
独フォルクスワーゲンの新型ワゴン「パサートヴァリアント」。
プラグインハイブリッド車(PHEV)を設定すると2023年8月31日に発表した。欧州車メーカーはエンジンを搭載
するPHEVに力を入れ始めた(写真:フォルクスワーゲン)
「電気自動車(EV)こそが正義だ」。北欧のとある国の人が言い切ると、ドイツ人がかみついた。「あなたの国は再生可能エネルギー由来の電力が豊富だからいいかもしれないが、石炭を燃やす国もある。どう考えるんだ」と。
2人の自動車関係者がベルギーのヘントで大激論を交わしていたのは、欧州連合(EU)が内燃機関(エンジン)搭載車を全廃するとしてきた方針の転換を発表する数日前のことだった。EUは2023年3月末、合成燃料(e-fuel)や水素を利用するエンジン車に限って35年以降も販売できると認めた。
EV一辺倒だった電動化の流れからの「揺り戻し」に、胸をなで下ろしたのが住友ベークライトでエンジン搭載車向けの変速機に使われる材料を担当する関係者だ。クルマの主流がEVになれば、変速機の需要は激減する。
「どうしてプラグインハイブリッド車(PHEV)向け変速機に関する問い合わせや引き合いが増えているのか」。
EUが新方針を発表する少し前から同社スマートコミュニティ市場開発本部特任部長の川口均氏は疑問を抱いていたが、激論の場に遭遇して納得した。欧州市場の変化に触れ、「変速機向け材料の事業は生き残りそうだ」と実感した。
部品点数は最大50%削減
激論の舞台となったのは、住友ベークライトの欧州子会社が主催した「Composites for Future Mobility Conference」である。
次世代モビリティー向けの複合材料をテーマにしたイベントで、自動車メーカーや部品メーカー、研究機関などから50人以上が参加した。各社による講演や試作品の展示があり、懇親会で意見をぶつけ合った。

住友ベークライトの欧州子会社が主催したイベントの様子。
各社による講演のほか、樹脂を多用した電動アクスルの試作品の展示もあった(写真:住友ベークライト)
こうした中で注目を集めたのが自動車部品大手の独ヴィテスコ・テクノロジーズの講演だった。
19年に量産を開始した変速機制御ユニット(TCU)で、オーバーモールド加工を適用したのが特徴である。半導体や電子部品を実装した基板をエポキシ樹脂で覆った。住友ベークライトは同技術を「一括封止」と呼ぶ。
一般的なTCUは、センサーや信号処理、制御といった形で機能ごとにモジュールを用意していた。
ヴィテスコの開発品は、全ての関連部品を1枚の基板上に実装してオーバーモールド加工を施すため、モジュール間をつなぐ配線をなくせた。

ヴィテスコと住友ベークライトが共同開発したTCU。基板をエポキシ樹脂で一括封止した(出所:ヴィテスコ)
基板の片面だけを一括封止するため、各モジュールは基板やセンサーを金属ケースなどに収めていた従来方法では15ミリメートル(mm)ほどあった厚さを7mmまで薄くできた。
ヴィテスコによると、部品点数は最大50%削減でき、30%以上の軽量化を実現したという。対応温度域は-40〜+150度と広い。
ヴィテスコのTCUは住友ベークライトと共同開発したもの。
住友ベークライトは半導体の封止材としてエポキシ樹脂を事業展開しており、車載向けの用途を拡大する中でヴィテスコとのプロジェクトを15年に始動させた。
両社で設計内容を詰め、長手方向を300mmほどにすることが決まった。「何言ってるの? そんなに大きいのはできないよ」
住友ベークライトの技術陣は即座に反発。もともと半導体の封止材料を手掛けてきたため、大型部品に関する知識や経験がなかった。
川口氏は「半導体という世界の地図から外れたところを歩くことに、技術者たちは抵抗感があった」と振り返る。

一括封止を適用した車載部品の例。名刺サイズの電子制御ユニット(ECU)で、基板の両面をオーバーモールド加工している。ヴィテスコとの開発品はさらに大きく、かつ片面封止という難しさもあった(写真:日経Automotive)
「そこを何とかやってほしい」。プロジェクトのまとめ役として、関係各所を調整していたのが同社スマートコミュニティ市場開発本部欧州マーケティングマネージャーのマンキョン・フー氏である。
フー氏は当時シンガポールの拠点におり、日本と欧州の3極に分散する関係者に何度も電話やメールで連絡をとって調整したという。
大型部品で、しかも片面のみをオーバーモールド加工する難しさの1つは、反りの抑制である。エポキシ樹脂は固まる過程で縮むので、その物性を理解して基板が変形しないような加工条件を見いだす必要があった。
このほか、基板上に実装されたコネクターとの接着性も課題だった。コネクターは熱可塑性樹脂であるポリアミド(PA)6で、熱硬化性のエポキシ樹脂と界面を密着させるのが難しい。この点は、「ヴィテスコにコネクターの位置を変更してもらうなどして密着性を確保した」(フー氏)という。
苦労の末に量産にこぎ着けたヴィテスコのTCUは、欧州の自動車メーカーに採用された。住友ベークライトとしては、TCUの「次」を期待して提案活動を進めたが大型受注はなく、停滞感が漂っていた。
3〜4社とのプロジェクトが始動
こうした状況を打破するきっかけになりそうなのが、自動車業界で起こる揺り戻しの動きだ。先に説明した電動化だけでなく、電気/電子(E/E)アーキテクチャーでも現実解を探る動きが目立ち始めた。
E/Eアーキテクチャーは多くの電子制御ユニット(ECU)を使う「分散型」から、数個の統合ECUにデータ処理を任せる「中央集中型」に移行していくとされる。
このトレンド自体は変わらないが、統合ECUに全ての仕事を任せることに対して慎重論が出てきた。
「統合ECUの処理能力を超えるほどのデータが集まる懸念がある。ある程度はエッジ(端末)側で処理しないとパンクする」(川口氏)との見方だ。
車両に搭載されるセンサーの数は年々増えており、これらが取得したデータを処理する「スレーブECU」を採用する動きがある。統合ECUの補助役で、小型軽量化が期待できる一括封止技術とは相性がいい。
高性能なSoC(システム・オン・チップ)を実装する統合ECUは一括封止すると放熱性を確保できなくなる懸念があるが、スレーブECUは処理能力がそれほど高くない部品を使うため問題にはならないとする。
住友ベークライトは、電気信号で車両を制御するX-by-Wire(エックス・バイ・ワイヤ)の領域にもエッジ処理のニーズがあると見る。
ブレーキや電動パワーステアリング(EPS)などバイ・ワイヤ化が進んでいる領域の、アクチュエーター周辺部に一括封止技術を適用することを目指す。
欧州のニーズを素早く把握して事業拡大を進めるため住友ベークライトは23年4月、ベルギー子会社のヴィンコリットの商号をSumitomo Bakelite Europe(Ghent)に変更した。ヘントの拠点に一括封止向けエポキシ樹脂の生産ラインも立ち上げた。
同年3月のイベントをきっかけに「3〜4社とのプロジェクトが動き出している」(フー氏)という。一括封止向けのエポキシ樹脂事業を拡大できるか。停滞感を打破するための模索は続く。
(日経クロステック/日経Automotive 久米秀尚)
[日経クロステック 2023年9月5日付の記事を再構成]
日経記事 2023.09.15より引用
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