多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

「在日」を描いた芝居とドキュメンタリー

2016年04月30日 | 観劇など
最近の熊本地震で、地震発生のわずか9分後の午後9時35分「熊本の朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだぞ」という「つぶやき」がツイッターに登場したという。関東大震災と同じデマが90年たってもこの国ではかけめぐる。新聞報道によれば益城町の人が「そもそも井戸なんて、ここいらに一つもない。ばかげたデマだ」という地区にもかかわらず。
また高校無償化からの朝鮮学校はずしは今年も続いているが、それに加え3月29日、馳浩文科大臣は朝鮮学校が所在する28都道府県に対し、朝鮮学校への補助金の透明性確保などを求める通知を出した。事実上の補助金削減への「圧力」である。このように「在日」や「朝鮮学校」への差別偏見が根強く続くが、この問題を描いた芝居と映画を観た。

鄭義信の三部作のうち、「焼肉ドラゴン」は2011年の再演、「パーマ屋スミレ」は2012年の初演で観て、感動した。しかし1作目の「たとえば野に咲く花のように」は観ていなかったので、期待して観にいった。
シナリオは、初演(2007年)当時の芸術監督・鵜山仁のリクエストでギリシア悲劇の「アンドロマケ」をモチーフにしている。公式サイト掲載のストーリーは下記のとおり。
「1951年夏、九州F県の、とある港町の寂れた「エンパイアダンスホール」。戦争で失った婚約者を想いながら働く満喜(ともさかりえ)。そこへ、先ごろオープンしたライバル店「白い花」を経営する康雄(山口馬木也)と、その弟分の直也(石田卓也)が訪れる。
戦地から還った経験から「生きる」ことへのわだかまりを抱える康雄は、「同じ目」をした満喜に夢中になるが、満喜は頑として受け付けない。一方、康雄の婚約者・あかね(村川絵梨)は、心変わりした康雄を憎みながらも、恋心を断ち切れずにいる。そんなあかねをひたすら愛する直也。
一方通行の四角関係は出口を見つけられないまま、もつれていくばかりだった......。」

ストーリーや各キャストのバックグラウンドがもうひとつわかりにくかった。それで鄭義信戯曲集(リトルモア 2013)を図書館で借りて読みやっとわかったことも多い(以下、セリフの引用は同書より ページ数も同じ)。康雄はガダルカナルの戦場で飢え、コメを奪うため味方の兵士を襲った過去をもつ。また顔には砲弾の破片が埋まっていて時おりじくじく痛むが、「忘れられん記憶ば閉じこめてあるったい」(p33)と語る。戦後は毛織物工場を経営し朝鮮戦争特需で米軍に毛布を売り「ガチャ万」景気で儲け、そのカネでダンスホールを購入した。「アメリカの侵略に手ば貸しとる。朝鮮ば食いもんにしとるばい」(p63)と満喜の弟に軽蔑されている。
満喜は、朝鮮人兵士で戻ってこない恋人がいたが「戦死公報も送られてこん。お骨になっても三国人は三国人げな(p68)という半生だ。戦時中には自分からすすんで日の丸を振っていた。
満喜の弟・淳雨はもっと悲惨で、戦時中には「日本のお先棒ばかついで憲兵(p100)となり「朝鮮人が朝鮮人を取り締まっていた(p15)。一方戦後は赤旗を振って、同じ朝鮮人の鉄工所が爆弾の材料のネジやピンを作っているからと襲い(p100)、「新朝鮮」や「朝鮮女性」という雑誌を密かに発行し警察に押収されたので抗議デモをかけたところ警察予備隊に逮捕される。満喜は「あんたが憲兵やっとったおかげで、村八分たい。もう向こうには帰れん。帰ったら、石ば投げられる(p14)と思っている。
東京出身のあかねも、詳しい事情はわからないが「東京には鬼」がいて「ぶたれたり、蹴られ」(p130)たりしたので戻りたくない。またあかねを慕う直也も、詳しい事情はわからないが母が父を殺した過去をもつ。このようにキャストはそれぞれ暗く複雑な背景を抱えている。ふつうは芝居をみれば自然に理解できるのだが、部分的にしかわからなかった。
ストーリーがわかりにくい一つの原因は鄭が1957年生まれで、40年代のことは書物で知るしかなく抽象的な過去であることにあるのではないかと思う。そういう意味では60年代の伊丹を扱った「焼き肉ドラゴン」がいちばんリアリティがあった。
演出の問題もある。この芝居は5場がクライマックスだが、鈴木裕美の演出が稚拙だった。あれでは、山口馬木也、村川絵梨などの役者がかわいそうだ。栗山民也や鵜山仁の演出だったならもう少し印象が変わっただろう。なお他2作の演出は鄭自身だった。
ただ、花瓶の赤いバラは印象的だった。また音楽(オーバー・ザ・レインボウと、たぶん「恋のとりこに」)は効果的だった。
残念ながら他の2作ほどの感動がなかった。

エンパイアダンスホールの舞台の模型
役者では、ホールの支配人・伊東諭吉役の大石継太がよかった
エピローグに引越のリヤカーが出てきた。「焼肉ドラゴン」のエンディングでも立退きのための引っ越しで出てきたが、なつかしい。
なお解放から間もない時期の分断された在日の暗く重い苦悩を描いた戯曲という点で、深く考えさせるものがある作品だった。また海上保安庁職員で朝鮮戦争にあたり米軍に動員され機雷掃海の仕事をした男のセリフ「朝鮮に行くとは秘密たい。ばれたら、まずか。大騒ぎになるばい。平和憲法がでけたばっかしで、なして戦争に参加するとな?(p61)、「機雷ば始末するっちゅうこつは、そいは・・・戦争に・・・参加するっちゅうこったい」(p62)、「目の前で、機雷が爆発して、一人死んだったい」「アメリカも日本も、おれらの命ば使い捨てにするつもりやったとね」(p151)というセリフがあった。この芝居の初演は2007年だが、安保法制が施行された2016年の現在にピッタリのセリフに聞こえた。


ちょうどこのころ在日のドキュメンタリー映画をみた。茨城朝鮮初中高級学校58期生11人が修学旅行で北朝鮮を訪問した映画「蒼のシンフォニー」(朴英二〈パク・ヨンイ〉監督 2016)である。
大部分はボーリング、プール、遊園地、花火などの遊びや、現地の人や学生たちとの運動会、合唱、バーベキューなど楽しい2週間の旅の記録だ。しかしなかには朝鮮戦争のときの信川の住民虐殺の展示も出てきた。住民3万5383人が虐殺され、ピカソが「朝鮮の虐殺」というタイトルの絵を描いた。また白頭山や板門店もあった。北側からみる板門店の風景は珍しい。非武装地帯で生活する農民もおり、生徒が兵士に「もし戦争が始まったら、あの人たちはどうなるのですか」と尋ねていた。
また、1948年の阪神教育闘争、2009年の在特会による京都朝鮮学校襲撃事件、高校無償化からの朝鮮学校排除問題など朝鮮学校をめぐる映像も挟まれている。
「祖国」とはいうものの多くの生徒にとって共和国訪問ははじめての体験なので「近くて遠い国」だ。11人のルーツは、慶尚北道、慶尚南道、全羅道、済州島など全員南だった。
朝鮮籍というのは、共和国の国籍をもっているわけではなく、1952年に日本が独立したときに朝鮮併合以降「日本国籍」としてきた在日のひとびとの国籍を一方的にはく奪した結果にすぎず、旧・外登制度上の一種の記号にすぎないということは知っていた。しかしなぜ南出身の人が朝鮮学校に通っているかということは知らなかった。
その理由は敗戦後各地に民族学校ができたが49年に閉鎖令が出て大弾圧を受け、苦難の中で細々学校運営をしていたところ、1957年に朝鮮学校へ共和国から総額1億2000万円(現在の価値なら20億円)の援助があったことだという。朝鮮籍のひとは、かつては韓国渡航の際、臨時パスポートが発行されたが、いまは渡航できず、逆に韓国籍で朝鮮学校に行っている人に暗にパスポートを返せという圧力があり「そんな国を『祖国』と呼べるか」との思いがあるそうだ。
茨城の朝鮮高校は本州の45%が学区域という広さなので寮生が多い。この11人のうち6人が新潟、群馬、福島などの出身の寮生で、小学校1年から12年寮生活という生徒もいる。
11人のなかには、毎日新聞社主催の毎日パソコン入力コンクールで5回優勝し、最後には文部科学大臣賞を獲得した生徒もいる。文科大臣から日本の高校で唯一無償化の恩恵を受けられない朝鮮学校の生徒がこんな賞をもらうのは「皮肉」だ。
主題歌「そらいろ」(金嬉仙)はいい曲だった。予告編のサイトの最後のほうで少し聴くことができる。

わたくしが見たユーロスペースではトークショーがあり、映画にでていた元高校生4人への監督のインタビューがあった。3人は朝鮮大学校の学生で、一人は専門学校でヘアメイクの勉強をしているが学内コンテストで3回優勝したという話だった。みな、両親や学校・恩師、同胞社会に感謝していた。
この映画を見に行った一つの動機は「近くて遠い国」の現状をみたいということだった。その点は、「ディア・ピョンヤン(ヤン・ヨンヒ監督 2005年)に比べれば表面的な映像だった。しかし「ディア・ピョンヤン」やハンクネットのビデオ映像の時代に比べ、ピョンヤンが新しい町に変っている変化はわかった。それより「近くて遠く」「遠くて近い」朝鮮学校の生徒たちの一つの現実がわかったことがよかった。

スクリーンの前の出演者4人。左端は朴英二監督
☆朝鮮半島の南北分断はもう70年近く続いている。在日のあいだでも微妙な軋轢があるようだ。鄭義信がシナリオを書いた「月はどっちに出ている(崔洋一監督、原作 梁石日 シネカノン 1993)はバブル期の話だが、結婚式で司会役(金守珍)に「なぜ北の歌ばかり歌うんだ。承知しないよ、韓国差別するな、!」と客が食ってかかるシーンがある。なおその少し前には、新郎の朝鮮高校の同級生たちの合唱場面も出てくる。
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