有馬在住

有馬温泉の旅館で働くスタッフのブログ。
有馬温泉・神戸・六甲山の自然や文化を紹介します。

新緑の有馬温泉

2008-04-21 18:56:23 | 名所旧跡

温泉寺

桜の花も残り少なくなった新緑の有馬温泉を歩いてきました。

温泉寺の前の大きな紅葉の木が、まぶしい緑色の芽を出しています。

温泉寺は、奈良時代の初め、行基上人が有馬温泉を開かれた折に、薬師如来の像を刻み、堂を建てられて、724年に温泉寺を建立されたと言われています。その後、鎌倉時代の初めに有馬温泉を再興された仁西上人を中興の祖と仰いでいる古刹です。

元来は、真言宗の寺でしたが、後に黄檗宗となりました。1576年に火災に遭いましたが、秀吉の正室、北政所によって再建されました。その後、再び火災に遭い、1782年に現在の薬師堂が建てられました。明治初めの廃仏毀釈によって、温泉寺は廃寺となり、薬師堂だけが残されました。現在は、奥の院の清涼院を移し、合わせて祀られています。地元では、「薬師さん」と親しみを込めて呼んでいます。

湯泉神社と同様、毎年1月2日には行基菩薩像、仁西上人像に初湯で沐浴していただく入初式が行われます。大晦日には鐘楼から除夜の鐘が温泉街に静かに響きますが、この鐘は、観光客の方も撞くことが出来ます。なお、天皇や皇后、高僧などによって書かれた経文、および、国の重要文化財に指定されている黒漆厨子と波夷羅大将立像が宝物として収蔵されています。薬師堂の両脇に鎌倉時代末の作と言われる五輪塔が二基ありますが、平清盛と慈心坊尊恵の塔と伝えられています。

 

鼓ヶ滝

つづいて、温泉街を抜け、鼓ヶ滝にやってきました。

淡いピンク色の山桜の花が咲いています。

鼓ヶ滝は、六甲有馬ロープウェイの有馬温泉駅から直ぐの所にあり、「マス池」に隣接しています。かつて、鼓ヶ滝は、2段に分かれていて、滝壺に落ちる水の音が周囲の山々に反響して鼓を打つ音に似ていたというので、こう名付けられたと伝えられています。しかしながら、度重なる洪水によって岩が崩れて形が変わってしまったため、残念ながらその音を聞くことはできなくなりましたが、今の滝の音でも十分癒される思いがします。

滝の周囲は、有馬温泉でも、マイナスイオン濃度が最高という測定結果が出ており、この美味しい空気を胸一杯に吸い込むと、心身ともにリラックスできます。春の有明桜や新緑が滝に映える季節から始まり、夏はホタルが飛び交う中で涼やかに鳴くカジカの声が聞かれ、秋は紅葉の中のご散策と、四季を通じてお楽しみいただけます。

「有馬六景」には、以下の歌も添えられています。

山松のあらしになほも響くかな 鼓か瀧の水のしらへは : 内前(有馬六景)

紅葉谷道

滝川から、六甲山ハイキングコースの「紅葉谷道」を歩きます。

川の水がとても綺麗です。小さな魚や川鳥もいます。

高塚の清水

川を渡ると、高塚の清水があります。

「おいしぃ~ ヽ(^。^)ノ」

高塚の清水には、以下のようないわれがあります。

高塚の清水
有馬温泉の南の端に太閤秀吉の愛した清水があったという伝説がありました。有馬在住の磯部道生氏が古文献を頼りに約2年間も山中を探し歩き、漸くその清水を再発見しました。以下は、この清水に関する古文献です。

1672年 「有馬私雨抄 迎湯有馬名所鑑」
高塚の清水は有馬三水の内なり。湯本より南の山中にあり。いさぎよく、いと冷ややかにて味わい又すぐれたり。関白秀吉公御入湯の為、有馬におわしましし内、御茶の水に此清水を呑きこしめされ、御帰城の後も大坂より常々汲みにこさしめ給えり。如何なる日てりにても、いささかもかわく時なし。さるによって此清水、独鈷清水、筒井清水、是を有馬三水といい、其の内の第一なり。

暑き日に往来の人のまつとふや 名も高塚の清水いつこと : 光重

汲とりし跡に飛ほとわき出るや はし高塚の清水なるらん : 行安

1701年 「摂陽群談」
筒井清水 有馬郡上津村にあり。所伝云、昔筒井氏山荘の旧地を以て、号え云へり。
高塚清水 同郡湯山にあり。所伝、筒井に同じ。
独鈷清水 同郡名塩村にあり。所伝云、弘法大師是大厳道に曲り、旅人の煩を救んため、独鈷を以て傍に刎落して、往来を安からしむ。其独鈷の当る所、流水湧き出す。因て号之。
一名戸窪清水とも云へり。
以上三の清水を指て、有馬三水と称す。

1716年 「有馬温泉記追記」
高塚の清水 湯所より南の山中

1720年 「五畿内志」
高塚の秀水 在湯山町

1796年 「摂津名所図絵」
湯山にあり。有馬三名水の其の一つなり。名義不詳

1815年 「有馬温泉由来記」
高塚の清水。鼓ヶ滝上三四丁斗り山手にあり、岩穴より水でる。
有馬三水の一つにして炎天にも氷を握るが如し。太閤秀吉公此の地に御入湯の砌、御茶の水に汲ましめ給ふ。御帰城の後も大坂より常に汲みに越さしめ給ふとかや。
有馬三水は、いわゆる高塚の清水、独鈷清水、筒井清水なり。独鈷清水は名塩村の内、京大坂より丹州摂州へ行き通ふ道なり。いにしへ弘法大師末世には往来と成るべき地なり。人馬の労を助けんと独鈷を持って岩を穿ち給へば、忽ち湧き出しとなり。

筒井清水は上津村の畑中にあり、播州赤松道 長尾谷にあり。古へ当国の領主より人を制し谷水の滴り入らざるように井筒の構えけるとなり。

1884年 「湯山町誌」
本町の南方、鼓ヶ滝より上ること三丁の山間にあり、岩孔より清水流出す。
本郡中三水の一にして往時豊臣氏入湯中、汲みて以て茶用の飲水とし、帰城の后も使節を以て汲み帰りしと古老の古伝あり。

 

これから初夏にかけて、有馬温泉は過ごしやすい季節をむかえます。

六甲山や有馬温泉を歩いて、今年も、歴史や自然を紹介していきたいと思います。


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