少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

空のあらゆる鳥を

2023-08-25 20:34:29 | 読書ブログ
空のあらゆる鳥を(チャーリー・ジェーン・アンダーズ/東京創元社)

「ネビュラ賞・ローカス賞・クロフォード賞受賞の傑作SFファンタジイ」という宣伝文句に惹かれて読んでみた。

二人の主人公。ひとりは早熟な天才科学少年。もう一人は、なかなか覚醒しない魔法少女。子ども時代、周囲から浮いている二人は、壮絶ないじめに遭う。

大人になった二人は、それぞれ独自の使命を持つ秘密結社の一員として再会する。やがて、超大型のハリケーンによる地球滅亡の危機がせまり・・・という展開。

感想をいくつか。

前半はいじめの描写が続く。もしかしたらある種のギャグのつもりかもしれない、と思えるほど徹底的にいたぶられ、読むのがつらい。

大人になってからは、さまざまな要素が詰め込まれたドタバタ気味の展開ではあるが、十分に、読ませる要素はある。

科学VS魔法という構図の中で、科学の側が悪役っぽいのは、ファンタジーの定法かもしれないが、最先端科学の扱いが、少し雑な気がする。

SFというよりはファンタジーで、しかも子供向けの行儀のよい作品ではない。万人に受けるものではないが、異色のファンタジーを読みたい人はどうぞ、というところか。ちなみに、タイトルはほぼ原題どおりだが、あまり内容と合っていない。

「版元ドットコム」で書影が使用不可になっているので、いつもの猫画像を。

上海灯蛾

2023-08-18 19:52:10 | 読書ブログ
上海灯蛾(上田早夕里/双葉社)

2022年1月に、この作者の『破滅の王』を紹介した。細菌兵器を主題とする国際謀略小説で、第二次世界大戦前から終戦までの上海を舞台としていた。

時代と場所はほぼ同じ設定だが、今作の主題は阿片。

序章で死体を川に沈めるシーンが描かれる。上海、そして阿片という灯火に誘引される悪人たちの物語だから、ハピーエンドにならないのは当然か。

第一章では、雑貨屋を営む主人公のもとに阿片を売りたいという女性が現れる。それを端緒に、阿片をめぐる悪人たちの暗闘が繰り広げられる。絶望的な貧困から逃れて上海にたどりつき、のしあがろうとする若者。裏社会を支配する闇の組織。そして大日本帝国陸軍。暴力的な場面と、多数の死体。

このような道具立てや、500ページを超える分量にもかかわらず、物語は思いのほか軽快に進み、予想したよりはずっと読みやすかった。ノワールあるいはピカレスクという言葉が思い浮かぶが、どうもしっくりこない。ここは単に日本語で悪漢小説と呼びたい。

登場人物の誰にも感情移入できない、けれど読後感が悪くないのは、主要人物の己を曲げない生き方の所為だろうか。

この作者のSFを、まだ読んでいない。

吉原と外(なかとそと)

2023-08-11 20:58:17 | 読書ブログ
吉原と外(なかとそと)(中島要/祥伝社)

今年4月に『誰に似たのか』を紹介して以来、この作者の作品を追いかけている。その中で捕物帖も見つけたが、2冊だけで続編が途切れているのが残念だ。ノンシリーズも何冊か読んだが、その中で一番、印象に残ったものを紹介したい。

タイトルと表紙のデザインから、吉原の遊女の話であることはすぐに分かる。実質的な主人公は、18歳で大店の主人に身請けされ、妾となった元遊女だが、ストーリーは、彼女に仕える、売れ残りと言われる年齢(23歳)になった女中の視点で書かれている。

6つの章に分かれており、各章には、「鬼」の文字を含む見出しがつけられている。鬼に見立てられているのは、苦界の辛酸をなめつくし、世知にたけた元遊女。年配だが男女の機微にうとい女中との掛け合いを通じて、妾稼業のありさまが描かれる。なかなかに味がある人情ものと読み進んでいくうちに、思わぬ展開が。

話の転がっていく先はここには書かないが、こういう時代小説の作り方もあるのか、と思った。

この作者の作品には、それぞれの境遇のもとで、強く前向きに生きる女性が描かれている、という印象を受ける。

この作者の「着物始末暦」シリーズはまだ読んでいない。多分、読むと思う。

旅のつばくろ

2023-08-04 20:52:37 | 読書ブログ
旅のつばくろ(沢木耕太郎/新潮社)

沢木氏の本で、明確に読んだ記憶があるのは『テロルの決算』で、40年以上前だ。その本を、都心から水戸方面に行く列車の中で読んだことまで覚えているのは、会いに行った女性との会話で、その本が話題になったから。

当時は気鋭のルポライターと認識していたが、いまや日本屈指のノンフィクション作家である氏の著作をほとんど読んでいないのは、その後の読書範囲にノンフィクションが入っていなかったから。

本書は、良質なエッセーを探索する中で見つけた一冊で、JR東日本車内誌に連載されたものを単行本化したもの。主に東日本への鉄道の旅を題材にしているが、著者が16歳の時に敢行した12日間の東北一周旅行の記憶が、全編を通しての基調低音のように響いている。

ときに旅は人生にもたとえられるが、世界中を旅し、旅の中で生きてきた著者が、国内のあちこちを旅しながら、それぞれの土地の思い出やゆかりのある人について語る。その語り口は、紀行文の形を借りた、ある種の自伝のようにもみえる。

この本の発行は2020年4月だが、続編『飛び立つ季節』もすでに発行されている(2022年6月)。旅はまだ終わらず、西や南へと続いていくようだ。