「TV、ちょっと作りたいっすね。」
ニヤニヤとしたその気持ち悪い顔と少し舐めたような態度でワケはそう言った。
「私も少し作りたいです。」
横にいた長芝も気だるい雰囲気を醸し出しつつ、顔にうっすらと期待を膨らませている。
食堂に届いた55インチのTVとそのラックは大きな段ボールに身を包み、魅惑のボディを隠している。確かに、このTV早く組み立てて大画面で見たいな。そう思った僕も、二人の意見に同意を示し、午後3時ちょうど、僕らとテレビの戦いの幕が上がった。
「これ無理っすね。」
最初に白旗をあげたのはワケである。途中まで順調だったラックの組み立て作業も、TV本体を取り付ける段階で僕らの手は止まった。
「もうどうすればいいんですか。」
ずっと作業していた長芝も、二本の黒い部品と55インチTVを前に何もできないでいた。
かく言う僕は、1年二人に雑用をやらせ、ただTVを支えていた。
「お前らならできる!」
何の確信もなく、小さな脳みそで考えることを放棄した僕はひたすらに1年生たちを応援した。
「これ、無理なんじゃないんすかっ?」
ワケである。
「大西さんしか、作れないんじゃないんすかっ?」
言い訳はワケの口からしか出ない。
それでも我々は必死に小さなネジと大きな黒い部品を睨めつけていた。
「なにか、やることありますか?」
突如現れたのは2年五十嵐いづみ。まさに天からの贈り物。
しっかりもののいづみのおかげで、大きなラックとそこにかかる55インチのTVがようやく姿を現した。
「すげぇ」
4人で息をのみ感嘆した。
しかし、地獄の始まりはここからである。
午後5時を回った時計は残酷にもその秒針を動かし続けていた。
僕らの目の前に立はだかったのは、がっちりと壁に固定されたかつての小さなTV。これを外さなければ、55インチTVを組み立てた意味はないのだ。
しかし、僕らは甘かった。
「これ、全然まわらないですぅ。」
あのいづみにも取れないネジが現れたのである。
「これ、ダメなやつなんじゃないんすかっ?」
またワケである。
「私にやらせてください」
頼れる後輩長芝が試みるもそのネジは回らず、付属の小さなプラスドライバーは固まったネジを相手に何度も床に叩きつけられた。
かく言う僕は、椅子に座って応援していた。
「こりゃダメだ。頭いいやつを呼ぼう!」
そう考えた僕は、咄嗟にLINE電話に手を伸ばした。
「すんません、寝てました。ああ、行きやす」
そう言って眠そうな顔で馬鹿みたいにデカい図体を引きずって階段を下りてきたのは南健太である。彼は多分、ここにいる4人より頭がいい。悔しいが認めざるを得ない。なぜなら彼は国立落ちだからだ。
「これ、長いプラスドライバー使うしかないっすね。」
リギングの為の工具が溢れかえる艇庫で何故我々はそれを思いつかなったのか。
茫漠とした時間が過ぎ去っていく中で、微かにその長いプラスドライバーだけが希望の温かみを孕んでいた。
からんっ
気がついたらあんなに硬かったネジはすんなりとはずれ、綺麗にに外れた30インチのTVが掛かっていた壁の前に、大きな大きな55インチのTVが立ち尽くしていた。
午後7時、こうして僕らの戦いは幕を閉じたのである。
ほとんどの作業を後輩にやらせてしまった罪悪感に項垂れた僕は、せめても償いを、と彼らにジュースを買ってあげた。
「ありがとうございます!」
「嬉しいです!」
長芝もいづみもたったジュース一本なのに喜んでくれた。ドライバーやネジを持ち、ひたすらにDIYをする彼女たちの背中は本当に頼もしかった。僕は尊敬するよ。
「ジュース一本なんだから、別にいいよ。」
僕が彼女たちにそう告げようとした時、
「やっぱコーラっすね。ゼロじゃないほう。」
ワケである。
確かに頑張った。特に長芝といづみ。
いや、でもお前はきっとTVを支えてしかいなかったはずだ。
そう思いながら僕は暗闇の中ポツンと佇む赤い自動販売機のボタンにそっと手を伸ばした。
※この物語には脚色を施しております。実際とは異なる表現が含まれる場合がありますがご了承ください。
PS. 終わったあと馬鹿みたいに溢れかえったダンボールを処理してくれたのはワケです。ワケ、ありがとう。