多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

紙上討論とはどんな授業か 1

2007年12月11日 | Weblog
これまで2回増田都子さんが実践した紙上討論に言及した(11月17日の後半と12月8日の末尾)。しかし、紙上討論とはどういう授業なのか、具体的な方法は十分知られているとはいえないので説明したい。
ここに掲げるのは、いまから10年前の1997年度に足立区立第十六中学で2年生5クラス〈170人)の地理の授業で実践された記録から、紙上討論の経緯と意義をまとめたものである。もともと裁判資料として作成したので、元資料がないとわかりにくい部分があるがお許しいただきたい。なお当然ながら生徒の個人名は省略した。

紙上討論授業の1回目はビデオをみたり配布資料(書籍の一部)を読み、個人が感想を出して提出する。先生はプリントして、必要なところにコメントを付けたり追加資料をつける。たとえば「毎日、沖縄の米軍基地の近くの人は不安に思いながら生活しているなんて。東京も地震が心配だけど(こないと思うけど)沖縄の人もかわいそう。絶対に安全なところってなかなかないんだなって思った」という生徒の感想に対し「地震は天災ですが米軍基地は人災です」というコメントを付け、「近くに米軍基地があるところは、どこでも同じ様なことになっているんだなぁと思った。なぜアメリカは(略)これほどまで多くの基地を日本に置かなくてはならないのだろうか?」という感想に「その理由の一つは米軍の高官自身が『安上がりだから』とはっきり言っていますので紹介します」と『日米安保解消への道』(都留重人 岩波新書)の当該ページを添付している(96年12月6~12日に配布)。重要なことは、事実を提示したり日本国憲法の精神に立った立場でコメントを付けていることである。いわゆる偏向教育を行っているコメントは見受けられない。
2回目は感想をプリントしたものを配布し、生徒が読み上げる。そして増田教諭が重要だと思ったところにアンダーラインを引かせる。そして同級生の意見・感想に対する自分の意見を書かせる。ここで重要なのは口頭で意見を発表するのではないことである。「口」で発表すると、どうしても弁論に長けた生徒の影響力が大きくなるからとのことだった。自分の頭で考えたことを紙上に書き、あくまでも紙上で討論するのである。これを繰り返していくのが紙上討論授業である。
この授業の目的は「多様な意見を発表し合い、他者と対等に意見交換しながら、良く考え判断し、自分の言葉で自分なりの意見を作り上げ表現していくことのできる生徒を支援していくこと(九段中学・紙上討論での増田さんのコメントより)なのである。
増田さんは社会科の授業を、すべてこの紙上討論スタイルで行ったわけではない。年間120時間(当時)の社会科の授業のうちほとんどは教科書に沿った授業を行い、きちんと教科書を終えたうえで、地理的分野、歴史的分野で各9時間の枠を生み出し紙上討論を行った。
小文字でになっている部分は、引用であることを示す。

写真は2007年11月の都庁前ビラ撒き
「沖縄の米軍基地 普天間第二小の場合」紙上討論について
この紙上討論は地理的分野「沖縄県」を終了した時点で実施された。社会的条件と沖縄の人々の生活の関係を知る地理学習において米軍基地問題を避けて通ることはできない。
また紙上討論が行われた1997年6月~98年3月という時期の沖縄の歴史的状況にも注目する必要がある。この紙上討論が行われる2年前の9月に起きた米軍人の少女暴行事件を契機に国内外の世論が高まり、日米両政府は96年12月普天間飛行場の全面返還を含む11 施設の土地返還に最終合意した。しかし代替地として選択された名護市海上ヘリポート基地建設の住民投票では、反対票が上回った(97年12月)。また駐留軍用地に関しては、大田知事が立会・代理署名を拒否したことによる国の職務執行命令訴訟最高裁判所判決で県が敗訴(96年8月)、駐留軍用地特措法改正が97年4月に成立した。一方、嘉手納基地爆音訴訟控訴審は結審(98年1月)間近という情勢だった。
97年9月成立した第二次橋本内閣は国会で「沖縄問題は内閣の最重要課題」と表明したように、沖縄は全国的な注目を集めていた。
そこで中学生も現在以上に沖縄の状況に関心をもっていた。またこの年は本土復帰25周年に当たり、家族旅行やサッカークラブの遠征で沖縄を訪問する機会も増えつつあった。

1回 「沖縄の米軍基地 普天間第二小の場合」(NHK福岡放送局)を見て 
 97.6.6~7にビデオ観賞し、6.23~24に紙上討論を実施した。
紙上討論1回は、NHK福岡放送局制作のビデオを見せ、基地付近の生活とはどんなものか「正確な事実」を知らせ「自分の頭」で考えた感想を書かせることから始まる。ビデオを見た直後なので「騒音がうるさい」「墜落事故がこわい」「沖縄の人がかわいそうだ」という情緒的な感想が多かった。
 (掲載された意見は全部で56、増田さんのコメントは6ある)
3組「ヘリコプターや飛行機は遠くを飛んでいても、うるさいのに、あんなに近くでしかも1日1回以上飛んでくるというのだから本当にうるさいだろうなぁと思った。もし私がそこの学校だったらこわい。私の想像していた「美しい沖縄」とずいぶん違った。」
3組「基地の隣だとここまでうるさいと思わなかった。校庭の真上や体育館の上、ぎりぎりを通っているところを見ると、今にも落ちてきそうで、そこにいる人達はとてもこわいと思う。騒音で今にもガラスは割れそうだ。実際に墜落事故もあるんだから移転の相談なんて言わないで、あいてる土地にどんどん移ってしまえばいい。」
少数意見として、下記のような直接的でナイーブな意見もみられた。

3組「私はアメリカはとってもズルイと思う。軍事力がなかったら沖縄から手をひいているのに、力でゆうことを聞かせるなんて暴力団と同じだと思った。でも普天間第二小の人はかわいそうだけど、珊瑚礁をつぶして海の上に軍事基地を作る上に費用は全部日本人の税金なんてひどい。だったら学校をうつさなくても、新しくするだけでいいと思う」
4組「「土地を返してください」というと「じゃあ、代わりの土地を・・・」というアメリカのやり方はとてもきたない。日本の弱さに目を付けて、いろんな要求をしてくるやり方はきたない。」
2組「日本を守ってくれるという、一見、日本が嬉しいような条約だけれど、これじゃ不平等条約だと思った。」
これらの意見から、ある生徒の母親は、増田さんが「反米」教育を熱心にやっていると判断したと推測される。しかし3回目以降に、生徒の意見が変化していくことに注目すべきである。


2回 「沖縄米軍基地」の感想文を読んで考える1 
 6.23~24に意見を書き、7.16~7.17に紙上討論を実施した。
 (掲載された意見は全部で53、増田さんのコメントは2ある)
2回から、他人の意見を参考にしながら自分の意見を作り上げる紙上討論が本格的に始まる。ビデオのテーマが小学校の問題だったので、意見が多かったのは基地移転問題だった。
1回目の5組「小学校を移したら、そこが米軍基地になってしまうから近くに住んでいる人はかわいそうだ」という意見に対し
「大人が、今まで小学生が耐え、苦しんできたことが耐えられないなどと、身勝手なことを言っていていいのか」(5組)
「学校をどかすんじゃなく、アメリカの基地をアメリカに移転させればいいのだと思う」(5組)
1回の3組「でもあの小学校と十六中を喜んで代えてあげられるぐらいに、あの子達に思いやりがもてるか?・・・とても複雑。」に対し

「かわいそうとかいろいろ言うけど、あの小学校と十六中を交換しようとなると絶対できないと思う。やっぱり難しい問題だと思った」(3組)
「十六中と代わってあげたいとは心から思えないのが本当の気持ち。でも、その代わり、何かできることはないかと考えていこうと思う」(3組)
1回の4組「今、みんな「日本は平和」だって言うけど、こんなの全然平和じゃないと思う。日本の中に一人でも自分の力だけで解決することのできない困った問題があれば、そんな国は平和だ、なんて言えないんだろうな・・・と思った。」に対し

「政府は「日本は平和だ」と言っているけれど、本当は上っ面のことで、深くは考えていないのだと思う」(4組)
「沖縄で小学生までもが困っているのに、本当に日本が平和だと言えるのだろうか(略)沖縄のコトだからと言って私達には関係ないと思うのではなく、みんなで考えたい。」(5組)
一方、アメリカ軍基地の有用性を述べる意見も出てくる。

1組「確かにアメリカ軍は昔、日本にひどいことをしたと思うし、いまでも沖縄の人はとても迷惑しているが、やっぱり日本にはアメリカ軍が必要ではないだろうか?(略)例をいえば北朝鮮だ。(略)沖縄の人には非常に気の毒だと思うが、アメリカ軍基地はあったたほうがいいと思う。」
2組「僕は米軍基地があってもいいんじゃないかなーと思う。確かに沖縄の人達は、うるさいとか、こわいとかあるけれど、僕は一番戦争がこわいと思う。もし日本がどこかの国から攻撃されたらと思うと、米軍がいれば日本は安心だと思う。沖縄の人、ごめんなさい」
この意見に対し、第3回の授業では2派に分かれる討論になる。増田さんが裁判の本人尋問で述べた「多数意見は(教えなくても)常に生徒たちは接している」ことが実証されている。


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