硯水亭歳時記

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  風の盆恋歌

2011年09月01日 | 祭り・民俗芸能・民間信仰

風の盆 女踊り

 

 

風の盆恋歌

 

 

 叔母の自慢の、たった2坪の雑草地はワンダーランドである。中でもキツネノカミソリというお花の一株は本当に面白い。2月頃に地上に芽が出て、3~4月頃に葉を広げて、光合成をする。5月には葉が枯れて、一旦休眠する。それがね、8月になると蕾だけを立ち上げて開花するのである。花の時期には葉が落ちる習性を持っているらしい。そして9月には結実し、種子を落として本格的に休眠する。こんなサイクルをずっと続けているキツネノカミソリは実にいとおしい。

 台風襲来の予報を聞いてから長い。時々ゲリラ豪雨のような激しい雨が降り、東京では今日、大掛かりな防災訓練が行われた。約10分間の交通規制であったが、たいした混乱もなく終了したようで、どのクルマの運転手からも不平不満は聞かれなかった。その必要性を都心の人々が共有しているせいであろう。

 210日に当たる今日から三日間、越中八尾の風の盆が行われる。いつか行った日、濃厚に思い出されてならない。美しい踊りや音曲、高橋治の「風の盆恋歌」を思い出される。私たちは列記とした新婚だったが、当時行った時の「街流し」は心底から、この踊りの持つ情念の世界に浸ったものであった。

 

風の盆 女踊り 2

 

 高橋治著の小説・『風の盆恋歌』は不倫の小説であるが、美しい物語を紡いでいた。オトコは30年前、旧制高校時代の仲間だった女性と、越中・八尾の風の盆で愛し合う。彼は大手新聞社の外報部長で妻は弁護士。一方彼女には外科医の夫と大学生の娘がいる。

 思いを寄せる彼女から遠ざかったのは、仲間と別れた風の盆の夜だった。彼の勤務先であるパリで再会した二人は、誤解が生じた経緯を知り、急速に近づく。彼女はもう一度でいいから、貴方と風の盆に行ってみたいと思う。

 八尾・諏訪町の一軒家で彼女を待つ彼。彼女が京都からやって来たのは4年目の風の盆の宵だった。列車が駅に止まるたびに降りて戻ろうかと思った彼女は、「足もとで揺れる釣り橋を必死で渡ってきたのよ」。ふたりは3日3晩、美しいおわらに酔いしれる。「おれと死ねるか」と聞く彼に、彼女は「こんな命でよろしかったら」と応える。翌年も風の盆で会うが、彼女は娘に不倫をしているのではないかと知られてしまう。

 3度目の逢瀬になるはずだった風の盆の初日の夜、原因不明の難病に侵された彼は八尾の家で息絶える。駆けつけた彼女は、「夢うつつ」と染め抜いた喪服姿で彼に寄り添い、睡眠薬自殺する。

 まるで、大人の御伽噺を見るような美しい物語で、風の盆が見せる魅力の不思議さを垣間見させ、私たち夫婦は構わずに、美しい風の盆に酔い痴れた。その後、石川さゆりの歌・『風の盆恋歌』が絶大な支持を受け、全国区に蔓延した。それから八尾の風の盆は観光客で溢れ、午後10時過ぎの富山行き最終列車が過ぎるのを待たなければならない。漸く静まり返った坂の道・八尾に、小さな集団で「街流し」が始まる。甲高い歌声、泣くような胡弓、三味の音色、ポコポコとなる太鼓の囃子方と、女踊りの数人と、それを誇張し称える男踊りの小集団が朝方まで続く。

 

坂の町・八尾の日本百選の道 雪洞がゆらゆらとして一層幻想的である

 

酔芙蓉の花陰に光る女性の、美しい蔭

 

 我が妻は京都出身だが、近くの日本舞踊のお師匠さんに教えられ、越中・八尾の風の盆を踊れた。あの日、踊りが上手く合わせているからと言われ、或る街の女踊りの装束を貸して貰って、明け方まで踊った。私はその夜の闇に流れる美しい旋律や歌謡を酔うように、踊り手に続いて歩いた。

女踊りの美しい所作 この踊りは簡単には踊れるものではない

 

 この踊りは盆踊りではない。盆踊りの基本は輪踊りであり、歌い手は好きに歌を選んで歌う。精霊迎えと送りの歌は、中には五穀豊穣を願う歌もある。日本三大盆踊りとして下記のような盆踊りがある。岐阜県の郡上踊りや秋田県の西馬音内の盆踊りや、熊本県菊池の山鹿灯篭踊りなど、すべて行列の端に行けば輪踊りであることが理解されよう。処がこの八尾の盆踊りは他の盆踊りと違い、決して輪踊りではない。流して踊る稀有な舞踊で、名だけが不思議と盆踊りとなっているが、輪踊りではないのである。

編み笠から幽かに見える踊り手の表情

 

 この欄に、妻が踊っている図を掲載した。果たしてどれだろうか。読者諸氏のご判断に委ねることにし、あれから短時間の、私たちの歴史だが、濃密なる時間であったと思えてならない。朝、下の井田川の河原に行くと、グミの木が実をたわわにつけて茂っていた。朝靄は清々しいものであったことだろう。尚、八尾の風の盆は9月1日から3日までだが、雨に打たれる日がないようである。その時は小学校の講堂を利用した演舞会場で行われるが、やはり清らかな水音の鳴る街で見る流しは最高の贅沢になろう。観光客が増え、8月20日から30日まで、前夜祭と称せられ踊られているようだが、余り感心しない。観光客が増えるのも、狭い街で行われる八尾の風の盆にはふさわしくないように思う。「風の盆恋歌」は「風の」で切ってはならず、「風の盆」と「恋歌」に分けられる。まさか「風の、ボンコイウタ」とは言うまい。

 

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