とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

腱板損傷の治療についてのRCT

2020-12-05 23:25:36 | 整形外科・手術
腱板損傷(rotator cuff disease, RCD)は高齢者に多い疾患で、保存療法が奏功しない場合には、しばしば外科的治療が行われます。この論文では実臨床に即した方法で保存療法と外科療法を比較するRCTを行っています。
著者らは3カ月以上の保存療法に抵抗性であったRCD患者に対して腱板の損傷程度を明らかにするために造影MRI (MRI arthrography, MRA)を撮像した後、保存療法群と外科療法群にランダムに振り分けて治療による差を検討しました。
Primary outcomeはランダム化2年後のVAS scoreで調べた疼痛の変化、Constant score(CS)で調べた肩関節機能の変化です。Secondary outcomeとしてはRAND 36-Item Health Surveyで測定した健康関連QOLを調べました。
ランダム化されたのは187人190肩で、95肩が手術群(全層RCD50肩、うち44肩は棘上筋腱単独損傷)、95群が非手術群(全層RCD48肩、うち44肩は棘上筋腱単独損傷)に振り分けられました。保存療法が失敗した(強い痛み、機能不全あり)患者に対しては手術療法が勧められ、12肩(13%)で手術が行われました。また手術群のうち36肩(38%)は手術前に疼痛が改善したため手術をうけませんでした。結果として75%がプロトコール通りの治療をうけました。
(結果)2年後のVAS scoreは非手術群で31(95% CI 26 to 35)、手術群で34(95% CI 30 to 39)減少し、両群に差はありませんでした。Constant scoreは非手術群で17.0、手術群で20.4改善し、これも有意差はありませんでした。部分RCDのsubgroupで検討した場合も疼痛、CSの改善に有意差はありませんでしたが、全層RCD患者ではVAS score改善が非手術群24、手術群37と手術群における改善が有意に良好でした(mean difference: 13, 95% CI 5 to 22; p=0.002)。CSの改善も13.0 vs 20.0と手術群が良好でした(mean difference: 7.0, 95% CI 1.8 to 12.2; p=0.008)。全層RCD subgroupにおいて、RAND-36で調べたQOL scoreは非手術群、手術群で有意差はありませんでしたが、疼痛スコアは手術群で有意に良好でした。
全層のRCDに対する保存療法、外科療法を比較した過去のRCTの結果は必ずしも一定しておらず、両治療法に差がないとするものもいくつかあります。本研究とそれらとの違いは、外傷性の損傷を17%含んでいること、十分な保存療法後に部分損傷、全層損傷両者を対象にしてランダム化したことなどが挙げられていますが、このような点にも手術を対象にしたRCTの難しさがあるように思います。
外科療法の有効性を検証したRCTにおいて、しばしば手術が無効であるという結果が報告されています。実際に無駄な手術をしている場合もひょっとしたらあるのかもしれませんが、外科医としては何らかの効果を実感しているから手術をしてきたはずです。おそらくこのようなケースの多くは、手術が無駄という訳ではなく、「手術が有効なsubgroupを同定できていない」ことが原因ではないかと思います。
もちろん全症例を解析しても有意差がでるような素晴らしい手術も少なくないのかもしれませんが、何らかのsubgroupでは成績に差が見られるが、全体で解析すると有意差がなくなってしまう、というような場合も多いのではないでしょうか。今回の研究では部分損傷か、全層損傷かという比較的わかりやすいところで差が出たわけですが、例えば腱板損傷の部位や関節拘縮の程度などによっても差があるかもしれません。将来的に外科療法が生き残るためには、手術が本当に有効なsubgroupをしっかりと同定すること、すなわち適応となる症例の選別をしっかり行うことが重要になってくるのではないかと思います。
Cederqvist et al., Non-surgical and surgical treatments for rotator cuff disease: a pragmatic randomised clinical trial with 2-year follow-up after initial rehabilitation. Ann Rheum Dis doi: 10.1136/annrheumdis-2020-219099.

サイトカインストームって何?

2020-12-05 12:41:04 | 新型コロナウイルス(治療)
「サイトカインストーム」という言葉を初めて耳にしたのは、関節リウマチ患者に対する治療薬として開発された抗CD28抗体TGN1412の第1相臨床試験において、抗体を投与された健常被験者が投与直後から全身の痛みや呼吸困難を訴え、1時間後には多臓器不全のためICUに入院し、全員が人工呼吸器をつけられ、一部はその後も重篤な状態が続いたという衝撃的な治験副作用の話を聞いたときだったかもしれません。これはTGN1412がsuper-agonistとして作用し、単独でT細胞を活性化したことによって、T細胞からの無秩序なサイトカイン放出が誘導されたためとされており、この現象はサイトカイン放出症候群(cytokine release syndrome, CRS)あるいはサイトカインストームと呼ばれました(http://www.immunotox.org/immunotoxletter/non-category/J.21h.02.html)。
最近ではCOVID-19に関連してサイトカインストームが有名になりましたが、一口にサイトカインストームと言ってもその原因も様々であり、上昇するサイトカインの種類をはじめ病態も随分異なります。このreview articleで、著者であるPennsylvania大学のFajgenbaumとJuneは、サイトカインストームを下記の3つの所見を呈する病態と定義しました。
①血中のサイトカインレベルの上昇
②急性の全身炎症症状
③(病原体が存在する場合)病原体に対する正常な生体反応を超えた炎症によって生じる二次的な臓器不全(主として腎、肝、肺)、または(病原体が存在しない場合)サイトカインによって生じる臓器不全
このような定義のもとに、サイトカインストームに関与する細胞、サイトカインについて解説し、サイトカインストームを惹起する病態として医原性のもの(CAR T細胞療法によって生じるものなど)、病原体によって生じるもの、遺伝的要因(家族亭地中海熱や特発性多中心性Castleman病など)あるいは自己免疫疾患にともなって生じるものについて紹介し、その共通点や相違点を述べています。またCOVID-19に伴って生じるサイトカインストームについては、他の原因によるものとの違いについて詳細に説明しています。例えばCOVID-19に伴うサイトカインストームを他の原因のものと比較すると、他で有効な治療法(抗サイトカイン療法など)が通用しないこと、しばしば主たるウイルス感染巣がサイトカインストームの原因にならず、したがってウイルス除去による治療効果が乏しいこと、他の原因によるサイトカインストームではあまり見られないリンパ球減少が見られ、重症化と関連すること、そしてIL-6やフェリチンなどは上昇するものの、他と比較して上昇が軽度であることなどを特徴として挙げています(このためCOVID-19が惹起するのはサイトカインストームではないと言っている人もいます)。
大変わかりやすい内容で、かつサイトカインストームに関する最新の知見を網羅しており、何となくもやもやしていたサイトカインストームについての知識が整理できた気がします。
Fajgenbaum DC and June CH. Cytokine Storm. N Engl J Med. 2020 Dec 3;383(23):2255-2273. doi: 10.1056/NEJMra2026131.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra2026131