犬神付き
今は世の中が進み、昔のように不思議なことはなくなりました。が、私が子供の時分、今から六十年も前には不思議なことがたくさんありました。
当時の町中には、何処と何処の家には犬神がおる。あの家にはトンべ「蛇神」がおる、と言う噂がありました。
犬神やトンべの居るとゆう家は、暮らしの良い大家ばかりでした。その犬神やトンべが居るとゆう家は、その家付き神を大切にお祭りすると、家は繁盛すると言われていました。が、その犬神がなにか気にいらぬことがあると、よその家の病人に取り付き大騒動をしました。
私の家から四、五軒向こうで、大工の嫁さんが血のこくれで食事も進まず、一月あまり床について患っていました。
ある晩、ふっと病人の様子が変になりました。やつれた顔の目がぎょろぎょろと光り、体の動きが犬のような動作で機敏になり、家族の目をぬすんで病人が走り出す。
亭主の大工さんびっくりして隣へかけこみ、「病人の家内がこれこれじゃ。」と話したら、隣のおっさん「そりゃあ大変、犬神が取り付いたぞ。」と、「病人が走り回ったり暴れたりしたら後でこたえるけ、近所を集めて番せにゃいかん。」とゆうことで、近所の人を集めて番をすることになりました。
さて夜になって、番をする人が少なくなったり、昼の疲れでウトウトと眠ったりすると、犬神付きの病人は床の中で布団をかぶって寝たふりをしていたのが、パッと飛び出し外へ走り出す。番をしていた人達があわてて追っかけつかまえるが、病人と思えぬ力があって、一人ではむつかしく三、四人してやっと押えて家につれもどし寝さす。
そんなことを一晩に二、三度くりかへす。そんなことが二晩三晩と続くと、町外の親戚も聞いて駆け付けて六、七人が昼夜番をする。
協議の上、これは病気ではなく付きものじゃから、たゆうさん「神官」にお願いして、おはらいして落としてもらうことになる。
その翌日、たゆうさんが来た。犬神付きは犬のように這いつくばって、布団を頭からかぶって、おそれ入ったふりして様子をうかがいよる。
たゆうさんが錫杖をヂャラヂャラと振り鳴らしながら祈りだした。たゆうさんが祈りの間に「ええー」とか「ウウー」と言うと、犬神付きの病人がその先をとって祈る。
「お祈りの文句を知るはずがない病人じゃのに不思議」。それでも、たゆうさんがお祈りをする間は割におとなしいが、帰った後は元のとおり騒動するので目が放せない。
たゆうさんが毎日来て祈って、犬神に帰れと言うがなかなかにいなん。
そこで、たゆうさんもたまりかねて最後の手段に、「あれをやっちゃろ」と言うと、犬神付きは、「いやじゃー」と言いながら、飛び起きて逃げようとする。そばに居た男しが四、五人で取り押さえる。なかなかに力が強い。
犬神付きが飛び上がると、かき付いた四、五人の男も同時に吊り上げられ、座敷が抜けるほどの大騒動でやっと押えつける。
押さえ付けている犬神付きの指をたゆうさんが握り、片手にもった錫杖の剣を爪の間に突き付けて、「こりゃまいったか、いぬるか、どうじゃ」とせめたてると、犬神付きは、「もうまいった、いぬる、いぬる」と。それでやっと放すと、布団をこっぷりかぶって寝た。
たゆうさんは、「今晩いなざったら、明日もやるけ、そのつもりでおれ」言う手帰った。
その後、わりに静かにしていたが、夜中にまた飛び出した。番をしていた付き添いがあわてて追っかけていたら、犬神付きの病人がばったりかやった、が起きない。追っかけていた者がだき起こすと、ぐったりとして今までの様子はさっぱりときえて、元の病人に帰った。みんなが、「落ちた、落ちた」と言いながら、だいじにだき抱えて家につれ帰り、そっと寝かした。
犬神の落ちたあとの病人は、ほんとにこたえて弱りきった、死にかかりの病人となった。付き添いに来ていた人達も、その夜は皆なとぎをして、やっとくつろいで帰る。
そのご、病人は家の者がだいじに看病したので次第に良くなりました。
不思議なことに、犬神が病人に取り付きだすと、落ちてもまた別の人に取り付き、おかしなことで、はやったようなぐあいで、たゆうさん「神官」の稼ぎ時となります。
ほんとにあった話しですが、昔のこと。
三郎の昔話・・・作者紹介
三郎の昔話
今は世の中が進み、昔のように不思議なことはなくなりました。が、私が子供の時分、今から六十年も前には不思議なことがたくさんありました。
当時の町中には、何処と何処の家には犬神がおる。あの家にはトンべ「蛇神」がおる、と言う噂がありました。
犬神やトンべの居るとゆう家は、暮らしの良い大家ばかりでした。その犬神やトンべが居るとゆう家は、その家付き神を大切にお祭りすると、家は繁盛すると言われていました。が、その犬神がなにか気にいらぬことがあると、よその家の病人に取り付き大騒動をしました。
私の家から四、五軒向こうで、大工の嫁さんが血のこくれで食事も進まず、一月あまり床について患っていました。
ある晩、ふっと病人の様子が変になりました。やつれた顔の目がぎょろぎょろと光り、体の動きが犬のような動作で機敏になり、家族の目をぬすんで病人が走り出す。
亭主の大工さんびっくりして隣へかけこみ、「病人の家内がこれこれじゃ。」と話したら、隣のおっさん「そりゃあ大変、犬神が取り付いたぞ。」と、「病人が走り回ったり暴れたりしたら後でこたえるけ、近所を集めて番せにゃいかん。」とゆうことで、近所の人を集めて番をすることになりました。
さて夜になって、番をする人が少なくなったり、昼の疲れでウトウトと眠ったりすると、犬神付きの病人は床の中で布団をかぶって寝たふりをしていたのが、パッと飛び出し外へ走り出す。番をしていた人達があわてて追っかけつかまえるが、病人と思えぬ力があって、一人ではむつかしく三、四人してやっと押えて家につれもどし寝さす。
そんなことを一晩に二、三度くりかへす。そんなことが二晩三晩と続くと、町外の親戚も聞いて駆け付けて六、七人が昼夜番をする。
協議の上、これは病気ではなく付きものじゃから、たゆうさん「神官」にお願いして、おはらいして落としてもらうことになる。
その翌日、たゆうさんが来た。犬神付きは犬のように這いつくばって、布団を頭からかぶって、おそれ入ったふりして様子をうかがいよる。
たゆうさんが錫杖をヂャラヂャラと振り鳴らしながら祈りだした。たゆうさんが祈りの間に「ええー」とか「ウウー」と言うと、犬神付きの病人がその先をとって祈る。
「お祈りの文句を知るはずがない病人じゃのに不思議」。それでも、たゆうさんがお祈りをする間は割におとなしいが、帰った後は元のとおり騒動するので目が放せない。
たゆうさんが毎日来て祈って、犬神に帰れと言うがなかなかにいなん。
そこで、たゆうさんもたまりかねて最後の手段に、「あれをやっちゃろ」と言うと、犬神付きは、「いやじゃー」と言いながら、飛び起きて逃げようとする。そばに居た男しが四、五人で取り押さえる。なかなかに力が強い。
犬神付きが飛び上がると、かき付いた四、五人の男も同時に吊り上げられ、座敷が抜けるほどの大騒動でやっと押えつける。
押さえ付けている犬神付きの指をたゆうさんが握り、片手にもった錫杖の剣を爪の間に突き付けて、「こりゃまいったか、いぬるか、どうじゃ」とせめたてると、犬神付きは、「もうまいった、いぬる、いぬる」と。それでやっと放すと、布団をこっぷりかぶって寝た。
たゆうさんは、「今晩いなざったら、明日もやるけ、そのつもりでおれ」言う手帰った。
その後、わりに静かにしていたが、夜中にまた飛び出した。番をしていた付き添いがあわてて追っかけていたら、犬神付きの病人がばったりかやった、が起きない。追っかけていた者がだき起こすと、ぐったりとして今までの様子はさっぱりときえて、元の病人に帰った。みんなが、「落ちた、落ちた」と言いながら、だいじにだき抱えて家につれ帰り、そっと寝かした。
犬神の落ちたあとの病人は、ほんとにこたえて弱りきった、死にかかりの病人となった。付き添いに来ていた人達も、その夜は皆なとぎをして、やっとくつろいで帰る。
そのご、病人は家の者がだいじに看病したので次第に良くなりました。
不思議なことに、犬神が病人に取り付きだすと、落ちてもまた別の人に取り付き、おかしなことで、はやったようなぐあいで、たゆうさん「神官」の稼ぎ時となります。
ほんとにあった話しですが、昔のこと。
三郎の昔話・・・作者紹介
三郎の昔話