少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

捜査線上の夕映え

2022-12-31 07:00:00 | 読書ブログ
捜査線上の夕映え(有栖川有栖/文芸春秋)

推理沼には深入りしたくない、といいながら、この作者の作品は、かなり読んでいる。

この作品は長編ではあるが、おなじみの「臨床犯罪学者 火村英生シリーズ」なので一気に読み進めることができた。

マンションの一室で男が鈍器で殴られて殺される。死体はスーツケースに詰められた状態で発見される。容疑者が何人か浮かび上がるが、決め手がない。もどかしい、地味な事件を題材に、作者は、美しい夕映えのような構図を描いて見せる。

作者があとがきで書いている、ネタバレのおそれがあることを、もう少し薄めて書くことを許していただきたい。この本には、一軒のうどん屋が出てくる。(それがこの本を取り上げた大きな理由でもあるのだが、香川県人から見れば、このうどん屋は特定できる。)

いくつかの感想。コロナ禍に苦しみながらの捜査の描写をはじめ、さまざまな細部は、同時代を描いた作品であることを強く意識させる。火村がいかにも肩身が狭そうに煙草を吸うシーンもその一つ。

また、謎が解明されるのに伴って、犯行の実態や動機、事件の背景など、すべてが鮮明になる。その読後感がよかった。『鍵のかかった男』と同じくらい、いいものを読ませてもらった、と思った。


子宝船

2022-12-24 07:00:00 | 読書ブログ
子宝船(宮部みゆき/PHP研究所)

宮部みゆきの「きたきた捕物帖」の第二作。

16歳の、まだ岡っ引き見習いとも呼べない「北一」が、縁あって知り合った同年代の「喜多治」と協力しながら、遭遇する事件の解決を目指す。

第一作では、『初ものがたり』に登場した食い物屋の親父と喜多治との縁が示唆されたが、今回は、『ぼんくら』シリーズの政五郎親分とおでこが登場する。また、出番はないが弓之助の消息も語られる。(このあたり、わかってらっしゃる、という感じ。)

この作者の作品は、かなり前に『火車』や『模倣犯』などを読んだが、ある時期からはこの系統しか読んでいない。それは、池波正太郎、平岩弓枝、佐藤雅美を読み始めた時期と重なっている。

で、あらすじを紹介するような作品ではないので、感想を少し。

『<完本>初ものがたり』で追加された3作品では、何でも謎を解明すればいいというものではない、という知見が示されるが、今作もその色合いが強い。

もうひとつ。『ぼんくら』シリーズでは、作者の心理描写の深さと緻密さに舌を巻いたが、このシリーズでは作者の姿は見えず、主人公が思いどおりに考え、行動する。それがそのまま文章になっているような印象を受ける。

ザ・フォックス

2022-12-17 07:00:00 | 読書ブログ
ザ・フォックス(フレディック・フォーサイス/角川文庫)

巨匠フレディック・フォーサイスの今回のテーマは、サイバー戦争。

2019年、米国のNSA(国家安全保障局)のシステムが、何者かの侵入を受ける。世界で最も厳重なセキュリティを破ったのは、英国の18歳の若者だった、という設定で物語が始まる。

タイトルのフォックスは、この若者のコードネームだが、実質的な主人公は別にいて、敵役もいる。この人の作品は、国際謀略小説という言葉がぴったりなのだが、今回は、スパイ小説の要素が非常に強い。

帯や裏表紙に書かれている内容から、この程度はネタバレにはならないはず。あと少しだけ情報を付け加えるとすれば、この作品も、『コブラ』や『キル・リスト』と同様、一種のシミュレーション小説と考えてよさそうだ。不可能を可能にする天才的なハッカーがいれば、この世界を好転させるために、どのようなことができるか。

感想はいろいろあるが、2つにしぼってみる。

フィクションではあるが、背景となる各国の軍事戦略や世界情勢は現実そのもの。作品の刊行は2018年で、ロシアと米国の大統領は、固有名詞では表現されていないが、あの二人であることは明白。そして、ロシアの方は、政治家というよりは冷酷なスパイマスターに過ぎないことが、よく描かれている。

訳者あとがきで、この人の作品が「ジャッカル」で始まり「フォックス」で終わる、というネットの声が紹介されているが、訳者とともに、できればもう1作を期待したい。

暇と退屈の倫理学

2022-12-10 07:00:00 | 読書ブログ
暇と退屈の倫理学(國分巧一郎/新潮文庫)

タイトルどおり、暇と退屈に関する哲学書。ある意味で人類最大の課題ともいえる「暇と退屈」について、どのように対処すべきかを考察している。

本を紹介する際、ストーリーを楽しむタイプの作品は、ネタバレしないように心がけているが、科学解説書など知識を広めることが主眼の本は、むしろ要点を伝えるように努めている。(私の力量では伝えきれないことが多いが。)

この本は哲学の解説書だから、ここに結論を書くこともできるが、やめておこうと思う。それは、著者が次のように明言しているから。

「結論だけを読んだ読者は間違いなく幻滅するであろう。」
「結論は、本書を通読するという過程を経てはじめて意味をもつ。」

その過程では、ルソー、パスカル、バートランド・ラッセル、ハイデッガーら先人たちの考察を基礎に、その意義や誤りを分析し、段階を追って、暇と退屈の本質に切り込んでいく。(特に誤りの指摘は容赦がない。)確かに、ネタバレなしのほうが、読む楽しみが多い気がする。

巻末には、付録として「なぜ人は退屈するのか」という基本的な問いに関する、ひとつの仮説が提示されている。

本屋で文庫本を見かけるまで、この本の存在を知らなかったが、これは、「読むべき本」の範疇を超えて、知っておくべき「重要な知見」の域に達していると思う。

老いた男

2022-12-03 07:00:00 | 読書ブログ
老いた男(トマス・ペリー/ハヤカワ文庫)

老いた男は、かつてアメリカ陸軍の情報部員だった。最後の任務で、リビアの反政府軍に資金を届ける任務に従事した。しかし、彼が届けた資金は仲介者が横領し、任務は失敗した。国外に出るよう指令を受けたが、彼は自らの判断で、仲介者から金を取り戻した。そして情報機関に連絡をとろうとしたが、電話はつながらなかった。

という設定で物語がはじまり、結果的にアメリカ政府から大金を盗み、身分を変えて隠棲していた男の身辺で、ある日、異変が起こる。

この作者の作品は初めて読むが、組織対個人、逃亡というテーマが得意なようだ。カバーのそでに登場人物が紹介されているが、掲載されているのは、500ページ余の作品で、たったの9人。そして、読んでみれば、それで十分だということがわかる。

ポイントは、執拗な追跡から逃げ切ることができるのか、ということと、最終的に報復のおそれなく解決できるのか、の2点。作者はそれなりの趣向を用意しており、娯楽作品として十分に楽しむことができる。

たぶん、リビアの情勢や主人公のスペックなど、あら捜しをすることはできるのかもしれない。が、フィクションの設定は物語の邪魔になるほど不自然でなければ十分だと思っている。そうでなければ、ダン・ブラウンの ラングドン教授シリーズだって成立しないだろう。

こういう種類の本をたくさん読んでいた時期があるなあ、ということを思い出させてくれた本。