多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

小津安二郎の「お早よう」

2008年09月19日 | 観劇など
中野翠「小津ごのみ」(筑摩書房2008.2)を読んだ。PR誌「ちくま」に2005年6月から07年8月に連載したものをまとめた本である。

中野さんは1970年代後半に「麦秋」から小津に入り、戦前ものをみてファンになったとあった。わたくしが小津映画を初めてみたのも1974年ごろ銀座並木座での「麦秋」が最初で、76年2-3月のフィルムセンター小津特集で戦前の作品群をみて深入りしたので、同じだと思った。
見始めたころの魅力は「晩春」「麦秋」「彼岸花」などの女優陣の絢爛豪華さと様式美だった。中野さんも様式美について詳しく触れている。よく言われるセリフ回しやカメラアングル、小津組の配役だけでなく、和服や帯の柄や襖のデザインや花瓶や電球の傘などのインテリアに言及しているところは卓見だと思った。本人は「ファッション、インテリア、雑貨など『目に見える』ものに執着」と表現している。タイトルバックのドンゴロスの使用はたしかに小津映画の特徴だが、わたくしはそれより斎藤高順の音楽やキャストの文字書体に関心を持って見ていた。
小津映画については一作一作書きたいことがあるが、今回は今年4月ビデオでみた「お早よう」(1959年)のことを書く。

生れてはみたけれど」(1932年)の戦後版だと聞いていたので昔から見たいと思っていたが、そのチャンスを逃していた作品だった。舞台は多摩川か荒川近くの新興住宅街。笠智衆三宅邦子夫妻と中学生と小学生の男の兄弟、母の妹の久我美子の5人家族を中心に、杉村春子高橋とよ東野英治郎長岡輝子夫妻らご近所の家庭、テレビを持つ若夫婦の家、英語塾をやっている佐田啓二・沢村貞子の姉弟が登場人物だ。テレビを買ってほしいとせがむ子どもたちが、「おまえは口数が多い」と父に叱られ、「おとなだって『お早う』とか『あらどちらへ』など意味のない会話をしている」と言い返し、口をきかず食事もとらないストに出る。そのあげく休日の夜遅くまで戻ってこない。手分けして探すと街頭テレビを見ていた。最後は、東野英治郎の電気店への再就職祝いで月賦でテレビを購入する。
「生れてはみたけれど」は子どもの世界が中心だったが、こちらは大人の世界も重層的に描かれている。秀逸なのは奥さん方の世界のドラマだ。婦人会の会費が行方不明となり奥さんたち5人のいさかいが起こるのだが、三宅邦子、杉村春子、長岡輝子ら昭和30年代のそうそうたる新劇女優が演技しているのでなかなか立派な風俗映画となっている。定年直前の東野英治郎のおでんやでの嘆きには悲哀がにじみ出ていて、いかにも小津映画らしい。その他、佐田啓二と久我美子の淡いロマンスもある。3つの世代それぞれのドラマを入れた欲張りなシナリオになっている。
中野さんは、この作品を下記のように評している(p254)。
「お早よう」では「生れてはみたけれど」のようにサラリーマンの悲哀や、父親に対する子どもの幻滅などは強調されない。それよりも小津の「引いた視線」=「圏外の目」のほうを強く感じる。多くの人びとにとっての人生は些事の集積に過ぎないのだけれど、「末期の眼」とまでは言わないまでも、ちょっと引いて見るならば、そんな些事こそ懐かしく、いじらしく、貴重なものに見えて来る。

たしかに「出来ごころ」(1933)など喜八シリーズ、「戸田家の兄妹」(1941年)、1949年からの紀子三部作を経て小津の社会観や「人生」観が深化していった反映ということはできるだろう(わたくしはどちらの小津も好きだ)。
もちろん子どものドラマのほうも「生れてはみたけれど」や「突貫小僧」(1929年)と同じく面白いシーンがたくさん登場する。中学生3人組がおならを自由自在に出そうと練習や「研究」に励み、杉本の息子役は何回か漏らした末「パンツ出しとくれよ」「おなか直るまではかなくていいよ」と叱られてしまう。両親と対立した兄弟は、口をきかないストに出るが、必要があるときは「タンマ」と合図して話をする。またハンストを決行したのはよいがおなかが空いたので、秘かにおひつを土手に持ち出してご飯を食べる。笠智衆が目を三角にして子どもたちを叱るシーンがある。寅さん映画で源ちゃん相手に叱る場面はみたことがあるが、笠が本気で叱るシーンははじめてみた。
ちょっと面白いのが殿山泰司だ。押売役で登場し、杉村の母親役(三好栄子)の産婆さんにみごとに撃退されてしまう。
また小津のカラー映画第1作は「彼岸花」(1958年)だったが、この作品はそれに続く第2作だ。富本憲吉の陶器で、白磁から金銀を使った色絵磁器への変遷をみているような気になる。もちろんわたしはモノクロもカラーもどちらも好きである。
秀作とはいえないが、小津ファンならみる価値のある作品である。
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