とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

iPS細胞由来の間葉系幹細胞によるGVHD治療ー第1相臨床試験の結果

2020-10-01 23:53:17 | 免疫・リウマチ
脂肪組織や骨髄などに由来する間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell, MSC)は、抗炎症効果などが期待されて様々な疾患の治療に用いられています。整形外科分野では札幌医科大学から脊髄損傷に対する骨髄由来MSCの有効性が報告されており、細胞治療薬として保険収載されています(ステミラック®注)。しかし自己MSCを用いる治療には、細胞のリソースに限りがある、細胞ごとに有効性が異なる、などの問題点があります。
さてMSCはhuman leukocyte antigen(HLA) class II抗原を欠くため、他家移植が可能であることが知られています。この論文で著者らは、健常ドナー由来のiPS細胞から分化させたMSCをGMPに準拠した最適化された製造工程を用いて製造し(CYP-001)、そのステロイド抵抗性急性移植片対宿主病(SR-aGvHD)患者に対する忍容性、有効性を検証した第1相非盲検臨床試験(NCT02923375)の結果を報告しています。16名の患者に対する投与ということで小規模なものですが、結果は大きな有害事象もなく、有効性もしめされたというものです。iPS細胞由来のMSCには理論上は数の制限がなく、また均質性も担保されることから、今後このようなアプローチが様々な疾患に応用されることが期待されます。
Bloor et al., Production, safety and efficacy of iPSC-derived mesenchymal stromal cells in acute steroid-resistant graft versus host disease: a phase I, multicenter, open-label, dose-escalation study. Nat Med. 2020 Sep 14. doi: 10.1038/s41591-020-1050-x. 

ヒト免疫学の重要性

2020-10-01 15:43:53 | 免疫・リウマチ
COVID-19克服の切札(?)としてワクチンが切望されている中で、ヒト免疫学(human immunology)の重要性が改めて注目されています。本reviewはStanford大学のBali PulendranとMark M. Davisによるhuman (clinical) immunologyについての非常に興味深く情報が多いreview articleです。
動物モデル、中でもマウスモデルが免疫学において果たしてきた役割は極めて大です。しかしいろいろな面でマウス免疫学はヒトの免疫学とは似て非なるものであることも分かっています。何よりもマウスを用いた研究の多くは、遺伝的に均一なstrainを用いて行われており、極めて遺伝的多様性に富むヒトとは異なります。またほとんどの研究にはspecific pathogen-free(SPF)マウスが用いられるために、常に多くのpathogenにさらされているヒトとは免疫学的な環境が異なります。動物とヒトにおける免疫反応乖離の実例として、動物実験では全く副作用が見られなかった抗CD28抗体theralizumabの臨床試験における壊滅的な有害事象の発生は記憶に新しいところです。
ヒトの多様性はヒト免疫学研究を困難にしている点でもありますが、近年のomics technologyやsingle cell解析などの新たなアプローチの応用は、このような困難さを克服する大きな助けになっています。様々な自己免疫疾患の病態メカニズムのみならず、ワクチンについても、例えばインフルエンザワクチン投与の3-7日後のTLR5発現と1カ月後の抗体反応とが強い相関を有するなどの結果がomicsのアプローチから得られています。
このような研究手法の変化は、研究性質自体を変化させています(著者らはcultural challangesと呼んでいます)。一人の研究者や一つのラボでは研究のすべての過程をカバーすることが困難になり、分野を超えての共同研究が必須になっています。一つの論文に数十人のオーサーが名を連ねる、といったことも珍しくありません。しかしこのような中でも、”scientific discovery has always been, and will continue to be, driven by the creativity and conceptual ideas of individual scientists.(科学発見は個々の科学者の創造性や概念的発想が、これまでも、これからも重要である)”としめくくっています。