少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

あなたに似た人

2021-04-24 07:00:00 | 読書ブログ
あなたに似た人(ロアルド・ダール/ハヤカワ・ミステリ文庫)

SFでも、ファンタジーでも、スパイものでもないハヤカワ文庫を買うのは、本当に久しぶり。多分、30年以上は買っていない。『三体』の第三部が3月に出ると思っていたのに5月になって、ハヤカワ成分を補うために、本屋で物色していて見つけた。

訳者あとがきをみると、この短編集は、詩人の田村隆一氏が半世紀以上前に翻訳して、広く読まれてきたらしい。また、この作者は、映画《チャーリーとチョコレート工場》の原作も書いている、とのこと。

いずれにしても、50年以上、接点のなかったこの本が目に留まったのは、まあ、悪くなかった。ちょっと毛色の変わった作品で、必ずしも推理小説とはいえない。アメリカで探偵作家クラブの賞を受賞しているが、収録されている11の作品のいずれも、謎や推理を主眼としたものではない。(ときどき、英米ではミステリーの範囲が広すぎる、と思う。)

たとえばそれは、オー・ヘンリーを思わせるような、切れ味のよい短編だが、最も顕著な特徴は、小説の終わり方にある。どの作品も、「ええええ!」という、独特の終わり方で、こういう作品があるんだと知るだけでも、この本を読む価値は十分にある。




銀河の片隅で科学夜話

2021-04-17 07:00:00 | 読書ブログ
銀河の片隅で科学夜話(全卓樹/朝日出版社)

特殊な分野の専門家が書いたエッセーは、それなりに面白い。

が、「それなり」の域を超えて、非常に面白いことも多い。

この本は、物理学者が書いたエッセーです。物理学者のエッセーといえば、寺田虎彦を思い浮かべる人も多いと思うが、彼のは、科学者が書いたエッセーで、必ずしも科学に関するエッセーとは言えない。

で、この本は、物理学者が、科学に関するテーマを取り上げて書いたエッセー、という点で、日本ではあまり例がないかもしれない。

科学者が、科学について書いたエッセーとしては、ファインマンさんのシリーズとか、「科学の発見」を書いたワインバーグとかがあって、そういうのと比べるのは少し気の毒だとは思うが、現在、高知工科大学理論物理学教授のこの方も、エッセーの達人として評価される価値は十分にあると思う。

22のお話があって、そのうちの少なくともひとつは、あなたがこれまで聞いたことがない驚きがあると思う。そういうのを楽しみたい人には、他にはない貴重な本のはずだ。私にとってのそれは、「付和雷同の社会学」とか、「多数決の秘められた力」で、物理学者がこんな研究をしているのか、という意味で驚きだった。

たぶん、あまり評価されにくいこの本を、私としては、控えめに推奨します。

孔丘

2021-04-10 07:30:00 | 読書ブログ
孔丘(宮城谷昌光/文芸春秋)

宮城谷昌光氏の作品には、はずれがない。まだ読み残している作品はあるが、それは興味がないからではなく、長いから。

作者は、春秋・戦国時代の名君・名臣の物語を多く書いているが、作者によると、中国が一番輝いていたのは戦国時代、とのこと。人々が宗教や教学に縛られず、自由に発想し行動できたから。作者は用心深く、清朝までの歴代王朝の中では、という限定をかけているが、現代まで延長しても、その事情は変わらない気がする。(現代の中国人には、お気の毒さま。)

私が一番気に入っているのは、『重耳』である。国同士の権謀術策を尽くした政事と軍事。王位をめぐる親子・兄弟の争い。王の徳・不徳と国の盛衰。
これぞ中国史、という内容である。

で、この作品は、孔子を主人公とする物語。『論語』は、孔子の教えを弟子たちが記述したもので、歴史的な文書としては、ほとんどあてにならない。孔子の生涯をたどることは、老子ほどではないにしても、雲をつかむような作業に違いない。それでも作者は、残された文献を読み込んで、もっとも有りうべき物語を紡ぎだすという、いつもの手法を尽くすことに全力を注いでいる。確かに、この作者にしか書けない作品だ。

孔子は、国家を繫栄に導く政治家としては失敗の連続であったが、作者は、偉大な思想の完成のためにはそのほうがよかった、と思っているようだ。いずれにしても、この作者の作品は、すべてお勧めしたい。


みかんとひよどり

2021-04-03 07:00:00 | 読書ブログ
みかんとひよどり(近藤史恵/角川書店)

この作者の作品を紹介するのは、この半年で3冊目。それほどのファンでもないのだが、やはり、好みの作品が多いというか。

で、この作品もこれまで紹介した『マカロンはマカロン』や、『ときどき旅に出るカフェ』と同じく、料理店をめぐるお話。

料理学校では良い成績で自信をもっていたのに、自分の店を出すと潰れてしまい、雇われシェフとしても店を潰してきた主人公。とある出来事で猟師と出会うことで、かねて興味のあったジビエに深く関わることになる。

ジビエをビジネスとして成功させる筋道と、二人のプロフェッショナルの成長が織られる糸のように絡みあって心地よい文章が流れていく。この作者独特の推理の要素も、際立って現れることはない。

ほぼ2年前の発刊で、つまりコロナ禍以前の作品。料理店の皆様にエールを送ります。