Doll of Deserting

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綻びの周波数(日乱+ギン)*5万打御礼フリー

2006-02-12 21:36:56 | 過去作品(BLEACH)
慕情香る
溶けゆくものの母体は。



 一度綻びを帯びたものというのは、定期的に振動のようなものを発し、その度にまた解けてゆく。それを思うほどに、日番谷はどうにかして乱菊の内に宿る綻びを元のように直してやりたいと考えるが、収集のつかぬまでに穴を広げてやりたいとも考えるのであった。
 


 京楽の傾ける杯の揺らぎに焦点の合わぬ視線を向けながら、日番谷は酒精の勢いもあってか、つい想いのたけを口にしてしまったらしい。はっと目線を合わせ、意識を取り戻した表情で京楽の方を向いた時には時既に遅しといったところで、彼はこちらをさも可笑しそうな瞳で見つめている。しまった、と、思いはするけれども構わぬ振りをして酒を煽った。
「成る程、つまり冬獅郎クンは、乱菊ちゃんのことを自分のものにしたいわけだ。」
「…誰がそんなこと言ったんだ。」
 少しばかり前から乱菊の一挙一動が気になって仕方がないのだ。彼女に好奇の視線を向ける者がどこか気に入らぬのだ。そう言うと京楽は、それは恋だよ、と夢を見るような具合で呟いた。そのことを自覚はしているが、自分のものにしたいとまで言った覚えはない。
「でも、乱菊ちゃんのことを好きだって自覚はあるんだろう?」
「ああ―…まあな。」
「それは恋だよ。間違いない。」
「だからそうだっつってんだろうが。大体俺と松本は既に―…いや、俺は、それからどう転んだら自分のもんにしたいってことになるんだって聞いてんだ。」
 やや投げやりに言うと、京楽は諭すような様子で答える。
「同じさ。愛ともなればまた違ってくるけどね、恋は皆同じだ。」
「…なら、お前は違うって言いてえのか。」
 京楽が常日頃七緒に対して紡ぐ言葉には、常に愛という文字が含まれている。けれども京楽は、日番谷の睨め付けるような視線を受けて笑みを絶やさぬが、その表情にはどこか憂いがあるように思えた。
「同じだよ。ボクも同じだ。冬獅郎クン、これだけは覚えておくといい。何の見返りも要らない『愛』なんてね、どこにもないんだよ。皆恋だ。…それに、見返りが要らないんだったら『愛してる』なんてわざわざ言わない。」
 愛という言葉をわざと紡ぎ出すのは、常に相手からそれを返して欲しいと、言葉などでなくとも良いから何らかの形で返して欲しいと、そう思うからであると京楽は切なげな面持ちで言う。酒精が抜けていない所為かとも思ったが、普段より幾らか饒舌なのはともかく言葉は本心であるようだった。
「…いまいち分かんねえな。そもそも俺は愛だの何だのが下らねえと思われてるような場所で育ったんだ。上級貴族様の考えなんて理解出来ねえのかもしれねえ。」
 悪びれぬ素振りで価値観の違いを主張する。京楽のことを住む世界の違う人間であると感じたことはないが、どうも物事の重みなどに対する価値観はどこか異なっているのだと、こういった時に深く考えさせられるのだ。京楽はいかにも、というように頷いてから、眉を吊り下げて首をゆっくりと横に振った。
「いいや、それは違うよ。大体乱菊ちゃんならともかく、キミは同じ流魂街の中でも良い場所で育ったそうじゃないか。拾われた恩くらいは知ってるだろう?」
「まあ、そうだが…。」
 流魂街にて日番谷と桃を拾い上げ、死神へと駆け上がるまで共に暮らした祖母の元へは、今でも時折顔を見せに帰っている。
「少なくともキミは想う心を分かってるってことだからね。…それに、上級だろうが下級だろうが、流魂街の住民だろうが…こういう時に滑稽なのは皆同じさ。」
 乱菊への想いを淡々と話す自分を自覚しながら、まるで自分ではないようであると感じていたのを読み取られたのか、諭すように京楽が微笑む。日番谷はといえば、そうか、と一言口にしたまま、腰を落着けづらそうにしながら徳利を手に取った。滑稽と言われたことには些か不本意さを覚えたが、それもそうかと納得する。京楽は尚も、可笑しそうにこちらを見つめていた。



 世に眠る全ての芽が、一斉に解き放たれたように思われた。これが春か、と、この尸魂界という場所に生まれ出で、初めて春を迎えた頃に感じたことを、今でも鮮明に記憶している。すると、昨年の夏頃に花見に連れて行ってやるという約束を乱菊に取り付けさせられたことも思い出した。
(秋に言われた紅葉狩りにも連れて行ってやってねえしな…。)
 そうは言えども、互いに忙しい身である。しかし常に合間を塗って乱菊が様々な遠出を催してくるので、休日すらも日番谷の自由にはならない。それも心地良くはあるのだが、と思う辺りがどうしようもないと自分でも頭を抱えている。
『忘れないで下さいね?』
 けれどもくすくすと苦笑されながらそう言われると、何とかして叶えてやりたいと思う。紅葉の時節からは遠のいてしまったので、花見くらいには連れて行ってやるか、と日番谷は重く瞼を伏せた。 
 常に平静を装っていた乱菊が感冒を患い、それまで賑わいを絶やさなかった執務室の空気も至ってがらんと空洞化していた。頬を染め上げるような豊穣の色から、突如として冷めた淡い鈍色に姿を変えた空気にはひどく侘しさを感じる。
 何か他に想うことがあろうとも、日頃の癖でつい筆を取ってしまう。見舞ってやらなくてはと思いはするけれども、義務というものがそれを許さず、それ以上に日番谷の内の使命感というものが彼の行く手を阻むのであった。
(アイツ、ちゃんと寝てるだろうな…。)
 普段からお世辞にも落ち着きがあるとは言えず、常に朗らかな様子で動き回っている乱菊を思い浮かべながら、ふとそんなことを思う。彼女のことであるから、もしかするとこの寒い中、静まることも知らず布団を畳み、常の通りに自分で食事を作っているようなことも充分に考えられた。
 自分が赴いたところで代わりに食事を作ってやることも出来なければ、満足に世話をしてやる自信もない。けれども独りでいるよりは幾分安心するのではないかと思う。昔は日番谷も病に伏せた時、傍らの存在には大層感謝したものである。その経験もあり、やはり早く行ってやらねばならぬと、日番谷は再び忙しく筆を動かした。



 少しばかり傾いた陽は、端の方で僅かに光を放っている。未だ陽は高く頭上にあるが、急がなければならぬと足を急がせた。
 自分の書類をいち早く片付け、ついでとばかりに乱菊の溜めた書類にまで少々手を加えてから隊舎を出る。隊員達は変わらず足を急かして動き回っており、中には腕を机に委ねてひどく疲労した素振りを見せている者もいるが、ここまでやったのだ。文句はあるまい。
「日番谷隊長、どちらへ行かれます。」
「…ああ。」
 確かに定時にしては早いが、仕事を終えた者をわざわざ引き止めるような時刻でもない。けれども日番谷の仕事量を知らぬ三席は、訝しい表情で日番谷の方を見つめている。日番谷は一度眉を寄せ、執務室を指で示しながら言った。
「今日付けの書類まで済ませてある。松本の分は悪いが一昨日付けまでしか出来てねえ。」
「はっ…お、お疲れ様でございました!」
「ああ、ところで今日はもう帰っていいか?ちょっと野暮用があってな…。」
「どうぞどうぞ。ええ、それはもう。」
 お疲れ様でした、と再び告げ、三席はこれ以上ない程に頭を下げた。これまで処理した中でも最高の仕事量である。日番谷はおう、と一声上げると、すぐさま背を向けて乱菊の自室へと向かった。



 乱菊の自室まではそう遠くない。日番谷は辺りを見回すが、どうやら人の気配はないようなので、何やら甘い芳香のする部屋の襖をするりと開いた。ふと繊細な香りが尚も鼻を掠めたかと思うと、それはすぐに飄々とした声に掻き消される。

「奇遇ですなァ、十番隊長さん。」
「…何でお前がここにいるんだ、市丸。」

 寝息を立てている乱菊を一瞥し、ほっと一つ息を吐いてから顔をしかめる。ギンは常である表情をこちらに向け、さも当然と言わんばかりに意味深に目を伏せた。少しばかり皮を剥いた跡の見られる水密桃を手に包み、それが淡くきらきらと輝いて目に穏やかではない。
 状況から見て、ギンは乱菊の寝入った後に赴いたらしい。日番谷にとっては、それがささやかな救いであった。
「何で、て。お見舞いですやろ。可笑しなこと聞かはりますなあ。」
「女の部屋に、一人でか。」
「…自分のこと棚に上げてよう言わはる。」
「俺はっ…。」
 見舞いに訪れる権利がある、という言葉が口を突いて出たが、寸でのところで押し留めた。ならば家族のような存在であると乱菊が話していたギンも例外ではない。ギンは常よりも更に口の端を上げ、一たび興味深げな表情を見せると、些か水密桃の果肉に汚された指を舐めた。
「ええやろ?兄と妹みたいなもんやし。…乱菊にとっては逆かもしれへんけど。」
 そういった関係性は、自分と桃のものによく似ていると日番谷は思う。兄弟に譬えれば、互いに自分が上であると言う。自分の方が手を煩わされているのだと、そう言う。けれども所詮はどちらも同じく曲者なのであると、日番谷はこの頃ようやっと理解してきた。
「仕事はどうした。」
「心配せえへんでも、うちは優秀なのがおりますから。」
 一応やって来たんやで?と悪びれぬ風に言いながら、見舞いに持ってきたはずの水密桃をひっそりと齧る。そこで自分には何の見舞いの品もないということに気が付いたが、後の祭りである。急かす想いばかりが先を突き、物を贈るより何かしてやろうと、そんなことばかり考えていた。けれどもこうして見れば、何か精のつくものを買ってきてやれば良かったと僅かに口唇を引き締める。
「―…貸せ。」
 傍らに包丁が置かれているものの、いっこうに使われる様子がないのに痺れを切らし、日番谷はゆらりと銀糸のような輝きを放つそれを手に取った。そうして、ギンの膝辺りに幾つか転がっている水密桃をそっと覆う。
「貰うぞ。」
「それはええけど…剥けるん?」
「やってみなきゃ分かんねえだろうが。」
 挑むような眼光を向けたかと思うと、すぐさまその視線を桃へと移す。幼くすらりと細い指先の動く方向を眺めながら、ギンは些かその様子を危なげに思っていた。けれども代わってやったところで上手く剥く自信もない。剥くことが出来たとしても、この状況では彼の自尊心を削ぐだけであろうと考え、退いてやることにした。虐め上げたところで自分には何の特も存在しない。
 林檎などとは異なり、桃は果肉の柔らかさもあって思ったよりも容易く剥くことが出来た。けれどもやはり芯の部分まで綺麗に剥ぐことは出来ず、甘い果肉を全て削ぎ落とした跡の種に残った分を味見とばかりに齧ると、さも喉には優しいであろうという風な甘さであったので、少しばかり安著する。
「意外ですなァ。」
「何がだ。」
「剥いた跡なんてすぐ棄てる思うたのに、アンタでもお残り齧ったりするんや。」
「俺でもとは何だ、俺は貴族なんかじゃねえ。」
 治安は違えど、ギンと同じ場所で育ったのだ。そもそも治安の良い場所の住民に拾われるまでは、ギンや乱菊と同じく貧困に彷徨っていた。酸いも甘いも、然りと心得ている。なのにも拘らずこの男は何を言い出すのだと、少しばかり唇を開いた。
「せやけどなあ、ボク初めてキミ見た時から、ええとこのお坊ちゃんやと思うとったんよ。流魂街の子ぉにしては背筋がしゃんと伸びとる。ボクと同じとこから来たて聞いた時は驚いたわ。」
「…不遜なのはお前も同じだろうが。」
 むしろ、やんわりとした口調や身のこなしから見れば、ギンの方が雅やかに思えると不本意ながら日番谷は思う。とても貧困に苦しんだ男には見えない。けれどもギンは、日番谷の眼は人の眼ではないと言う。常に全てを見渡しているような、否、見透かしているような瞳は、人のものではないのだと。
「人やない言うても、譬えるもんはあらへんのやけどね。」
「…見透かしているように思えるのもお前と同じだ。」
 そう言われ、ギンは尚も可笑しそうに笑う。日番谷という少年が人でないように思えるのは、死神であるからというわけではない。だからといって獣などでもなく、それより高尚であるからという理由で神に譬うことも出来ぬ。
 この少年と自分は、どこか似ているのだ。ギンは常々そう思っていた。否、本質はおそらく同じであろう。誰を見下しているわけでもないのに、人を見据える目が他人を卑下しているように見える。けれどもギンと日番谷の異なる点は、日番谷の方が幾分意志をしっかりと持っているように見られることである。
「せやけど、皆十番隊長さんの方が人間らしゅう見えるんやろうなあ。」
「そりゃ、お前みたいな人間を信用しようと思う奴はそうそういねえだろ。」
 俺が信用出来る人間だと言うつもりはないが、と多少弁解してから、徐々に温くなってゆく水密桃を見つめる。そろそろ目を覚まさぬかと思っていると、ギンがすう、と立ち上がった。
「ほな、そろそろお暇しますわ。」
「松本に会って行かなくていいのか。」
「珍しなあ。ええんですか?」
「”兄妹”なんだろ?」
 言ってから、先程と同じく鋭利な視線を投げかける。そうして挑むように口を端を僅かに上げ、睨め付けるような調子で斜め下から見上げた。
 乱菊の「綻び」を容易く造り上げたのは、他でもないこの男である。そうしてその綻びを無自覚に押し広げ、巻き糸を転がすような調子でするりするりと解いていったのも、紛うことなくこの男である。けれども日番谷は、ギンのことを憎らしいとは思えども、同時に哀れであると思うのだ。
 むしろギンの乱菊への想いこそが、京楽の言うような何の見返りも求めぬ愛であると感じる。恋情もなく、こちらを向いて欲しいという渇望もなく、ただ幸せになれと願う。それを思えば、やはり自分と桃の関係にひどく似ていると思う。
「…せやけど、今日は帰ろう思います。」
「そうか?」
「起きてしもたらお邪魔になりますやろ。」
 茶化すように奥ゆかしい笑い声を上げ、乱菊の方を一瞥してから細められた瞳を僅かに押し開けて言う。日番谷は肯定することも否定することも出来ず、ただ答えを模索するようにして黙っていた。するとギンが、ぽつりと哀しげに言葉を零す。

「―…乱菊を宜しゅう。」
「―…ああ。」

 何も考えずに頷いたが、ギンのその言葉は、何か含みのあるものではなかった。ただその意味合い通りに、乱菊を頼むと言っているように聞こえる。けれどもそれが果たして上司としてなのか一人の男としてなのかは分からなかった。
「ほんなら、また。」
 何か返事を返す前に、ギンはまるで疾風のように軽く消えていた。日番谷は一瞬目を見開いたが、すぐに乱菊に視線を戻す。すると微かに瞼の上がった様子が見受けられた。



「起きたか、松本。」
「…たい、ちょう…?」
 緩やかな流れである口調は、未だ意識がまどろんでいることを如実に示していた。乱菊は暫く薄っすらと瞳を開いたまま仰向けでいたが、次第に朦朧としていた意識がはっきりしてきたのかゆっくりと身体を起こそうとする。けれども日番谷は、乱菊の額に手を当ててそれを制した。
「寝てろ。…何か食えるか?」
「いえ、そんなには…。」
「珍しいこったな、お前みてえな食い気のある女が。」
「失礼ですよ隊長。」
 やや剥れたように唇を尖らせるが、やはり頬は紅く染まっている。日番谷は傍らに置かれた皿に目を向け、ささやかに桃が盛られたそれをそっと手に取り、楊枝に桃を一つ刺すと、乱菊に差し出した。
「これなら食えるか。…温くなっちゃいるが。」
「あら、ありがとうございます。」
 差し出された桃に再び身を起こそうと試みるが、それでも日番谷は乱菊の身体を寝かせたままにして制する。羞恥心は煽られたが、乱菊に無理をさせるよりはと、乱菊の口元に楊枝を運んでやった。乱菊は目を見張ったが、日番谷もひどく恥ずかしげにしているのを見受け、躊躇せず受け入れる。
「これ、隊長が?」
「いや…市丸だ。」
「そう、ですか…。」
 乱菊の睫毛が些か頬に翳ったように思えたが、日番谷は険しい顔をしただけであった。おもむろに幾つか桃を食べさせ終え、最後の一つが皿から消えたところで、乱菊の口元を少しばかり布巾で拭ってやる。
「復帰したら花見にでも行くか。」
「え、本当ですか!?じゃあ早く直さないと…。」
 床に伏せたまま、無邪気な表情で乱菊が微笑む。ふと布団から感冒を患う前より白くなったように見える手を差し出されたので、日番谷はそれをやや戸惑いつつ握ってやった。すると乱菊が、ふふ、とさも嬉しげな声を上げる。

「あたしが直るまで、ちゃんと待ってて下さいよ?」
「…当然だ。」

 亜麻色の闇が目前を掠める。乱菊という女を知り、独裁というものにひどく憧れを抱くようになった。ただ幸福を願うでもなく、束縛を望むでもなく、ただ全てを支配し、護りたい。独裁というには矛盾した想いやもしれぬが、確かに護りたいとそう願うのだ。
 そうして、永久と表して過言ではない年月の間に培われてきた彼女の内の綻びを、修復してやりたい。ギンの手によって裂かれた綻びを自分の手で押し広げてやりたいという念が時折頭を掠めるが、そのように残酷な処遇は日番谷には出来なかった。そんな想いは、ただの嫉妬である。



恋情揺らぐ
傷を飲む者の行方は。

  

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