熱などの力を利用する現在のエンジンの効率を超す「量子エンジン」の研究が注目を集める。
不思議な量子のふるまいを生かすと損失の少ない理想的なエンジンに近づくという。蒸気機関が産業革命をもたらしたように、量子技術が普及する将来の社会を大きく変えるかもしれない。
動力の発明は社会のあり方を大きく変えてきた。18世紀後半からの産業革命は、水を温めて蒸気にしてピストンを動かして利用したのが始まりだ。
現在の主流となる化石燃料を燃やしてピストンを動かすエンジンは19世紀に登場した。例えば自動車のエンジンは気化した燃料を燃やし、熱膨張を利用して回転運動などを起こしてエネルギーを仕事として取り出す。
フランスの物理学者カルノーが考案した「カルノーエンジン」が理想的で最も高効率といわれるが、実際には熱のロスなどが起きるため作ることができない。
例えば今の自動車のエンジンでは、摩擦や熱の損失が発生するため、熱効率は高くて40%台にとどまっている。
こうした壁を超える可能性があるものとして、量子エンジンが期待を集める。量子は物質やエネルギーの最小単位となる粒子のことだ。
考えられている最初の用途は、量子コンピューターのような量子技術を使う次世代機器のエネルギー源だ。極低温で利用することが多く、組み合わせると相性がいいという。
研究者の中には「量子エンジンは社会を変える」という声もある。量子エンジンは世界中で様々な方式が考えられているが、電気通信大学の田島裕康助教らが一部の方式について理論を検証すると、エネルギー損失がなくなるため、カルノーエンジンと同じ効率で大きな出力になる可能性が分かった。
期待は大きいが、まずは極小世界、極低温での基礎的な実験が進んでいる。
ドイツのカイザースラウテルン・ランダウ大学や沖縄科学技術大学院大学(OIST)などの研究チームは、量子のふるまいをする「素粒子」の状態変化を使おうとしている。
素粒子は性質の違いによって「ボソン」と「フェルミオン」に二分される。
外部からエネルギーを加えると、フェルミオンが2つくっついて1つのボソンになったり、分裂して2つのフェルミオンに戻ったりする。
この状態変化を連続すると、あたかも体積が圧縮・膨張するのを利用したエンジンのようになる。
リチウム原子を使って状態を模した基礎実験では、加えたエネルギーに対して最大25%を取りだせたという。
「重ね合わせ」という量子の代表的な不思議なふるまいを使う方式もある。この現象は量子コンピューターにも応用されている。
従来のコンピューターは電流のオンとオフを「0」と「1」として扱い演算するのに対し、量子コンピューターでは「0」と「1」の状態がどちらでもある重ね合わせの状態をもとに計算する。これにより従来は難しかった計算ができる。
量子エンジンでは「0」と「1」ではなく、「熱い状態」と「冷たい状態」を重ね合わせた状態にする。そこから熱を取りだして動力にすればエンジンになるという。大きなエネルギーを瞬時に取り出せる可能性がある仕組みだ。
理化学研究所の大野圭司専任研究員らは極低温でシリコン製素子を使い、重ね合わせの状態を模した。熱を加える代わりに2種類のマイクロ波をあてて、2つの状態を重ね合わせたような状態を作り出した。
量子エンジンは非常に小さい。1つから取りだせる熱量はナノワット級になる見込みだが、シリコン素子ならば集積化しやすい。「スマートフォンのバッテリーのように大型化もできるかもしれない」(大野氏)。
「量子エンジンは確たる理論や手法がまだ生まれていない」(田島氏)。量子コンピューターも基礎研究の期間が長く、近年になって企業が試作を競う段階に入った。量子技術のイノベーションは意外と早いのかもしれない。(福井健人)
量子のふるまい
量子コンピューターをはじめとして、産業応用を目指した研究が進んでいる。通信の安全性を飛躍的に高める次世代技術「量子暗号通信」などもある。
日経記事2023.12.02より引用
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