「物」には、出会いの時をじっと待っている物がある。
例えば、それまで食べられなかった秋刀魚の腸のほろ苦さが、不意に美味く感じるだとか、飲み辛くて嫌いだった焼酎が、ある日、すとんと胃に収まるとか。
食い物、飲み物だけの話ではない。
親に貰ったまま放って置いた万年筆が、久しぶりに手に取るとしっくりと馴染んでいるとか、祖父の残した古い鞄が、思いだした途端、急に気になって押し入れから探し出すとか。
ああ、今日、この日までは、判らなかったんだな、という体験が、長く人間をやっていると、一つや二つあると思うのだ。
私にとっては、この本もそうらしい。
随分と前に、フィリップ・マーロウとギムレットに憧れて手にしてみた物の、かっこいいとは思いつつ、どうしてもその世界には入っていけなかった。
しかし今は。
それは、自分が歳を取ったのか、それとも人として幅が出来たのか。
あるいは、本当の寂しさが判ったからなのか・・・な?
まあ、それはそれとして、読書の秋、昔、挫折した本に、もう一度チャレンジするのも面白いかも知れない。
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