随縁記

つれづれなるままに、ものの歴史や、社会に対して思いつくことどもを記す

円高の謎

2012-07-31 22:46:45 | 経済
 お札の話の余談として、円高の謎に迫ってみた。

 
 円が急に90円になったとき、まるでシロウトながら「これはドル買いだ」と早合点し、僅かながらもドルを買ってしまった。
 すぐに97円くらいに戻した。
少し欲をだして、せめて100円台に戻ったら売るつもりでいたら、また円高に戻り、予想以外の円高が続いている。
 以来、ずっと塩漬けである。悔しいから、円高の理由について、気になっていたことについて今回いろいろ調べてみた。
 結論的には、容易に円安には戻らないであろうと、涙している。

 

 
 現在でも多くの国の貿易では、ドル建てで行われている。
 為替相場は、本来、国際決済通貨であるドルを、自国通貨に交換するために利用する。
 為替相場のレートは、原則論で言えば、為替交換の実需できまる。
 国際間の決済通貨が必要な時には、ドルを買う。
 自国通貨に交換するには、ドルを売る。
 この実需バランスが、為替相場の原則ながら、一方で変動する国際金融事情によって各国の通貨価値が変動している。

 為替相場は、その国の金融事情と財政状況に左右される。
 特にその「金融安定度」と「金利」、「通貨発行高」と「外貨保有高」に左右される。

 まず、「金利」でみると、日本の金利は相変わらず世界最低である。
  しかし日本はデフレ傾向のため、金利がゼロでも、実質プラス金利であり、新興国はインフレ率が金利を上回っているから、実質マイナス金利と判断されている。

 「通貨発行高」では、アメリカが、貿易収支で赤字がつづき、また金融緩和策でドルをたくさん刷ったから、相対的にドルの価値が下がった。
 貿易収支で膨大な黒字を記録している中国は、通貨高になるはずながら、弱いドルと連動している。 これは、中国の「通貨供給量」が異常に多いからである。1999年を100とすると、2009年では450近くになっている。
 通貨供給量が増加するのは、経済成長率が高いことを意味し、インフレ傾向にある。
 10年で4.5倍も通貨供給量が増えているから、人民元は高くならない。 
 その他の国でも、10年で200くらい通貨供給量が増加している。
 ところが、日本だけは10年で120程度と通貨供給が押さえられている。
 日本の潜在的成長率を2%とすれば、毎年4~5%通貨供給量を増やす必要があるが、金融当局では通貨供給量を抑えている。
 こうした金融事情にもとづく為替市場で、その時々の通貨の価値が決められている。

 


 つまり、円高という場合、ドルやユーロと比較して「相対的な評価」が高くなっているということを意味する。また、インフレ率が高ければ、通貨の価値が下がり、インフレ率が低ければ、上がると考えることができる。
 そして、長期的にはそれが為替レートに反映される。日本は長期にわたってデフレ傾向にある。

 要は、為替レートは、二つの通貨の片方が高くなれば、片方が安くなる総体取引の仕組みである。つまり「円高」の裏側には、安くなっている通貨が存在する。

 一方で、為替相場は、実需ではなく「金融の力学」に従って動いている。
 つまりは「通貨自体」が金融商品として扱われているのである。
 実需以外の投機的な資金は、「相対的な評価」が高い円をターゲットにし、円高を誘導して高くなれば、「利ざや」を稼いで売る。
 その利益で、さらに円を買い増しする。
 万一、期待通りに利ざやが稼げなくとも、円を保有すること自体が、他の通貨を保有するよりも「リスク回避」と考えられているからである。




 では、なぜ円を保有することが「リスク回避」なのか。
 かつて日本の金融機関は、バブル崩壊で財務内容が悪化して、90年代後半には「金融危機」と言われる事態になった。
 このとき、経済混乱を回避するために、政府は、金融機関の劣後債・優先株買い取りなどで金融機関に「公的資金を強制注入」した。
 さらに、省庁再編の際に、旧大蔵省から銀行部門を切り離して「金融庁を設立」し、厳しく監視・監督する政策を実施して、金融機関の自己資本比率は大きく改善し、財務体質を強化してきた。こうした経緯で、現在は「日本の銀行」は世界の銀行の中で、最も安定していると見られている。
 
 

近年は、「リスク回避の円買い」傾向となっており、リスク回避的になる時には、全世界の株が下落し、円高となる傾向が強い。
 つまり、株式投機に向けられるべき資金が、円買いに流れてくるからである。
 国としての債務不履行の可能性はないと判断されているから、世界の経済が非常に悪化した場合でも、資産を日本円で保有しておくのが、最も安全であると判断されているからである。
 このため、世界の投資家・投機家の判断が円買い招いている。

 ところが一方で、「日本の国家財政」は、国債の発行残高は12年度末で708兆9千億円となる見込みである。
 また借入金や政府短期証券などを加えた「国の借金」は、昨年9月末で954.4兆円にのぼっていたが、12年度は国債だけで52.4兆円増える見込みのため、12年度末には1千兆円を超えるのが確実となっている。

 来年度予算案では、一般会計90.3兆円とみなされているが、税収見込みは、42兆3460億円を見込んでいる。
 単純な計算では、年間税収額の23年分の借金を背負っていることになる。まさに国家財政の観点からは、財務危機といえる状況であろう。
 欧州の財務危機が叫ばれているイタリアやフランスよりも、債務残高のGDP比率は日本の方が高い。
 債務残高のGDP比率  日本 197.2  イタリア 127  
 フランス92.5  アメリカ 92.4 などとなっている。




それでも、なぜ円高が続くのか。
 つまり日本の国債(債務残高)のほとんどは「日本の金融機関や個人が保有」しているため、売りが殺到する可能性がきわめて低い。
 ちなみにアメリカの財務省証券(国債)の大半は、外国が所有している。その筆頭が中国22%、日本21%などとなっている。

 また、いま国会で審議されているが、消費税の引き上げ余地が高い。
 ドイツ 19%、フランス19.6%、イタリア21%、イギリス20%、あのギリシャでは23%などとなっている。日本の現在の5%が如何に低いかが分かる。

 さらには外貨準備高が大きい。
 外貨準備高の内訳は、外国債券が1兆1160億ドル、金準備が423億6600万ドル、国際通貨基金(IMF)リザーブポジションが175億5600万ドル、特別引出権(SDR)が203億8000万ドル、その他資産が4億6600万ドルとなっている。
 外貨準備高の総合計は、なんと1兆2千億ドルとなる。約2兆ドルの中国に次いで二番目の外貨準備高である。
 これらのことから、政府が「赤字国債」を大量に発行し続けていても、その高い評価は揺らいでいないのである。



では、この円高を止める方法は何か。
 輸出立国の日本にとって、長期的異常な投機的円高を止める手立ては無いのか。
 
 イギリスのフィナンシャルタイムスも「攻撃的な量的緩和プログラム」を取るべきだと指摘している。
 経済学者の竹中平蔵氏も同意見であり、同じく経済学者の高橋洋一氏は、25兆円の政府紙幣を印刷しろと公言している。 
 いろんな意見があるが、「通貨供給量を増やすべ」きという意見は共通しているようである。
 通貨供給量を増やせば、当然、相対的に円の価値が下がり、必然的に円安になる。
 日銀の「攻撃的な量的緩和プログラム」によって大量の資金が流通すれば、当然好景気となり、失業者も少なくなる。
 とくに東北地方の復興資金として投入すれば、一挙両得であろう。
 さらにはGDPが大幅に伸びて、税収は一気に増加するから、国債依存度も低下する。
 また、一気に通貨供給量を増やせば、インフレになるから、後進国への投資資金に円建てで融資してもよいだろう。
 なぜ、日本の金融当局が、通貨供給量を増やす政策をとらないのか。
 これは次の研究テーマとしたい。





 

金に糸目は付けぬ

2012-07-02 11:47:18 | 経済

 古風な表現だが「金に糸目は付けない」という表現がある。
 その価値を見いだしたものには、大金をつぎ込むという意味に使われる。
 実は、「糸目」とは貨幣単位のひとつであった。
 戦国期から江戸初期に流通した金貨の一種に「甲州金」があった。

 かつて甲斐(山梨県)には、黒川金山(きんざん)や湯之奥金山などで豊富な埋蔵量があった。
 武田信玄の時代には、南蛮渡来の掘削技術や精錬手法を取り入れ、莫大な量の金を産出した。これらの採鉱された金(きん)で、戦国時代最強の武田騎馬軍団をつくり、領土を拡げたのである。この有力な財源として、金貨を鋳造し流通させた。
 
 甲州金は、当初は砂金や金塊の状態であったらしい。
 次第に板金(いたがね)、碁石金(ごいしきん)、延金(のべがね)などが造られた。いずれも重量をはかって、その交換価値を算出する秤量貨幣(ひようりようかへい)であった。

 その後、武田信玄の時代に、四家に鋳造の特権を与え、鋳造や秤量の技術進歩で、量目(りようめ)(目方、重さ)単位が確立した。
 つまり一定の量目単位と形状に鋳造し、表面に一定の価格を表示した計数貨幣となったのである。

 その量目単位は、「四進法」が用いられた。
 金1両は、金4匁(もんめ)(15グラム)と定められた。
 これを基に1両の4分の1が1分(ぶ)、1分の4分の1が1朱と定められた。
いずれも円形の金貨であった。つまり1朱は1両の16分の1で、0・25匁(=0・94グラム)の金で造られ、その金の量目が正確であった。
その下に「二進法」の方形金貨がある。
 1朱の2分の1が朱中(しゆなか)、朱中の2分の1が糸目(いとめ)、糸目の2分の1が小糸目と、七段階に体系化されていた。
 つまり「糸目」とは、金0.235gのことである。
7月2日の金相場価格は、グラム当たり 4,335円である。
 この価格を強引に「糸目」に引き当てると、1019円に相当する。
 ついでながら、歴史的価値を無視すれば、甲州金1両は、6万5千円程度に換算できる。

 日本の貨幣は、律令時代に銅銭の「和同開珎(わどうかいちん)」が鋳造されたことがあるが、のちに貨幣経済が十一世紀あたりで一時途絶えた。このため十二世紀後半から、宋銭や明銭などが輸入され流通していた。いずれも円形の銅貨であった。

 この甲州金は、江戸時代に入っても、唯一の例外として公認された地方貨幣として、文政年間(1818~1829)まで鋳造や通用が認められ、徳川幕府の貨幣制度でも立派に通用したという。
 武田信玄が定めた貨幣制度の四進法は、徳川家康が踏襲し、江戸幕府の貨幣制度に採用されている。それだけ普及していたといえる。
 戦国武将では、織田信長が領地経営で経済を重視し、楽市楽座などを設け、先進的な領地経営を行っているが、武田信玄のように、通貨を発行するという考え方は持っていなかった。いかに武田信玄が、経済というものに明るかったかがわかる。

金に「糸目は付けない」の糸目の語源は、この甲州金からきており、金額が小さい象徴である。さらに「太鼓判を捺(お)す」の慣用表現も、この甲州金の量目や形態に由来するといわれている。つまり太鼓判は太鼓形の1両を表し、転じて確実な保証の意を表している。



原油価格高騰と投機マネー

2008-05-28 12:49:27 | 経済
原油価格高騰と投機マネー


 再々に渡ってガソリン価格が上昇している。
 ガソリンを入れるたびに、価格が高騰しているという実感がある。こんなに急激にガソリン価格が上昇し続けることは、かつて経験したことがない。
 まさに異常な原油価格の高騰であり、あらゆる産業分野や化学製品などにも影響を与えており、さらには穀物などの農産物の価格上昇まで招いている。
 まさに世界的なインフレの状況を呈しているといえる。

その原因は、投機マネーの仕業である。
 報道によると、原油価格は投機マネーにより、実勢価格の1・5倍以上に膨れあがっているという。
 政府が発表した2007年度のエネルギー白書によると、原油や穀物などの一次産品に投資する「商品インデックスファンド」の投資残高は1800億ドルあり、その内3分の1にあたる約500億ドルが原油取引に流入しているという。この投機資金が、原油価格の高騰の元凶とみなされている。

 そもそも、世界的な余剰資金である「投機資金」は、産油国のオイルマネーが1・5兆円、世界の年金資産が約1・5兆円、新興国マネーが約2兆円といわれている。
 これらの膨大な「投機資金」が、「機関投資家」や「政府系投資ファンド」、「ヘッジファンド」などさまざまなファンドを通じて、世界のさまざまな金融商品や株式市場や土地投機や商品先物市場などに流れ込んでいる。
 そのひとつが、アメリカの低所得者向けの住宅ローンの「サブプライムロー」ンであった。このアメリカを発生源とした「虚構のサブプライムローン」が、証券化され細分化されて、世界中の金融機関や機関投資家、あらゆる投資ファンドに組み込まれた。
 この「虚構のサブプライムローン」が当然破綻を来たし、世界中の金融機関に大損害を与えた。

 アメリカの経済的行き詰まり感から、行き場を失ったこれらの投機資金が、「商品インデックスファンド」に大量に流れ込み、原油取引や穀物取引に流れ込み、この異常な高騰の原因となっている。
 特に原油はあらゆる産業の根幹をなしている。
 大規模な穀物生産や遠洋漁業などにも石油が大量に消費されている。様々な商品や資材も流通段階で石油を必要としている。その価格高騰に波及的な影響は計り知れない。
 また、中国などの新興国の経済成長にともなう石油の消費が急増し、産油国の増産余力も少ないという。
 人類の英知で、この限られた資源の消費を抑える努力と、一方で異常な高騰を抑制する市場制限を課することはできないものか。

マネーゲームの終わりの始まり その3

2006-02-23 09:58:04 | 経済
堀江被告らライブドア旧取締役四人の再逮捕で、53億円の粉飾決算容疑が固まり、ライブドア株式が、いよいよ上場廃止になることが決定的になった。

ライブドアの経営は、まさにゲーム感覚の虚業で、自らを、「株価つり上げ」で膨らませて、粉飾決算で大きく見せながら、自己増殖を続けたといえるだろう。

過去の大企業の粉飾決算とは質的にまったく異なる、多くの投資家や投機家を巻き込んだ、一大マネーゲームを演出したことにある。
過去の旧山一証券、旧長期信用銀行、そして最近のカネボウなどの巨額な粉飾決算事件は、企業の破綻を回避するため、銀行融資を継続させるのが目的であった。

ライブドアのマネーゲームは、端的に要約すれば、自社株券を印刷して、「投資事業組合」を通じ「株式交換」という手法で企業買収をする。
さらに株価をつり上げるために、株式分割を繰り返して一時的に株価をつり上げ、
高値の自社株を「投資事業組合」が海外ファンドなどへ売却し、マネーロンダリングののちライブドア本体へ環流させるという、全く新しいゲーム理論を構築したことにある。

株式分割を繰り返したことで、昨年9月時点での株主数は、なんと22万人にも及んだ。
この株主は、投資家というよりも、投機家であり、いわばホリエモンの演出したマネーゲームの片棒を担いだとも言える。
労せずしてパソコン操作のみで簡単にマネーゲームに参加でき、一時は噂通りに小遣い稼ぎができた。
これで調子に乗り、結果としてライブドアのマネーゲーム、すなわち株価つり上げに参加し続けたことになる。
そして、ライブドア株式で甘い汁を吸った以上、マネーゲームの終焉を迎えて、その株主責任としての最終的な責任を負うことになった。

資本主義社会だから、健全な投資活動は経済社会にとって必要不可欠の行為である。社会的価値を創造する成長企業と、健全な株式市場と健全な投資家が必要なのは言うまでもない。
ただ、短期に株式を売買することだけでに熱中するのは、マネーゲームに過ぎない。マネーゲームで短期間に儲ける時代は、はや終わりの始まりをむかえている。

もう少し長期に、堅実に日本経済の発展を考えることこそが、今こそ求められている。





みずほ証券の大量誤発注

2005-12-10 12:15:46 | 経済
みずほ証券による大規模な誤発注事件は、インターネットによる株式投資の「ディトレーダー」によって、人為的ミスが大混乱を引き起こし、わずか16分という時間に300億円もの損失を引き起こした。

株数と価格を入力ミスして、初値67万2千の株を、わずか1円という、飛んでもない価格で、しかも、発行済み株式数の40倍以上の売り注文数となった。

人は誰でも単純なミスを犯しやすい。ところが、コンピユーターの「異常数値入力」の警告は、入力者によって簡単に無視されている。
これはプログラムの問題だろうが、ちょっとした事でも「警告表示がでる」ようになっているから、「またか」と簡単に無視されたのであろう。

担当者が、ジェイコムの株価が瞬時に、値幅制限の下限である57万2千円の値を付けて、初めてミスに気がつき、あわてて「1円の売り値」注文の取り消しに必死になったが、東証のコンピューターが「1円の売り値」の取り消しをプログラムで拒否した。
何度試みてもコンピューターが、取り消しを拒否した。
担当者は、頭に血が上っているから、冷静な判断が出来なくなっていたのだろう。
もし、そばに誰かいて、
「なぜ、東証のコンピューターが、(1円の売り注文)の取り消しに応じないのか」
と素朴に疑問を持ち、東証に電話を一本入れれば、取り消し方法はすぐに分かった筈である。

 みずほ証券による大量の「1円の売り注文」の誤発注で、ジェイコムの株価は瞬時に値幅制限の下限である57万2千円の値を付けていた。東証のシステムでは、値幅制限内の価格でしか取り消し注文は出来ない仕組みになっているという。
 もし、東証に取り消し方法を確認して、取り消し注文の価格を(57万2千円)と入力していれば、誤発注はその時点で瞬時に取り消され、ここまで問題は拡大しなかっただろう。

 インターネットの掲示板に「ジェイコム株がすごい事になっている」という書き込みが行われ始めたのは、僅か3分後頃から始まっている。
 みずほ証券は、誤発注に気がついた時点でも、まだ東証に報告してジェイコムの株の取引停止を要請しなかった。
 面子にこだわったみずほ証券は、事実上「空売り」となった大量のジェイコム株を、自ら大量に買い集めを始めた。このため、誤発注の大量売り注文から、わずか16分後には一転してストップ高の77万2千円を付けた。

この経緯を「ディトレーダー」達は、冷静にインターネットを通じて情報を交換しあい、互いに「誤発注だ」と知りながら売買に便乗し、わずか十数分から30分で「幾ら儲けた」と自慢しあっている。
そしてプロの証券会社も「誤発注」と認識しつつ、冷静に「空売り」に応じて、ジェイコム株を買っている。
米証券モルガン・スタンレーは、発行済み株式総数の31・19%(4522株)を取得しているし、野村證券も6.9%(1000株)を取得している。

証券会社であれば、当然ジェイコム株の発行済み株が1万4千株で、市場に流されている株数が3千株しか無いことは承知していたはずである。
つまりは、仲間の証券会社でも、みずほ証券の誤発注とわかっていても、それを利用するしたたかさを持っていることが判明した。

この誤発注の証券会社が、みずほ証券でなく小さな証券会社であれば、最終的に決済不能となる恐れが高いから、大手証券が手を出すことはなかっただろう。
みずほ証券の、今回の単純な入力ミスと、情報開示の遅れで大混乱を引き起こしたツケは、なんと300億円もの損失となっている。
みずほ証券の、2005年3月期の連結決算利益の税引き後利益は、280億である。株主資本は3,918億円あり、みずほコーポレート銀行の子会社であるから、倒産の心配はない。

みずほ証券が、情報開示を遅らせたため、誤発注証券会社の経営が危うくなるとの思惑が生じ、無関係の証券会社の株も売り浴びせられる始末で、大混乱に拍車をかけ、混乱がさまざまな憶測を呼んで波及し、日経平均株価は300円以上も値を下げた。
みずほ証券は、東証や親会社のみずほ銀行、農林中金へは、誤発注の一時間後には報告されていたが、正式に公表したのは6時間半も後であった。
東証や当事者の、みずほグループの危機意識の甘さが問題を拡大させたといえる。

そして最大の問題は、最終的にジェイコム株の発行済み株式総数の、なんと7倍の10万株に、ディトレーダー達の買い手が付いていることである。
みずほ証券は、13日までにすべての買い手に、株券を渡さねばならない。市場に実際ある株数は3千株で、必要な株数は10万株となっている。
決済手段は、買い手の投資家に、一律に現金を渡す「差金決済」になるだろう。
ジェイコム株の最高値と、最安値との間には、20万円の開きがある。どの値段を元に決済すればよいか、判断が難しい。

みずほ証券は、投資家の取得価格に一定額を上乗せすることで、投資家の理解を得たいとしている。
東証としては、この異常事態にたいして、投資家に事実上の選択の余地のない強制的な決済措置をとることになる。最終的な決済価格は、株式売買の決済を保証する公的機関の日本証券クリアリング機構が決めることになる。
同機構は、天変地異やその他の特別な事情で、株券の不足が生じて決済が難しくなった時は、強制的に決済ルールの変更ができる権能を有している。

いずれにしても、誤発注に便乗して、一儲けを企んだディトレーダー達の思惑も、言うほどの儲けにはならない見通しだ。
人の不幸につけ込んでの一儲けは、やはり後味が悪いだろう。
ほどほどで、手を打つべきだろう。





村上ファンドのマジック

2005-11-11 13:11:17 | 経済
株式取得をテコにして、上場企業に容赦なく株主価値の向上を迫るのが、村上ファンドの手法である。株式の持ち合いに安住して、ぬるま湯の企業経営をしてきた経営者にとっては、まさに脅威の存在である。
日本の経営者は、友好的企業との持ち合いによる安定株主に守られて、長年短期的業績に一喜一憂することなく、長期的な企業の成長を目指してきた。

アメリカの企業は、極端に言えば四半期毎の業績に左右され、一年も業績低迷すると経営者の首が飛ぶ。
日本の経営者は、その点恵まれて長期的な経営戦略をとる事が出来たと言える。
しかし反面、ぬるま湯の企業経営となり、いたずらに内部留保を積み増し、株主利益を無視して保有している資産に比較して非常に株価の安い企業が増加した。

04年7月に明星食品株の8.17%を取得して、本社ビルなどの固定資産や持ち合い株の売却等で増配を要求した。紆余曲折はあったが、最終的には04年9月の連結決算が前期比27%減にもかかわらず、年間配当を8円から15円に増配した。これを受け手村上ファンドは12月に全株売却している。

今年4月には、株式10%を保有した大阪証券取引所に対し、「内部留保を積みます必要性を明確に説明できない限り、すくなくとも年間の税引後利益相当額(1株あたり2万円)を株主に還元すべきと迫り、大阪証券取引所も05年3月の年間配当を、4,000から9,000円に引き上げさせた。

村上ファンドの戦略は、株式取得にあたって、対象企業の資産や財務状況に加えて、その企業の属する業界事情まで一から洗い直す。
許認可事業であれば、直接その許認可権限をもつ役所に、その規制なども調査に出かけている。

自らの投資ファンドについても、金融庁のお墨付きをもらっている。
村上ファンドを構成する投資ファンドの一つ、MAC2000投資事業組合が、金融庁に法令解釈を照会している。
投資事業組合が、10%以上の株式を取得しても、議決権は組合の投資家の出資比率に応じて分配されるため、証券取引法上の主要株主にあたらないと主張し、金融庁は村上ファンドの主張ほぼ認める見解を示している。
これによって、村上ファンドの行動はより隠密正を持つ事が出来るようになっている。

村上ファンドの業績の伸びは目覚ましい。司令塔である経営コンサルタント会社のM&Aコンサルティングと、MACアセットが中核で、その周辺には約10のさまざまな投資ファンドが存在している。
急成長は、ファンド規模の拡大が支えている。投資家が資金運用の判断をすべて投資顧問会社に任せる「投資一任勘定」を、MACアセットが結んだ資産の残高が急拡大している。
02年3月の615億円が、05年3月には1653億円となり、05年6月末には1795億円に拡大している。
しかし、それすら氷山の一角かも知れないと言われていて、実像は投資ファンドの「匿名性」の厚い壁に守られて検証は困難である。

村上氏の講演では、「ファンドの情報の公開をあえて制限している。規模が大きくなるほど開示を止めました」と明らかにしている。
講演では「多くても1兆円くらいが自分で運用できる限界だ」と言い、虚像と実像が入り交じってカリスマ性をますます高めている。

証券取引法のルールを研究し尽くし、そのギリギリを突く村上ファンドの手法は批判も多い。
これに対して、村上氏は「証券取引法や金融のルールは、イエスかノーで、道徳の世界ではない。ルールの枠組みのなかで、どう戦っていくかが根本だ」と言い切っている。
周到な準備にもとづき、米国的な白か黒かの価値観で攻め続ける村上ファンドは、「法律違反でなければ、何をやっても良いのか?」という日本的な経営者に新たなる経営の視点を要求し続けている。


企業のM&A

2005-11-09 01:23:59 | 経済
楽天による、TBSの大量株式取得による経営統合提案、そして村上ファンドによる阪神電気鉄道株式の大量取得など、相次ぐM&Aの動きが活発となり、ニュースを賑わしている。
上場されている株式は、当然誰でも何処の会社の株式でも買うことが出来る。
だから、上場企業の経営者は、安定株主を確保しながら同時に株価の動向を常に把握して、今だれが株を買っているかに注意を向けている。
そうでないと、TBSのように突然19%も株を取得されて、経営統合提案を受けることになる。

そこで、一体会社とは誰のものかを考えてみたい。
株式会社は無論株主が資本を出して、経営者が企業の実務を担当して収益を上げ、株主へ利益還元するというのが基本構造の話しである。

しかし、むろん企業は株主と経営者だけでは成立しない。
経営とは、社会に価値ある商品やサービスを、組織として体系的に継続的に提供することとである。
だから、実務を担当する従業員の創意工夫や、顧客満足を継続して提供できる必死の努力、そして製品の原材料や技術サービスを供給する取引先が必要となる。
さらに重要なのは、継続的にその企業が提供する商品やサービスを、消費する顧客が必要である。

このように企業が成立するためには、資本家とそれを元手に企業を経営する経営者とその従業員、そしてその企業活動を支える取引先、さらにその企業が提供する製品やサービスを消費する顧客から成り立っている。
だから、資本家が単に資金を出したから、企業は資本家のものという単純なものではない。

資本がなければ無論企業の形は出来ないが、企業という組織の形を作っても、そこで働く従業員の努力とその総和が生み出す商品価値、すなわち企業価値がなければ企業として存在はできない。
企業に働く従業員の日々の創意工夫と、顧客満足をうる商品やサービスの提供価値によって企業の利益が生まれる。

つまりは、資本だけあってもなにも価値は生まれない。
従業員がいても、あるいは商品が有っても、働く意欲が少なく不平不満が多いと、顧客満足を得る商品やサービスの安定供給が出来ず、クレームが多発して利益を上げることが出来ずに企業価値を失い、やがて資本家の株式は紙くずと成り果てる。

企業価値とは、経営者のリーダーシップと従業員のたゆまぬ努力と創意工夫と、それを支える取引先企業群や地域社会とのコラボレーションによって価値が生み出される。
現代では、一企業単独だけで、完結した商品を創り出すことは、およそ不可能である。
企業を取り巻く人々が、すなわち従業員と取引先企業とその商品やサービスで満足をうる顧客とで創り出す、独特の企業文化が価値を持つのである。

だから、勝手に株式を買い集めて、大株主だから言うことを聞けというM&Aの強引な手法には問題が多い。
最近のM&Aの動きには、株主の権利だけが主張されていて、そもそも企業は社会的な存在であるという認識が希薄である。

最近の強引なM&Aの強引な手法は、企業文化や風土を無視して、資本だけの論理で買収するのは、M&Aの先進国のアメリカでも、結果として失敗することが多い。
松下電器産業が、アメリカの映画・娯楽産業の大手のMCAを買収した(1990年)が、失敗に終わって95年に売却している。
買収した当時は、ハードとソフトの融合で新しい企業価値を生み出すとしていたが、ハードとソフトという全く違った文化風土で育った異質の企業同士では、融合は困難であった。

国内でも長い歴史と独特の企業文化を有する企業と、インターネット関連のように歴史が極端に短く異質の文化風土の企業では、コラボレーションは特に困難である。
楽天の三木谷社長は、TBSとの企業統合によって、アメリカのAOLタイム・ワーナーのような企業統合を目論んでいると思われる。

しかし、鳴り物入りで合併後したAOLタイム・ワーナーは、期待した合併効果は得られていない。
両社の株式総額は3500億ドル(約36兆8725億円)、売上高は合計300億ドル(3兆1605億円)という巨大な企業統合であったが、結果としては双方が大きく売上を減少させている。

2005年09月、タイムワーナー社が、同社のインターネット部門であるAOL(アメリカ・オンライン)を、マイクロソフト社に売却する交渉を進めていることが米国のメディアで報じられた。
ITバブルの絶頂期、AOLはIT企業の旗手として時価総額が急成長し、2001年1月にタイムワーナー社の買収に成功し、AOLタイムワーナーが誕生している。
しかし、ITバブルの崩壊後、インターネット部門の成長が鈍化し、合併後の企業名からAOLを外す事態に追い込まれた。
そして、AOL創業者のキース会長も事実上、合併後の業績不振を理由に更迭された。

当初はAOLが、タイムワーナーを飲み込んだ合併であったのに、最後はAOLがタイムワーナーから追い出されるという皮肉な結末を迎えることを意味している。
ITバブルの崩壊後、ドットコム企業の倒産が相次いだ時期もあり、最近は再び回復傾向にあるが、そうした中で報じられた今回のニュースは、時代の移り変わりを象徴しているのかもしれない。

このような結末を楽天の三木谷社長はどう捉えているのだろうか。
一時の成功で、思い上がるは自己の破滅を迎える事を肝に命じる必要がある。
多くの成り上がりの企業経営者が、企業を支えてくれている従業員や取引先との信頼関係や企業文化を忘れ、時に顧客満足さえ忘れて独善に陥って、没落した経営者が実に多い。

企業の価値を誤解して、企業をまるで完成した商品のように簡単に売り買いすると、とんでもないことになることを知るべしである。


持株会社による経営統合

2005-10-14 11:59:38 | 経済
最近、持株会社という会社名をよく耳にするようになった。
話題の村上ファンドが、阪神電鉄の株を40%近くも買い占め、阪神タイガースの上場提案をしたことで、阪神タイガースファンやら野球ファンから大ブーイングが起きて、マスコミをにぎわしている。
そこで、村上ファンドは、阪神球団を直接上場せずに、持株会社を設立して阪神球団を傘下におさめ、持株会社を上場させるという提案に切り替えている。

昨日(2005年10月13日)楽天がTBSの株を15%強取得して、突然共同で持株会社を設立して経営統合を持ちかけた。この話しと直接リンクしているのかどうか、村上ファンドも同時に7%程度保有しているという。

楽天の三木谷社長は、「メディアとネットの融合について昨年から検討してきた」と、TBSとの以前から提案の話し合いをしてきたことを強調している。
一方、TBSの井上社長は
「何の事前連絡もなく短期間に、大量に弊社株式を取得したことに、唐突な印象を受けている。少々心外だ」と述べている。
つまりは、話し合いは有ったが、TBSの状況認識が甘すぎたと言えるだろう。 

この「メディアとネットの融合」問題では、ニッポン放送株の大量取得によるフジテレビ支配を狙ったライブドアの先例がある。
楽天の三木谷社長は、「TBSを買収するのではないし、ファンドとも違う。友好的な経営統合を提案したい」と言っている。
しかし、手法の根本は、先例のライブドアと同じである。資本の論理であり、株式を公開している企業は、つねにこういう敵対的買収を想定しておく事が当然である。
TBSは買収などに対するもろさを以前から指摘されていた。TBSの大株主上位6社の合計でも、持ち株数は16.76%に過ぎない。最大株主の日本生命で僅かに4.12%である。
このような状況で、楽天は15%強取得している。さらには、村上ファンドが7%も保有している。

ニッポン放送の時のフジテレビの対応を見てきたはずなのに、TBSはなにをしてきたか。
さらにはネット事業者が急成長しており、いずれもが世界トップのタイムワーナという巨大なネットと放送メディアの統合を目指していることを認識できなかったのか。

楽天と話し合いをしながらも、世界のメディアの状況認識が不足し、従って真剣さがたりず、適当に処理しようと考えていた結果が、このような状況を招いたと思われる。
「株の大量取得について、何の事前連絡もなく唐突な印象を受けている、少々心外だ」と述べているのは、経営者として無能をさらけ出していると言える。

株式公開している以上、いちいち企業側に株の取得を打診する必要が無いことは自明のことではないか。
経営の独自性を貫きたいのであれば、安定株主を50%以上確保しておかねば不可能である。
大株主の経営者でない限り、つねに資本の論理で突然株の買い占めに合うことは避けられない。経営者の能力や努力が不足すれば、追い出されるのは当たり前の時代になっている。

今後も、このような株式の大量取得による経営統合戦略(M&A)が繰り広げられるだろう。
そして、その手法としての「持株会社を設立」が多用されるだろう。
現在進行している銀行の大型統合合併も、この持株会社(ホールディングカンパニー)を設立し、統合予定の銀行をその傘下に治めるという仕組みである。 

持株会社(もちかぶがいしゃ)とは、他の株式会社の株式を保有し、支配する事を目的とする会社である。ホールディングカンパニーとも呼ぶ。
本業を行う一方で、他の会社を支配するのを事業持株会社、他の会社の支配を本業とするものを純粋持株会社と呼ぶ。
一般に持株会社と云う場合、後者を指す。事業持株会社の場合は、持株会社とは呼ばず「親会社」と呼ばれることが多い。
また、持株会社の下で似通った事業を行う子会社を束ねる中間持株会社と呼ばれる形態もある(ソフトバンク株式会社がこれを採用している)。

日本にでは、戦前の財閥本社が純粋持株会社の形態を採っていたが、戦後の独禁法によって、純粋持株会社の設立は禁止された。
1997年の改正によって持株会社が解禁された。上場企業では、1999年に大和証券株式会社が商号を変更して、株式会社大和証券グループ本社が純粋持株会社となった第1号である。

近年は、2社以上の経営統合時にいったん共同で持株会社を設立して、その子会社となり、それから合併・再編する、という方法が取られることが多い。 


交渉術とWIN、WINの原則

2005-09-20 12:57:26 | 経済
ビジネスの実務とは、基本的には交渉事である。ビジネスとしての交渉の基本とは、要約すると以下のようになる。
まず、商品又はサービスを、それを必要とすると思われる所へ、商品又はサービスの特徴と、それを使用する事のメリットを訴求し、その代価としての条件提示を行う。
そして提案条件に対する先方の受け入れ可能条件や、拒絶反応をみながら更なる条件提案を繰り返して、双方納得できる妥協点を見いだす事が出来れば交渉成立となる。

交渉事には、ビジネスとしての交渉の他に、個人同士の問題解決の交渉、個人と企業の問題解決交渉、企業同士の交渉、企業と国家の交渉、そして外交交渉という国家間の交渉まで、さまざまなレベルの形態がある。
しかし、どのレベルの交渉でも、その基本は同じである。

基本の第一は、事前準備を入念に行うことである。まず交渉相手の情報を集めて、分析しなければならない。
交渉相手が企業であれば、企業の内部状況と企業の業績や問題点を発見する。
企業の成長の要因は何か。成長の継続性はあるのか。或いは赤字の原因は何か。構造的赤字か、一過性の赤字なのか。財務バランスはどうなっているか。資産は増加しているか、減少しているのか。経営者はワンマンか。経営者の性格的な弱点は何か。中堅の人材は育っているのか。

交渉相手の企業情報は、多い程分析に役に立つ。その分析された情報結果を基にして、ビジネス戦略を立案する。
交渉相手の内部的問題点や構造的弱点を把握した上で、提案する商品又はサービスを利用することで、交渉相手の抱える問題点の解決に役立ち、さらに具体的数値としてのメリットを、グラフその他ビジュアルに提案書にまとめておく。
そして、交渉相手企業の、誰を交渉窓口にするかを決める。企業によっては、決められた窓口を通す事を要求されることも多い。その交渉事項に対して、窓口の担当者が決定権を有しているのか、情報が必要である。

ここまで事前の準備を整えれば、商談は半ば成功したとも言える。
秀吉は、木下藤吉郎時代から、相手を理解した上での交渉事には天分を発揮した。
相手のレベルに応じて充分なメリットを与えた上で、秀吉の大いなる戦略的希望条件をのませるから、必ず成功した。
また、戦(いくさ)では、一度も負けたことがない。
なぜなら、戦(いくさ)の現場に到着する前に、戦略的にさまざまな手を打ち、戦(いくさ)相手の戦意を失わせるか、または内部に協力者をつくって内部崩壊をさせるか、戦相手の協力者を懐柔して裏切らせるか、ともかく現場に到着する前に勝負が付いている。
つまり、戦(いくさ)相手を徹底的に研究し、相手の弱点や問題点を利用して、先手を打って布石が済んでいる。だから、殆ど戦死者のでない戦ばかりであった。
戦場は、いわば相手の面子をたてて先方の降伏を受け入れる、儀式の場でしかなかった。
このことは、ビジネスの戦いでも原理は同じなのである。

基本の第二は、交渉のテーブルでは、できるだけ喋らない方が良い。
事前準備が充分に整い、交渉のテーブルに就いても、いきなり提案書を広げて一方的に喋る事は厳禁である。
まずは、計画されたさまざまな誘導的な質問を並べて、交渉相手に喋らせることである。
交渉相手自身に、問題点を喋らせることができれば、交渉は成功したも同然である。
交渉相手が、自身の抱えている問題点に気が付くように、質問を誘導することが交渉技術となる。

問題点がはっきり相手に認識された時に、はじめてその問題解決案としての提案書を提示し、その要点を短く説明する。
そして、しばらく相手の反応を見る。ここで慌ててはいけない。追加説明も加えず、じっと先方の反応を注視する。
提案書を見て、交渉相手が発する質問や評価反応に依って、問題解決への提案を相手がどの程度理解したか、あるいは本当にその問題を解決する意志があるのか、又は予想していなかった障害がまだ残っているのかが分かる。

相手の反応を見ながら、さらに質問を繰り返すことで、新たな問題や課題が明確になってくる。さらなる問題があれば、その解決方法について再提案を行えば良い。
決定権があるのか、決定するための隠れた障害があるか、提案の何処に問題を感じているのか、交渉相手に、如何に喋らせる工夫をするかが、最大のポイントである。
相手が喋ることで、相手の状況が手に取るように分かり、交渉条件の変更もスムーズに行える。

交渉過程で、交渉相手の問題点が明確になり、その解決提案方法を具体的に提案し、その実行条件設定を行って締結を促す。
いわゆるテストクロージングという技術である。
テストクロージングによって、その提案した条件設定について、まだ受け入れるには問題があるかどうか探るのである。
価格だけの問題なのか、付帯する条件に不満なのか、支払い条件に問題があるのか、それとも角度の違う問題があるのか。
問題点にたいする解決案を提示して、さらにテストクロージングを繰り返して次の問題点を探り出す。
こうして、交渉妥結の問題点を明確にして、妥協点を見いだしていくのが交渉というものである。

この交渉過程に於いて、基本原則は「WIN、WIN」の原則を守らねばならない。
この「WIN、WIN」の原則とは、双方が勝者として満足できるという意味である。
つまり、どちらもがメリットを共有できる妥協点があるという事である。
秀吉の交渉事が全て成功したのは、この「WIN、WIN」の原則を守ったからである。
だから、後で相手が裏切るというような事態は招いていない。

どちらかの、一方的犠牲的な譲歩で、片方が敗者の意識が残る交渉結末では、必ず将来の禍根を残す。
つまり売り手側が、相手の無知につけ込んで一方的に暴利を貪る、或いは買い手側の優越的な立場で、売手側の深刻な犠牲を要求した交渉結果などは、必ず何らかの報復を何時かは受けることになる。
交渉事は、ビジネスであれ、外交交渉であれ基本原則は同じである。
また、通常の人間関係に於いても、「WIN、WIN」の原則が適用される。
常に、一方的な誰かの犠牲の上で、得られる自己の幸せというのはあり得ないのである。