とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

「ヒトチャレンジ治験」への疑問

2020-10-21 14:24:40 | 新型コロナウイルス(治療)
イギリスでワクチン候補投与後に微量のSARS-CoV-2ウイルスを鼻腔投与し、経過を観察するにという臨床試験(ヒトチャレンジ治験)が行われるとのことです。このような試験については以前から話題になっていましたが、多くの問題を包含していると思います。①被験者がリスクを正確に理解していることをどのように確かめるか、②謝金が払われるということですが、経済的に困窮している人を金銭的なインセンティブによって試験に誘導するような仕組みになっているのではないか、③症状が出たらremdesivirを投与するということですが、そもそもremdesivirは軽症患者に対する有効性は示されておらず、論理的に矛盾しているのではないか、④比較対象のない試験デザインで有効性をどのように判断するか、など疑問点が沢山あります。詳細を理解していないのであまり偉そうには言えませんが、私が倫理委員会の委員長なら却下するかも。 

術後譫妄におけるneuroinflammationの役割

2020-10-21 07:59:27 | 神経科学・脳科学
高齢者の術後譫妄は、病棟管理上の問題であるばかりではなく、患者の生命予後にも関わる大きな問題です。大腿骨近位部骨折後、譫妄を生じた患者では手術1年後の死亡率が高いことも報告されています(Lee et al., Am. J. Geriatr. Psychiatry 25, 308–315, 2017)。その原因としては、もちろん環境の変化や麻酔の影響もあるのですが、この総説では"neuroinflammation(神経炎症)"という観点から術後譫妄を解明しようという最近の研究を紹介しています。
外科的侵襲(ターニケットの阻血なども含めて)によって生じる種々の組織障害は、HMBG1などのDAMPs(damage-associated molecular patterns)を生じさせ、これがneuroinflammationの原因となること、また補体活性化が重要な役割を果たす可能性、手術侵襲によるプロテアーゼの産生のために血液脳関門がlooseになること、中枢神経におけるmicrogliaの活性化が重要な役割を果たすことなど、様々な研究が紹介されており、大変勉強になります。Spacialized proresolving lipid mediators(SPMs)などを用いたneuroinflammation抑制の可能性などにも言及されており、近い将来neuroinflammation制御によって術後譫妄が抑えられれば臨床現場にとって、また患者にとって大きな福音となることは間違いありません。

Biological DMARD IR関節リウマチ患者に対するupadacitinib vs abatacept

2020-10-17 23:27:41 | 免疫・リウマチ
EULARで話題になっていた1剤以上のbiological DMARD IRの関節リウマチ患者に対するupadacitinibとabataceptを比較したRCTの結果がNEJMに発表されました。Upadacitinibは疾患活動性に対する有効性はabataceptより高いものの、より重篤な有害事象(SAE)が多かったという結果です。24週後の寛解症例はupadacitinib群で30.0% vs abatacept群 13.3% (difference, 16.8percentage points; 95% CI, 10.4 to 23.2; P<0.001 for superiority)で、SAEはupadacitinib 3.3% vs abatacept 1.6%でした。 

腰椎穿刺後の脊髄血腫発生に凝固異常は影響しない

2020-10-17 10:49:24 | 整形外科・手術
スウェーデンの人工関節レジストリーを見るだけでもわかるのですが、北欧の国ではレジストリーやデータベースが整備されており、様々な疾患の罹患率などを振り返って調査できるシステムが構築されており、本当にうらやましいなーと思います。この論文はデンマークからのものですが、腰椎穿刺後30日以内の脊髄(硬膜内・硬膜外)血腫発生が凝固異常coagulopathyと関係するかを調べたものです。様々なレジストリー、データベースを駆使して2008年1月1日から2018年12月31日までに腰椎穿刺を行った患者、脊髄血腫を生じた患者をpick upしました。またそれらの患者の背景因子や検査データを集め、脊髄血腫患者のカルテをチェックして臨床経過を検討するという徹底ぶりです。凝固異常は穿刺時の血小板数150 x 10(9)/L未満(日本でいえば15万/μL未満)、INR>1/4、APTT>39秒のいずれかを満たすものとしています。
(結果)解析対象になったのは腰椎穿刺をうけた64730人、83711穿刺です。年齢の中央値は43歳(IQR 22-62歳)、女性が51%です。このうち脊髄血腫を生じたのは143例(0.17%; 95% CI, 0.14%-0.20%)でした。このうち凝固異常のない症例が99/49526 (0.20%; 95% CI, 0.16%-0.24%) 、ある例が24/10371 (0.23%, 95% CI, 0.15%-0.34%) 、穿刺5日以内の血液データがない症例では20/23 814 (0.08%, 95% CI, 0.05%-0.13%)でした。凝固異常のある患者におけるadjusted HR (95% CI)は0.73 (0.38 to 1.38)で有意差はありませんでした。血小板減少、INR延長、APTT延長それぞれで層別化しても有意差なしでした。初回穿刺に限っても凝固異常ありで0.15%、なしで0.17%と差はありませんでした。抗血小板薬や抗凝固薬などを内服していた患者が少なかったこともあり、これらの内服患者における血腫発生はありませんでした。
血腫発生のリスク因子となったのは①男性(女性を対照にしたadjusted HR 1.72)、年齢(0-20歳を対照として41-60歳でadjusted HR 2.13、61-80歳で2.59)、Charlson Comorbidity Index (CCI) 高値(低値を対照としてadjusted HR 2.31)でした。
Traumatic spinal tap(髄液中の赤血球数>300x10(6))を血腫のサロゲートとした場合、全部で27.8%に生じ、血小板数による違いはありませんでしたが、INRが1.4以下の患者(28.2%)と比較して1.5-2.0 (36.8%), 2.1-2.5 (43.7%), 2.6-3.0 (41.9%) と延長にともなって頻度が増加しました。またAPTTが40-60秒で26.3%と正常な患者(21.3%)より多いことが分かりました。
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この研究結果からは、腰椎穿刺後の脊髄血腫の発生は必ずしも凝固障害によって増加しないと考えられました。しかし抗凝固薬などを内服していた患者が少なかったことからもわかるように腰椎穿刺に際して出血リスクの高い患者を除外していた可能性もあります。また日本人では欧米人と比較すると血液が凝固しにくい(手術でも出血がとまりにくい)こともありますので、日本では独自のデータ集積が必要だと思います。



ハイドロゲルに脂質を閉じ込める

2020-10-16 18:37:31 | 変形性関節症・軟骨
関節軟骨は(変形性関節症にならなければ)生涯を通じて滑らかな摺動面を保つことができる優れたマテリアルですが、このような特性を人工材料で再現することは極めて難しいとされています。ハイドロゲルは生体材料として様々な用途で用いられていますが、関節軟骨と比較すると低摩擦・低摩耗の長期間の維持は困難です。著者らは関節軟骨の低摩擦・低摩耗性の維持の秘密が摺動面に存在する脂質にあると考え、脂質を含有したハイドロゲルを作成しました。水素化大豆ホスファチジルコリン(HSPC)を多層vesicle(MLV)の形で添加して調製したpoly(hydroxyethylmethacrylate) (pHEMA) ハイドロゲル(ソフトコンタクトに使用されています)は、脂質を添加していないハイドロゲルと比較して、高負荷・高接触圧を加えた場合の摩擦力が95%~99.3%低下していました。この摩擦力は、外部から脂質を加えた場合よりも低いものでした。仮に摩耗が生じた場合にも、内部に閉じ込めた脂質ベジクルが表層に現れるため、低摩擦性は維持されました。また興味深いことに、このマテリアルを60℃で乾燥させて、再び水和した際にも低摩擦性は復元されました。脂質をハイドロゲルの内部に閉じ込めるという発想が目からうろこです。
東京大学で開発された人工股関節のAQUALAライナーは、ポリエチレンの表面をMPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)でコートすることで低摩耗性を達成していますが、本論文のように内部に脂質を閉じ込めることによってさらに耐久性が上昇する可能性があるのではないかと感じました。