少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

三体Ⅲ 死神永生

2021-05-29 07:00:00 | 読書ブログ
三体Ⅲ 死神永生(劉慈欣/早川書房)

昨秋以来、紹介してきた中国SF三部作の、完結編。

できるだけネタバレを避けながら紹介してみる。

第二部の結末として到達した状態は、その性質上、きわめて不安定であり、いずれ大きく変化するはずだ。作者は、その後どのようなことが起こりうるかを深く思索し、驚愕の、しかし起こってみれば当然の筋書きを見つけたようだ。そのために必要な人物を、時代をさかのぼって描き出す。まず、主人公と奇妙な縁を取り結ぶ薄幸の青年を、その後、若き研究者として活躍する主人公を。主人公は人工冬眠を繰り返し、筋書きを追い続ける役割を与えられる。

物語の重要な要素として、物理学の「次元」と、「生命は環境に左右されるが、環境もまた生命の存在によって変わる」という視点が持ち込まれる。これらの道具立てを使って、暗黒森林の原理をこの宇宙に適用すれば、人類と三体人に、そしてこの宇宙に、どのようなことが起こるのか。結末が想像を超える、という帯の文句に誇張はない。

(ほとんど紹介になっていない。)

途中からは、物語というよりは、物理学と想像力を織り交ぜた、一種の思考実験のような感じがした。この作者にしか書けない、壮大なSF。しかし、SFファンでなくても読むべき、という評価は、とりあえず控えておこうと思う。

いずれにしても、ハードカバーを発売直後に買うのは数年ぶりで、後悔はしていない。


赤銅(あかがね)の魔女

2021-05-22 07:00:00 | 読書ブログ
赤銅の魔女(乾石智子/創元推理文庫)

この人の『夜の写本師』を読んだ時の衝撃を忘れられない。扉に書いてある「日本ファンタジーの歴史を塗り替え、読書界にセンセーションを巻き起こした著者のデビュー作」という言葉は、決して大げさではない、と思った。

その後、創元推理文庫で発売されたこの人の著作は、たぶんすべて購入している。<オーリエラントの魔術師>シリーズの作品群は、ファンタジーにとって不可欠の、独自の世界像を描き出すのに成功している。

この作者の魅力のひとつは、様々なヴァリエーションの魔法だと思う。本を媒介とする魔法。獣を操る魔法。人形と人体の一部を使って呪いをかける魔法。人や獣を殺してその活力を手に入れる魔法。死体を扱う魔法。石を扱う魔法。

中でも私が好きなのは、『オーリエラントの魔導士たち』の短編で初登場し、『紐結びの魔導士』で描かれた、紐をさまざまに結ぶことで、まじないをかけたり罠をしかけたりする魔法。かなりの年配だが、独特の魅力と色気のあるおじさん。

で、この作品は、そのおじさんを主人公に、衰退したコンスル帝国を舞台に新たな冒険を描くシリーズ三部作の、1作目らしい。シリーズ展開途上の作品を紹介するのは、リスクもあるが、現在進行形の臨場感もあって嫌いではない。

というわけで、このシリーズは、文庫で発売されることを前提に、できるだけリアルタイムで紹介したい。

図書館の外は嵐 穂村弘の読書日記

2021-05-15 07:00:00 | 読書ブログ
図書館の外は嵐 穂村弘の読書日記(穂村弘/文芸春秋)

この人が、どの程度世に知られているのか、見当がつかない。「週刊文春」の連載エッセーを単行本にしたものだから、私が思う以上に有名人なのかもしれない。

しかし、同じ年に生まれた、同じ歌人である俵万智ほど名が売れているとは思わない。私がこの人を知ったのは、彼女に関する本のどこかで見かけたから。その後、歌集だけでなく、短歌の選評やエッセーも書いていることを知り、図書館で見かけるたびに、少しづつ読んできた。

いつか、この人の著作を紹介したいと思っていたが、これ、という作品を絞り切れず、形式自体が私の好みであるこの本を取り上げることにした。

この読書日記には、75冊の本が取り上げられているが、私が読んだことのあるのは、アシモフの『鋼鉄都市』だけだった。しかし、未読の本でも読書日記は楽しめるものだし、この人の文章を読んでいると、言葉の専門家の頭の中がのぞけるような気がする。やはり歌人だけあって、詩や俳句、短歌に関する論評は鋭い。

実は、俵万智のエッセーなども取り上げたい気持ちはあるのだが、あの人は、生き方そのものが一種の芸術作品のような気がして、私の手には負えない気がする。

幻の女

2021-05-08 07:00:00 | 読書ブログ
幻の女(ウイリアム・アイリッシュ/ハヤカワ文庫)

ハヤカワ文庫のミステリー。HMの記号がついたハヤカワ文庫を買うのは、30数年ぶり、と書いたのは2週間前だが、その時に紹介した『あなたに似た人』と同じ時に買ったもの。(もう、他にはない。)

3月まで実施されていた「ハヤカワ文庫創刊50周年記念フェア」の帯がついており、江戸川乱歩に「世界十傑」と評された海外ミステリのオールタイムベスト、との宣伝文句。解説でも、池上冬樹氏が「古典中の古典であり、読んでいて当たり前」と書いている。

不明にも未読だった私は、かなり期待してページをめくった。

「死刑執行日の150日前」という章から始まる物語は、だんだんとその数字が減っていく。妻と食事してショーを見るはずだった夜、主人公は妻と争い、外に飛び出して、見ず知らずの女を見つけて予定の行動をとる。家に帰ると妻は殺されていて、アリバイを証言するはずの女は、不幸な偶然の積み重ねで、誰も見ていない、という。果たして彼は助かるのか、という趣向の作品。

さほど推理小説を読み込んではいないが、オールタイムベストという評価と、推理ファンでなくても読んでおきたい、ということについては、何の留保もなく、賛同したい。

永遠のおでかけ

2021-05-01 07:00:00 | 読書ブログ
永遠のおでかけ(益田ミリ/毎日文庫)

この人も、短い期間で2冊目を紹介することになった。本屋で新しい文庫を見かけたものだから。

叔父さんが死んだ話から始まり、1年もたたないうちに父親の具合が急に悪くなる。やがて父を見送り、ふとした折に父を思い出して・・・

父親の死の前後を綴ったエッセーである。21章からなるが、気になるのはそれぞれの章が書かれた時期のこと。エッセーはよく、雑誌などに連載されたものが、ある程度まとまると単行本として出版される。もしこの本が、そのような形で現在進行形で書かれたものならば、そんな作業ができる人の頭の中はどうなっているのだろう、と思った。

(現在進行形のエッセーといえば思い出すのが、町田康氏の『猫にかまけて』に始まる猫エッセー。あまりに痛ましすぎて、2冊目まで読むのが精いっぱいだった。そういえば、この人もエッセーしか読んだことがない。)

文庫では、最後の1章だけ、少し遅れて書かれたこと以外は分からないので、調べてみると、文庫になる前の本は書きおろしで出版されていた。(しかし、筆者が現在進行形で書いていた可能性は否定できないが・・)

と、余計なことを書いたが、作品そのものは、この人の良質な部分がにじみ出ており、エッセーとしての代表作、と評されてもおかしくないと思う。