葉櫻 1 新宿御苑にて
あなたと 葉櫻のなかを
二週間も家を空けたのは久し振りのことであった。「さよなら」を言いたくなくて、櫻の花旅をしていたようなものだが、今年の花旅は今までとはやや違っていた。何故なのだろうか、櫻を観る視点が、以前とは隔世の感がある。以前は有名な銘木や、古来から長生きしてきた櫻に逢いに出ていったが、今回はただ縹渺として各地を歩き、出逢いの櫻を観て歩いたような気がする。衝撃的だった3;11の影響がないとは言えない。無論三春の瀧櫻や盛岡の石割櫻を観なかったわけではない。ただ大勢の人のなかで、花を観るのが愈々苦手になって、愛車のジープを繰ってそこらじゅうの寒村を駆け廻った。特に熱心だったのは、まだ残雪の残る山々に入り、山櫻を探し歩いた。江戸時代の大名行列に使われ、今は、ただの狭い道路になりさがっている道端の風情はまた格別で、会津西街道沿いや、朝日連峰の麓の旧道は惚れ惚れして観て廻った。美しく真新しい緑になりつつある山々の中に、ポツポツ点々として、ひっそりと咲き誇る山櫻が、私が最も愛する櫻である。遠巻きにして見惚れる山櫻の美しさは、ほぼ筆舌に尽くし難い。普段は観ることが出来ない櫻の存在が嬉しいからだ。駒止湿原入り口に咲く山櫻、山形花回廊の櫻たち、種蒔櫻の種々、畑のド真ん中に密やかに咲くお達磨櫻など、時間をかけ、堪能させて戴いた。我が櫻への哀惜は相当なもので、よくよく業の深さを知った次第。臨済宗の禅寺・東福寺には修行の邪魔となると理由で、櫻は禁じられたが、どうやら私の修行には、その業の深さが・・・・。
そして被災地へ。もう何度足を運んだことだろう。染井吉野は殆ど壊滅し、江戸彼岸や山櫻は倒れることなく、多くの瓦礫を、その根元で押しとどめていた。それから、江戸彼岸や山櫻をさくらプロジェクトのメンバーとせっせと植樹してきたのだ。あれから満四年が過ぎても、やっぱり写真でご紹介出来るまでに育っていなかった、だが然し櫻の苗たちは、強かに根付いてすくすく成長しているのがよく分かり嬉しかった。残念無念なこともある。企業宣伝によるさくらプロジェクトや種苗業者が入って、染井吉野が一本三千円だと言うから呆れかえる。違和感を覚える。どの被災地に植樹するのも無償であるべきで、その魂胆からして甚だ情けない。憮然として、そうした現場を、さっさと立ち去る。民族主義でもなく右翼でもなく商売でもなく左翼でもなく、純然たる「和」の心を信じ持てないものだろうか。私は現地の心ある方々と地道に活動して行くだけである。名は捨てろ、ただ無心に丈夫な木を遺せと声を大にして言いたいところである。
世阿弥の『風姿花傳』に、「初心忘るべからず」という有名な言葉がある。初心とは、モノ事を成すに当たって、夢とか希望とか、抽象的で曖昧な妄想をさすものではなく、具体的な覚悟をキッチリとさしている言葉である。それは、稽古を決して忘れまいとする初めの第一歩、そのことだからである。また世阿弥は「稽古は強かれ」とも、「物数(ものかず)を尽くせ」とも断じていて、こうした世阿弥の峻厳さは、寧ろ爽快な心地さえする。去年アナ雪ブームが吹き荒れ、多くの方が「ありのまま」でいいんだと極端に安堵したように思えるが、果たしてそれでいいのだろうか。「ありのままの自分」に自信が持てる方はどれほどいらっしゃるのだろう。私には不思議に思えてならない。白洲正子もありのままででは、素の人間も見栄えがしないばかりか、素そのものを磨かなければ、何一つ成しえないと断言さえしている。稽古を尽くして、更に尽くして、ようやく自分が何たるかに出逢えそうなものなのであろう。他人のことはよく分かっても、自身のこととなると、サラサラ知らないのが普通である。だからこそ自分磨きとはどうやってするのか、そして自身とは何なのかを、修行し尽くしてこそ知るべきではなかろうか。どうも、あんなにも流行った「ありのままで」とは、どうだろう、先ず信用出来かねるのである。
花びらを幾枚か取って帰り 夕餉に ロゼワインを寒天で固め その中に 一ひらを入れよう
今年も大阪造幣局において、櫻の通り抜けがあり。15日に終了した。「今年の花」は花芯に、葉っぱのような緑色の雌蕊を着ける美しい八重櫻の「一葉」であった。咲き初めに、櫻色のピンクが強いが、散り行く頃になると、白っぽく変化して果てるから、より美しい花である。ここ造幣局には、凡そ132種350本の櫻花が競って艶やかに咲き揃い、560㍍の櫻道は人いきれで呼吸困難、立ち止まらないようにとガードマンの声が激しく、うっかり写真など撮っていられない春の天満橋の混雑した風物詩である。明治以来、約130年以上前から一般庶民に解放され、大阪の方々には毎年楽しみにしていらっしゃる筈。長州五傑の一人、遠藤謹助が局長だった明治16年(1883)に、局内の人間だけ観てはいけないと指示し一般公開された。大阪大空襲で、半分以上消失した後に、櫻守の笹部新太郎翁などの協力により復活したが、櫻の枯死などがあって、幾多の櫻が補植されてきた。今年、新たに植えられた櫻は長野県須坂にて、平成18年(2008)、笠原基知治によって発見された新しい品種で、園里黄櫻(現地名;園里黄龍)が見事に咲いたと聞いている。この品種は緑色した御衣黄と八重櫻の普賢象タイプの雑品種と考えられるが、詳細はまるで分かっていない。鬱金や御衣黄のように、散り際にピンク色になってから果てる美しい櫻である。
「様々なことを思い出す櫻かな」ではないが、櫻をあれこれ考えているうちに、家内と二人、新宿御苑に花見に来ていた。安倍総理主催の観櫻会があったのだろうが、今日は閑散として、最も数多くの櫻がある裏門付近はほぼ葉櫻で、優しい風が吹いていた。湖水の畔に、イギリスから逆輸入された「太白」もあるはずだが、見当たらない。妻と二人で、随分久し振りに手を繋いで歩いた。愛着と惜別の、深いこの春の櫻。
新宿御苑 裏門 千駄ヶ谷入り口付近の葉櫻