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* 大台ケ原レース
いよいよ最後のゲームだ。
1敗1引き分けなので、ここはどうしても負けられない。
でも、勝つ自信など皆目ない。
私は、ニューカーボについてゆき、
最後の直線コースで、一気に抜こうと思った。
けれども、最高スピードは、
ヤツも、サヤカも、100kmに調整済みだ。
まともに走っては、くねくね道の差のまま、
ゴールに傾れ込むことになる。
どう考えても勝算はない。
しかし、走るのみ。
ヤツの隙をつく以外に、勝ち目はない。
大台ケ原は、近畿の屋根と呼ばれてる夏場向きの山である。
ドライブウェイは、約20km。
私も数回走ったことがあるが、
雷や雨、霧などに襲われて、
散々な目に遭っている道路だ。
舗装はされているが、走りにくいドライブウェイである。
排気ガスが自然を傷つけるから、
車の乗り入れ制限をして欲しいという声も聞く。
私たちは、早朝ゲームを開始することにした。
他の車に邪魔されても困るし、危ないからである。
日曜の朝を選んだ。
ゲームの見届け人は、
空が飛べるコロとMキラリーである。
二人で、上空をついてきて、
レースが、正常に行なわれるかどうか、監視するのだ。
私は、大勝負をするというのに、
Oさんに何も言えないでいる。
昨晩、明日の朝は、ちょっと日の出を拝んでくるからと、
断りを入れておいた。
ドライブウェイの出発点までは、
家から、1時間半はかかるから、4時すぎには、
出発しなければならない。
コロを段ボールに入れ、荷台に積んで、
例のごとく、団地のはずれまで、手押しでゆく。
{サヤカ、よろしくな}
一路目的地を目指す。
空は、白みはじめているが、日の出までには、
まだ時間がある。
三輪山の山の端が、うっすらと、赤みを帯びていた。
途中、新聞配達のバイクに数台あった。
彼らは、結構朝早くから仕事を始めているのだ。
田圃には、稲が青々として、しっかりと根付いている。
田に張った水の見える割合が、だんだんと減ってきている。
風が、少しだけ冷たい。
心地よいというには、半歩足りない感じである。
出発点に着くと、奴等はもう来ていた。
真っ黒いぴかぴか光る国産車がいた。
ニューカーボだ。
この前、出会ったヤツとは、少し違うようだ。
フロントガラス、サイドウィンドウ、
リアウィンドウには、黒いフィルムが、
貼りめぐらされていて、中は一切、
見えないようになっている。
いかにも、走りそのものを体現している。
半分、気負けしてしまった。
そこで、生き霊となったMキラリーを初めて見た。
薄い紫のような、雲の固まりで、渦を巻いていた。
大きさは、直径50cmぐらいであろうか?
真ん中に、2つアンテナのような物をつけている。
私を見るやいなや、雲文字を書いて挨拶を送ってきた。
私も、儀礼的に挨拶する。
{オッちゃん、助けてー}
あっ、その声はチーコちゃん。
サヤカから飛び降りて、飛びかかろうとしたが、
届かなかった。
{もう少しの辛抱だぞー}
心の中で声をかける。
コロと奴の立ち合いのもと、さあ、出発だ。
天気はいい。
ヨーイ、スタート。
ブルルーン、ルン。
ニューカーボが、飛び出す。
私も遅れてはならじと、バリ、バリーン。
ニューカーボは飛ばすわ、飛ばすわ。
アッという間に、距離が開いてしまった。
荒れた道路にハンドルを取られながら、
私は必死で追い掛けた。
伯母峰峠にさしかかる。
そのあたりから、稜線ドライブとなり、
景色がよくなるのだが、今日はそれどころではない。
ニューカーボは、はるか彼方を、
黒い排気ガスを出しながら、走ってゆく。
こりゃ、どうしようもないわ、
半ば諦めながらも、必死で追い掛けた。
走っていると、だんだんと先方が白く変わってきた。
霧が出始めたのである。
ニューカーボのテールランプが、点灯し始める。
距離もそう遠くはない。
不透明フィルムなんか、貼っているので、
前がよく見えないのであろう。
霧は、ますます深くなってきた。
ありがたい。天の助けだ。
しかし、私にしてもシールドは曇るし、
眼鏡は曇るし、その上息苦しい。
眼鏡を鼻の上にずらし、シールドを上げて、
ゆっくりゆっくりと、進んでいく。
視界は、50mもなくなってきた。
雨滴が、顔にもぐれつき、
ちょうど、雨に濡れたようになる。
何処が山で、何処が谷なのか、さっぱりわからない。
道路の中央の白線ばかりが、頼りとなる。
私は、白線上を、這いつくばるように走っていった。
しめた!
ニューカーボのテールランプが見えた。
やったぞ!
私は、ヤツを目掛けて突進する。
そのうち横についた。
谷側は、危ないので、山側から、追い抜いてゆく。
ガードレールの切れ目から、下にでも落ちると、
とんでもない事になるからだ。
山側だと、少しぐらいぶつかっても、
やり直しが、きくように思った。
あっ!
Mキラリーの奴が、先導しているではないか!
ルール違反だ。
私が追い抜こうとすると、車を寄せてきた。
危ない!
だが、奴等は新車に傷つくのを極端に嫌うから、
これは嫌がらせに過ぎないと判断した。
その時、黒い窓が開いて、棒がすーっと出てきた。
ダブルの違反だ。
サヤカと共に、側溝に落ちた。
ひどい事をする。
私は、すぐさまサヤカを抱え上げるが、
なかなか上がらない。
150kg近くあるので、
そう簡単には、抱えきれないのだ。
それでも、何とか引き上げ、ヤツの後を追う。
また、山側から追い越そうとすると、
にゅーっと、棒が伸びてきた。
こんなのやってられるか!
私は、いたって気が短い。
もう走る気がしなくなった。
走らなくても、明らかに私の勝ちだ。
コロも見ている。
私は、止まって奴等が霧の中に隠れるや否や、
もと来た道を、引き返した。
始めから気の進まないレースである。
怒りで頭がいっぱいになっていたので、
その後どうなるのかなどという事も、
深く考えもせず、家路についた。
つづく