少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

日本史を暴く

2023-06-30 21:24:22 | 読書ブログ
日本史を暴く(磯田道史/中公新書)

タイトルはやや過激だが、読売新聞に連載されている歴史コラムを収録したもの。

著者は歴史学者。古文書を読みこなして、これまで見過ごされてきた新たな事実を掘り起こすのが得意なようだ。そのスタイルに既視感を覚えて調べてみたら、2020年12月に、この人の『日本史の探偵手帳』を紹介していた。ほかにも歴史関連のエッセーが多数あるようで、エッセー好きを自認する者としては、認識不足を反省したい。

今回、印象に残ったのは、忍者。4本の記事があり、過酷な任務のわりに報われることの少ない悲哀が描かれている。

猫に関する記事は2本ある。江戸時代には、現代と同様、家族のように扱う飼い方が、一部で出現していた。

ほかにも、明智光秀の人物像や、鼠小僧の実態を紹介するものなど、歴史ものをあまり読まない門外漢には、意外性のある記事が多い。

日本史では、私が半世紀前に教科書で習った歴史解釈が、変更されていることも多いらしい。一方で、史料に基づかずに表明される「個人の意見」も巷間にあふれている。そういう中で、この人の著作は、よい指南役になりそうだ。

無限の書

2023-06-23 22:02:14 | 読書ブログ
無限の書(G・ウィロー・ウィルソン/創元海外SF叢書)

サイバーパンクと魔術的世界が融合する傑作SFファンタジイ(裏表紙に書かれた宣伝文句)

サイバーパンクといえばウィリアム・ギブスンが思い浮かぶが、そうした雰囲気はあまり感じられず、むしろアラビアンナイト的なファンタジーの要素が強い気がする。

タイトルの「無限の書」は、『千一夜物語』と対をなす名称の『千一日物語』のことで、作中では、精霊(ジン)が人間に伝えた写本、という設定になっている。千一日物語とはたいそうな名前で、作者の創作かと思ったら、実在するようだ。ただし、作中で描かれた内容は実在のものとは別物。

貧富の差が激しく、様々な差別が横行する専制国家が舞台で、物語の展開上、過酷な場面の描写もあるが、全体的には読みやすい。アラブ世界を描いた作品は(子供向けの童話を除いて)まったく読んだ記憶がなく、珍しいものを読ませてもらった、という印象。

今週は、もう1冊、タイトルだけ紹介したい。

『成瀬は天下を取りに行く』(宮島未奈/新潮社)



拝見しているブログで紹介されていたので読んでみた。記事にするのを断念したのは、ぜひ、書いてみたい文章を思いついたが、明らかにネタバレだから。


異常(アノマリー)

2023-06-16 20:25:13 | 読書ブログ
異常(アノマリー)(エルヴェ・ル・テリエ/早川書房)

本屋で見かけたとき、異色ではあるが評判のよさそうなSF、という感じがした。

読んでみると、いきなりクールな殺し屋が出てきて、それから、性別、年齢、国籍、職業の異なる、様々な人々が描かれる。そういう叙述スタイルの作品は、ままあることだし、かなり読みやすいので、気楽に読み進めていくと、登場人物には、ある共通点があることに気付く。

そして、タイトルの「異常」の意味が明らかになる。

ネタバレなしにこの本を紹介するのは、本当に難しいと思う。だから、感想ともいえない断片を少し。

SFとミステリーの融合、という評があった。まあ、SFと呼ぶしかないだろうが、SFを読んだ、という読後感はなかった。「異常」に直面した時に、特殊な事情がある人に、どのような問題が起こるのかについて、広範な知識を駆使して展開する思考実験、というのが一番近い印象。だから、たとえば殺し屋を登場させたのは秀逸だと思う。

アメリカ合衆国と中国が、フランス人から見てどういう国にみえているのかが垣間見える。アメリカは説明責任と分断の国。中国は専制と秘密主義の国。

そして、このような「異常」の原因については、荒っぽい推定はあるが、明確な結論はない。その代わりにか、あるいは、それ故にか、ラストは「???」。これはフランス流の諧謔なのだろうか。

と、勝手なことを書いたが、読むべき価値のある作品であることは、間違いない。

書影は版元ドットコムから。



パンクなパンダのパンクチュエーション

2023-06-09 21:45:22 | 読書ブログ
パンクなパンダのパンクチュエーション(リン・トラス/大修館書店)

これは、4月に紹介した『図書館司書と不死の猫』の作者リン・トラスの作品。

パンクチュエーションというのは耳慣れない言葉だが、「句読法」と訳されている。句読点の使い方、ということだが、文法書ではなく、句読法をテーマとするエッセー。

内容は、「アポストロフィーやコンマの使い方がひどく乱れている。」という、文章の乱れに対するぼやき。例えば日本語の乱れを嘆くのと同様の趣向だが、そこはイギリス流のユーモアで、句読点の使い方で意味が変わる例や、間抜けな誤用を挙げながら、ひととおりの句読点を取り上げていく。

感想を少し。十分に面白いが、もう少し英語に堪能であれば、もっと楽しめるはず。また、アポストロフィーやコンマの使い方は、それなりに学習した記憶があるが、コロンとセミコロンの違いは、誰からも教わらなかった気がする。今回、その違いを理解できたのは、思わぬ収穫だった。

苦言も少し。誤字脱字が多い。また、女性の話し言葉で訳されている部分が気になる。ラジオ番組から生まれた本なので、その雰囲気を出そうとしたのかもしれないが。

最後にタイトルについて。原書のタイトルは
Eats, Shoots & Leaves
(食べ、撃ち、立ち去る)で、
(竹の)芽や葉を食べる
(eats shoots and leaves)
パンダが、余分なコンマのために、奇怪な行動をとる動物になってしまった、という趣向。

「版元ドットコム」に書影がないので、猫画像の中に写りこませる。(県立図書館が所蔵せず、主要書店に在庫がなかったので、もしかしたら県内に1冊しかないかもしれない。)

証言 羽生世代

2023-06-02 20:23:19 | 読書ブログ
証言 羽生世代(大川慎太郎/講談社現代新書)

将棋界には、羽生世代という言葉がある。

多くの人が、将棋の歴代最強は、羽生善治だと思っていたはずだ。大山康晴以降の大棋士の系譜の中でも、あるいは江戸時代の天野宗歩まで引っ張り出しても、頭一つ抜けている、と。(藤井聡太が現れて、それを超えるかも、という期待が大きくなっているが、それはまた別の話。)

で、羽生と同じ年代の棋士には、実績で羽生に及ばないものの、バケモノのように強い棋士たちがいて、30年にわたり棋界のトップを占めてきた。それが羽生世代と呼ばれている。

本書は、羽生世代の棋士たちについて、本人や周辺の棋士たちへのインタビューを通じて、その姿を描き出そうとしたもの。

中核にいる棋士として、羽生のほか森内俊之、佐藤光康、郷田真隆の3名が挙げられている。また、周辺の棋士からは、羽生世代の突き上げを受けた人(谷川浩司など)、同世代だが羽生世代に入るか微妙な人(藤井猛など)、羽生世代に挑んだ人(渡辺明など)をそれぞれ4人、選んでいる。その人選が絶妙だ。

インタビューでは、羽生世代が将棋界にもたらした変化や、この世代に強い棋士が集まった理由について聞いている。それぞれの立場からの分析が、(要約も引用もしないが)非常に興味深い。

2018年以降、羽生世代のタイトル保持者はいなくなった。結局、棋力は年齢とともに衰える、ということだが、そのタイミングが藤井聡太の出現やAI研究の隆盛と重なるのも象徴的だ。本書は、この時期にしか書けなかっただろう。

そして、羽生を単独で取り上げた数多の類書よりも、この本は、羽生とその時代をよく表している。

文中、失礼ながら、棋士の名前に敬称を省略しました。藤井聡太さんの偉業に拍手!