少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

スパイたちの遺産

2020-11-29 18:43:39 | 読書ブログ
スパイたちの遺産

スパイたちの遺産 (ジョン・ル・カレ/ハヤカワ文庫NV)

引退した老スパイが、昔の作戦にかかわる裁判沙汰のため、当局に呼び出されて尋問を受ける。合間に、証拠として提示された報告書の記述と、老スパイの回想がまじる構成で、決して読みやすくはないが、諜報活動をリアルに伝えるという効果は出ている。

この作品は、『寒い国から帰ってきたスパイ』の背景を描き出すとともに、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』から始まるスマイリー三部作の後日談ともなっているので、先にこっちを読んでしまうと、完全にネタバレになるので注意。

この作者は、冷戦終了後も、さらに、冷戦に勝利したはずの自由主義陣営の優位が疑わしくなった21世紀以降も、時代の本質を突く作品を書き続けている。この作品では、改めてかつての諜報活動を振り返ってその意義を問い、失われた命を悼んでいるようにみえる。

作者の年齢を考えると、1冊でも多くの作品を残してくれることを祈るのみである。(このフレーズは、フレデリック・フォーサイスにもそのまま当てはまる。最近、自伝を著したことも共通している。)

最後の方で描かれる、スマイリーの近況とカーラの行く末が、いかにもこの作者らしい。

マカロンはマカロン

2020-11-22 17:29:58 | 読書ブログ
マカロンはマカロン(近藤 史恵/創元推理文庫)

『タルト・タタンの夢』、『ヴァン・ショーをあなたに』に続く3冊目。

「推理もの」だが、殺人事件などが起こるわけではない。フレンチのビストロを舞台に、日常に潜む小さな刺のような謎を、食の知識と洞察力に富んだシェフが解明する、という短編連作。

あるだけ全て読みたくなるような中毒性のある作品だが、料理をめぐる謎とき、という趣向から、ネタ探しは相当難しそうだ。文庫ベースで数えると、6年間で3冊目というのはずいぶん遅いと思うが、しょうがないのだろう。

個性あふれる登場人物、食べてみたい料理、行ってみたい店。読み口は軽やかですいすいと読めてしまう。注意深く、すみずみまで配慮の行き届いた作品。この作者の他の作品は読んでいないが、探してみたくなる。

なお、タイトルは一見、分かりにくいが、読めば必ず、なるほど、と思うはず。

ビブリア古書堂の事件手帖II~扉子と空白の時~

2020-11-15 18:27:56 | 読書ブログ
ビブリア古書堂の事件手帖II~扉子と空白の時~(三上延/メディアワークス文庫)

最初のシリーズの1巻から7巻までは、楽しませてもらった。

主人公の武骨な青年と、古書店の若き女主人の栞子の物語は、立ち上がりこそ、ありきたりなキャラ設定の軽い読み物とも見えたが、巻が進むにつれて、多様な登場人物が織りなすドラマと、古書をめぐる謎が絶妙に絡み合う良書へと成長していった。

最終巻では、栞子の母親の謎、古書の謎、物語の行く末を、どのように収束させるのかとハラハラしていたら、ほぼ満点の美技を演じて見せた。

その後、~扉子と不思議な客人たち~が出版され、シリーズで描き切れなかったエピソードを集めた後日談として読んだ。

そして今作では、2人の娘である扉子が成長する期間の覚書という体裁で、横溝正史の作品をめぐる新たな物語を紡ぎ、扉子を主人公とする新たなシリーズを書き継ぐ意思を明確にした。楽しみにしたい。

三体

2020-11-09 19:25:32 | 読書ブログ
三体(劉慈欣/早川書房)

一度投稿した記事を、誤操作で削除してしまったので再投稿します。内容が少し変わるかもしれませんが、あしからず。

話題の中国SF。ケン・リュウの英訳で一躍人気になった。

この作品は、最先端の物理学者が次々と自殺しているが、それは何故か、を解明する内容。その過程で、ニュートン物理学から派生する『三体問題』をテーマとするシミュレーションゲームが出てくる。

ストーリーを楽しむ作品に関しては、できる限りネタバレしない、というのが私の方針だが、この作品は全くのネタバレなしで紹介するのが非常に難しい。ある有名サイトでは、この作品のあらすじを完全ネタバレで紹介している。

で、ネタバレかもしれないが、読了後に次のような感想を禁じえなかったことだけは書かせていただきたい。

これほど過酷な世界で、高度な文明が発達することが可能なのか。

にもかかわらず、SFファンならば、読まないという選択肢はない、と断言できるほど、この作品を評価していることを申し添えたい。

スマイリーと仲間たち

2020-11-01 18:08:26 | 読書ブログ
スマイリーと仲間たち(ジョン・ル・カレ/ハヤカワ文庫)

ジョン・ル・カレのスマイリー三部作の完結編。

何が完結するかというと、ソ連のスパイマスター、暗号名『カーラ』とスマイリーとの因縁の対決。

ソ連からの亡命者が殺されたため、前作の作戦終了後、サーカスを引退していたスマイリーが呼び戻される。彼はほぼ単独でスパイ活動の現場に戻り、記憶と記録と工作員の行動原理から、真相に近づいていく。

その過程のリアリティーが、本作の魅力のすべて。30年以上前に出版された有名作品ではあるが、少しもネタバレせずに紹介しようとすれば、多くのことは書けない。このシリーズを通じて読者の気がかりであった妻との関係も、劇的ではないが、一応の終結に至る。

そして、ラストシーンは、いかにも冷戦時代のスパイ小説らしい、とだけ言っておきたい。