Doll of Deserting

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人形即興曲:Ⅰ(乱菊+イヅル+ギン)

2005-07-16 17:17:49 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅰ:主人のない家
「どうぞ、ここがあなたのお部屋です。」
 イヅルに自室へと案内された乱菊は、その広さに驚愕しつつ、行き場のない手を持て余した。蜀台や鏡台も全て揃えてあり、なおかつ衣装箪笥には様々な着物や見たことのない異国のドレスなどが収納されていた。乱菊が今までいた家とは天と地ほどにも違い、彼女はどこから手を付ければいいものかとうろたえた。
「そんなに頑なになさらなくとも。私も初め来た時には戸惑いましたが。」
 イヅルはそんな乱菊の様子に苦笑した。何も分からずただここまで案内されて来たものの、とても重要なことをふと思い出し乱菊ははっとして問いかけた。
「ねえ、ところでこの家のご主人はどこにいるの?挨拶したいのだけど。」
「ああ…ここのご主人は滅多にここへは来られないんですよ。私もあまり見たことがありませんし。あなたのことは知っておられるので、気になさらなくとも大丈夫ですよ。」
「…そう?」
「ええ。」
 イヅルにそう言われるので、乱菊もあとは何も言わずに部屋にあった座布団に腰を下ろした。イヅルが「では私はこれで」と立ち上がろうとすると、ふと背後から声がした。
「あァ、こらまたえらい別嬪さんやねえ。」
 乱菊は、その訛りに聞き覚えがあった。そしてその男の痩身にも、さらさらと流れる銀髪にも、細められた瞳にも見覚えがあった。
「ギン…?」
「…キミやったんか、乱菊。久し振りやな。」
 乱菊は、その男と幼馴染だった。向かいの宿屋の一人息子だった、市丸ギン。しかし彼は両親が亡くなった後、親戚に引き取られることになったと言って町を出て行った。その彼が、なぜここにいるのだろうと、乱菊は訝しんだ。イヅルは、二人の傍らで目を丸くしている。
「ギン…あんた何でここにいるの?だってあんたご両親が亡くなった後、親戚の家に行くんじゃ…。」
「…両親、なあ。」
 ギンはふっと細められた目を開き嘲笑した。乱菊はなぜかその表情が昔と何ら変化のないことに安心してしまった。あまり印象の良い表情ではないが、この方がむしろ彼らしい。
「その様子やと、まだ気付いとらんのや?乱菊。」
「何をよ?」
「何でもあれへんよ。まあ、これから宜しゅう頼むわ。イヅル、もう用終わったんやろ。行こか。」
「はい。」
 乱菊は、ギンの言葉に何か引っかかるものを感じた。ギンが両親、という言葉に反応したことにもだが、自分の素性にも何か特別な事情があるような気がしたのだ。乱菊は、男にしては繊細なその背中を見ながら、無垢な昔を思い出し、少しだけ笑った。


 やっとこさⅠ更新です。市丸さんと乱菊さんの幼馴染設定はそのまま引用。ていうか市丸さんとイヅルの関係が分からない…。(自分で書いといて)まあただの同居人でないことは確かです。ちなみにイヅルは決して使用人とかではないです。(笑)

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