「無時間モデル」という造語がある。内田樹が編み出した言葉で、彼のいうことは要するこうだ。「労力に対して対価を得るのが、早ければ早いほど快感を感じる性質を持つ」と。これはネガティブな意味を込めて言っていることに留意しておこう。市場の売買を考えるとより分かりやすい。お金を払うのと同時に商品を手にできる。注文から到着までの時間が最短であるなどだ。アマゾンでほしい商品をポチる、決済が即日にされ翌日にはもう商品が届く。これが早ければ早いほど「便利な世の中」というわけだ。
なぜこんな話を冒頭にしたのかというと「アイガー・エクスプレス」がまさに無時間モデルの例としてふさわしいからだ。このロープウェイは2020年12月にオープンという新しいものだ。グリンデルワルトグルント→アイガーグレッチャーの区間をわずか15分で移動する。それよりも以前は登山電車を利用するしか方法はなく、2009年の私のスイス旅行では約50分ほどかけてその区間を移動したものだ。これを使うと下界のグリンデルワルトグルントから海抜3400Mにあるユングフラウヨッホの展望台までなんとわずか40分で行けるのだ。黒部ダムの室堂は海抜2400M。バスと登山電車を乗り継いでも1時間半以上はかかる。これに慣れてしまったら登山鉄道は遅くてイライラするかもしれないが、そもそもアイガーエクスプレスがない時代には、この方法しか最短のものはなかった。それより以前の19世紀には登山鉄道などはなく、登山者のみが見ることができる絶景であった。
アイガーグレッチャー→ユングフラウヨッホの中継地点。アイスメーア(氷の海)という名前の駅の展望台からの写真。停車時間は約5分。
ユングフラウヨッホの展望台からの写真。アレッチ氷河。
氷河の上をこのように歩くことができる。この終着駅からユングフラウ頂上を目指す登山者もいる。季節は6月なので積雪が多い。