住空間を確保して、必要最低限の食事をし、無駄なエネルギーを節約し、ひたすら自己の夢の実現を見続ける。
このような努力があれば、どんな収入の人でも、年月さえ経れば必ず大金が残るであろう。

毎日を、「楽しく思いのままの生活」していれば、お金は貯まらない。言い換えると、お金の使い方の問題であるとも言える。貯金は出来ないかも知れないが、まさに「思い通りの人生」を生きているのである。

毎日の時間の過ごし方でも同じである。仕事から解放されて、自由に過ごせる時間は同じである。その持ち時間を、自己の夢の実現のために、さらに情報を収集分析し対策を立てねばならない。夢の実現のために、目先の楽しみを捨ててどう努力しているか。 

何に価値を認め、その価値あるものを、どれだけ真剣に希求するかによって、その願いが実現したり、実現しなかったりするのである。
極論を言えば、何かを手に入れるためには、何かを犠牲にしなければ手に入らないのである。

重要なのは、どの夢を実現させ、何を諦めるかかという覚悟である。
何を犠牲にしても、ある夢を実現させるという覚悟は、偉大な決断であり、覚悟した人間は、不安をもつことはなくなる。
覚悟することによって、何事にも耐えることができるようになり、何事も決行することができる。

熱烈に描いた夢、燃えるようなイメージは、それを実現させる不思議な力がある。
成功に導く神秘的な力を持つイメージングは、一種の精神操作であり、強い信念に支えられると、より効果が現れる。
夢を成功させるためには、才能や努力よりも、このイメージングの力の方が遙かに重要な要素である。
希望的イメージングは、やがて実現する。

楽観主義者は、将来に対し明るい側面だけをイメージングし続けているのである。
強い想念が、奇跡を起こす。
飛躍するようだが、宇宙には、我々の願いを実現してくれるメカニズムが存在しているのである。

笑いの考察

2005-09-22 12:14:24 | 人生
また落語ブームであり、お笑いブームである。
昔から「笑う門には、福きたる」と言われてきたが、笑いは人間の健康にプラス効果をもたらし、長生きの秘訣でもあるという。
笑うことで、脳内モルヒネが分泌され、快い気持ちになると同時に、生理的にも血液をアルカリ性に戻す効果もあるらしい。笑うことで、アレルギーの治療をする治験もある。
「笑い学会」という真面目な研究集団もあり、笑いについて、あらゆる角度から研究論文が書かれているようだ。

さて、笑いについて改めて考察してみたい。笑いにもさまざまな笑いがあり、複雑な笑いもある。
人はどんな時に笑うのだろうか。
思いつくままに辞書を参照しながら列挙してみる。

【微笑】びしょう ―せう
ほほえむこと。ほほえみ。「思わず―を浮かべる」
・幼児の無邪気な笑い顔にであうと、可愛くて思わず、にっこり微笑む。
・幼い頃の自分の写真を見ると、懐かしく自身の無邪気な顔に、思わずにっこり微笑む。
・他人の笑顔を見たとき、つり込まれて思わず、にっこり微笑む。
・他人から褒められて、照れたときに、思わずにっこり微笑む。 

【にこにこ】
声をたてず表情だけでうれしそうに笑うさま。にっこり。
「いつも―(と)笑っている」「―しながら、あいさつする」
・愛している人、親しい人に出会ったときに、嬉しくてにこにこ笑う。
・懐かしい顔に出会ったときに、楽しくてにこにこ笑う。
・好きなことをしていて楽しいとき、嬉しくてにこにこ笑う。
・何かを達成できて、喜びに満ちたときに、にこにこ笑う。
・何かに満足できたときに、目を細めて笑う。
・思いがけない幸せに、嬉しくてにこにこ笑う。 
・思いがけず儲かって、目を細めてにんまり笑う。
・競馬の予想が当って、大金を手にして、嬉しくて笑いが止まらない。

【大笑い】おおわらい おほわらひ
(1)大きな声を出して笑うこと。「人前で―するものではない」 
(2)大笑いするようなばかげたこと。物笑いの種。「こいつは―だ」
・他人が、滑稽な間違いで失敗したときに、可笑しくて大笑いする。

【高笑い】たかわらい ―わらひ
大声で笑うこと。また、その笑い声。哄笑。
・他人の滑稽な失敗談を聞いて、可笑しくて高笑いする。
・偶然の滑稽な出来事に遭遇し、可笑しくて高笑いする。

【哄笑】こうしょう ―せう
大声でどっと笑うこと。大笑い。「一同思わず―した」
・絶妙なタイミングの冗談に、一同思わず哄笑した。 

【爆笑】ばくしょう ―せう
大勢の人が一度にどっと笑うこと。「満場の人が―する」
・意識した滑稽なしぐさや、おどけたしぐさに、面白くて満場の人が爆笑する。
・演出された滑稽なしぐさやおどけたしぐさに、一同爆笑する。
・演出された喜劇に、満場の人が爆笑する。
・落語を聞いて、そのしぐさや表情に、げらげら爆笑する。

【くすくす】
(1)しのび笑いをするさま。くつくつ。「後ろの方で―(と)笑う」
(2)こっそりと何かをするさま。また、こそこそした性格をいう語。
「根生が―して居るのだもの憎くらしからうでは無いか/たけくらべ(一葉)」
・他人が、とんでもない言い間違いをしたときに、おかしくて、くすくす笑う。
・他人が、とんでもない勘違いをしているのに気がついて、おかしくて、くすくす笑う。
・他人の単純な失敗を見て、くすくす笑う。

【談笑】だんしょう ―せう
笑ったりしてうちとけて話しあうこと。「なごやかに―する」
・仲間が集まり、和やかにわいわい談笑する。

【苦笑】くしょう ―せう
〔「苦笑(にがわらい)」を音読してできた語〕心中の不快や動揺などをまぎらす笑い。
「―をもらす」「痛い所をつかれて―する」 
・他人が見ている中で、自分が失敗したときに、えへへと苦笑(にがわらい)して、急場を凌ぐ。 
・自分が、とんでもない勘違いをしていて、その勘違いに気がついたときに、えへへと苦笑(にがわらい)して、その場を逃げる。

【冷笑】れいしょう ―せう
あざ笑うこと。さげすんで笑うこと。「―することを禁じなかつた医者は/土(節)」
・他人の繰り返す、単純な失敗を見て、冷笑する。

【一笑】いっしょう ―せう
(1)ちょっと笑うこと。ひと笑い。「破顔―」「嫣然として―する/婦系図(鏡花)」
(2)笑いの種にすること。
――に付・す 笑って問題にしない。 「提案は―・された」
――を買・う 他人の笑いものとなる。
・大勢が緊張している時に、屁(おなら)一発で、破顔一笑する。

【忍び笑い】しのび-わらい ―わらひ
人にわからないように、声をひそめて笑うこと。「あちこちから―が起こる」
・真面目な顔をしている人の、以前の滑稽な失敗を思い出し、ひとり忍び笑いをする。

【嗤笑】ししょう ―せう
あざけりわらうこと。嘲笑(ちようしよう)。「牢獄の役員にも―せられて/妾の半生涯(英子)

【笑顔】えがお ゑがほ 1
にこにこと笑った顔。えみを含んだ顔。「―で挨拶する」
笑顔にもいろいろな笑顔がある。笑いの表現にもいろいろ状況に合わせた笑いの形がある。
・無邪気なしぐさや、無邪気な笑顔に、思わず笑顔になる。
・感謝をこめて、有り難うの笑顔。
・懐かしい人へ、お久しぶりの笑顔。
・いらっしゃいませの歓迎の笑顔。
・明るく元気な、お早うの笑顔。
・楽しいとき、嬉しいときの、にこにこ笑顔。
・上司の自慢話に、愛想笑い。
・叱られても、追従のへらへら笑い。
・私を忘れないでねの、媚びた笑い。

【御笑い】おわらい ―わらひ
(1)観客の笑いをさそうことを主とした内容の出しもの。特に、落語。「―を一席」
(2)人に笑われるような、ばかばかしい失敗・事件。 「こいつはとんだ―だ」

笑いを、辞書をベースに考察してみた。
自己満足した、幸せの笑いがあり、愛情に満ちた、快い笑い、楽しい笑いがある。
演出された、プロの御笑いに、腹を抱えて笑う。
そして、他人の言動で滑稽で可笑しい、面白い事にたいしての大笑いがある。
他人の失敗を笑う、さげすみの笑い、追従やへつらいの笑いなど複雑な人間模様もある。
そして、笑うことができるのは人間だけである。


人を動かす心

2005-09-08 10:39:44 | 人生
誰でも長い人生で、幾つかの感動する言葉とであうだろう。
十年くらい前に、リーガロイヤルホテルで取引先の創業四十周年記念パーティが開催された。それに出席した時、式典の後に記念講演があった。
その講師の名は失念したが、当時日本ボーイスカウト連盟の指導者の養成指導者のような肩書きで講演された。
詳しい経歴も失念した。演題も失念したが「心」に関する題目であった。とにかく名も知られていない上に、あまりビジネスに関係有りそうには思えず、退屈な時間になるだろうと覚悟した。

ところが、七十代とおぼしき講師は簡単な挨拶をしてから、妙なことを言い出した。
「皆さん全員立ってください。お互い知らない人達ばかりだと思いますが、ここに集まったのも何かのご縁ですね。お互い親しくなるために、お互い肩たたきをしましょう。まず右を向いて、右側の人の肩を叩いてあげてください。」

出席者は殆どが、企業の代表者か若しくはそれに近い取締役や部長達であった。みな五十代を超えた人達ばかりであった。みな講師の話を聞くものと思っていたのに、意外な展開に戸惑ったが、それでも渋々ながらも立ち上がる人がいて、やがて自然に全員がたちあがった。

「さぁ、お互い会社の経営でご苦労様です。隣の人の肩を叩いてあげて下さい。トントントン。トントントン」
講師のかけ声につられて、仕方なく右を向いて、隣の人の肩を叩いた。左側の人が私の肩を気持ちよく叩いてくれた。あちこちで笑い声が起き、
「おっ気持ちいい。もっと叩いてくれ」そんな冗談も飛び出してきて、会場の雰囲気が一気に和む。
「ハーイ、それでは反対を向いてください。トントントン。トントントン」

出席者にとっては、ライバル企業もいる呉越同舟という会場で、雰囲気を和やかにし、講師の話を素直に聞く態勢を整えた力量に感心させられた。

人の心についての本題に話しがはいり、野口雨情の話しとなった。
やがて、講師によって会場は童謡の大合唱へと導かれた。
だれでも歌ったことのある「シャボン玉飛んだ」を歌いましょう。
そう言うと、講師が歌い出した。
「さあ、ご一緒に!」

シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで こはれて消えた

シャボン玉消えた 飛ばずに消えた
生まれてすぐに こはれて消えた
風々吹くな シャボン玉飛ばそ

肩たたきで会場が和んでいるから、少しずつ声が出始め、やがて大合唱となった。

講師の話によると、
「野口雨情は明治41年3月に先妻(高塩ひろ)との間に長女をもうけたが、しかし長女はわずか7日で亡くなってしまいました。彼の詞は、この悲しい事実がきっかけとなって、四国を旅している時に作詞したと言われています。「シャボン玉」は、雨情の一連の作品群を流れる「失われゆくもの」「失われてしまったもの」に対する情感が、この作品に色濃く反映されているのです」
そんな説明を聞かされ、さらにもういちど同じ歌を大合唱した。
なんでもない童謡と思っていたが、雨情の親としての哀しい心が込められていると思いながら歌うと、切ない感情が高まってきた。

みな人を使う立場の人や経営者たちばかりを前にして、実に巧妙に人の心について諭してくれた。人の心を掴めなくては、人を動かすことはできない。
企業経営者は、いつしか最も大切な「人の心」を忘れ、効率だけを追い求めて、部下を叱責することを仕事と勘違いしていることに気付かせてくれた。

最後に感動する言葉をもらった。一生忘れずに、人に伝えていきたい言葉である。

心が変われば、思いが変わる。
思いが変われば、行動が変わる。
行動が変われば、人格が変わる
人格がかわれば、人生が変わる
人生が変われば、思いが叶う

MissionStatemet

2005-09-07 10:37:10 | 人生
人間には、それぞれの時と場所と時代に対応して、何らかの使命をも持っている。
その使命を発見し、その使命を果たさねばならない。
時とともに、時代とともに、そして持てる能力とともに、果たすべきミッションが変わっていく。
 
ミッションというものは、作るものではなく、与えられていたことを発見するものである。
ミッションは、心の中にすでに存在しており、実現されるのを待っているのだ。
誰もが、自分だけの天職や、自分だけのミッションを持っている。
ミッションを成し遂げるために、しなければならない事は、本人自身が実行しなければならないという事だ。

誰もが独自の仕事・任務・影響力を持っている。
それを教えてくれるのは自分自身の良心だけである。
思考と「良心」を結びつけることによってのみ、「心の内なる炎」を燃やすことが出来る。心の中に目を向け、自分自身を見つめなければならない。
自分の魂に目を向け、魂の声を聴かなければならない。魂は自分を通して夢を実現しようとしている。
己の魂の声であるミッションを自覚し、それをミッション・ステートメントとして表現し、その実現に努力しなければならない。

人間は、「公的生活」「私的生活」「内面的生活」という三つの生活圏のなかに生きている。最も重要な生活は内面的な生活である。
内面的生活とは、自らの「自覚・良心・自由意志・想像力」と結びついた生活のことである。内面的生活では、「自覚」の能力を使って、自分のニーズや才能を探り、それを自分の生活の中に取り込むことができる。
自己のパラダイムを検証し、人生の根っこと果実を見極め、自分の動機を探ることが出来る。自覚の最も強力な使い方の一つは、「良心」を知り、それがどのように自分の中で働いているのかを知ることである。
「心の声」に耳を傾けたときだけ、自分にしかできない事が分かる。
自分の子供に対して、父親になれるのは自分だけである。

ミッション・ステートメントを書くときは、明らかな目的意識を持ち、人生観から深いエネルギーを引き出さなければならない。
真北の原則に基づいて強力なビジョンを描かなければならない。
自分にしかできない目標を達成することで満足感を得なければならない。

ビジョンは、人間の行為に関する想像力と動機が最も上手く具現化したものである。
ビジョンは、将来を見通す能力、今まで存在しなかったものを作ったり発明したりする能力、理想の自分になる能力のことである。
ビジョンは、記憶からではなく、想像力から生きる力を与えてくれる。
ビジョンは、「行動の選択」と「時間の使い方」に最も大きな影響を及ぼす要因である。 

各役割のためのビジョンが浮かんできたら、それが原則に基づいているかどうか、自分の最も深い使命感に結びついているか、どうか確かめねばならない。
そのビジョンを言葉に置き換え、推敲に推敲を重ね、いつでも思い出せるようにしっかりと記憶しなければならない。
強力なミッション・ステートメントを作り、それを自分のものにするには、時間と情熱を費やさねばならない。