阪神淡路大震災のとき、
入院していまして、線路際にある病院で、
5時の始発に目をさましていましたから
東の方から、ゴ~ッと地響きが伝わってきて なんだろうと思ったら
揺れたのをいまでも覚えています。
ニュースを聞かずとも、電車が動く気配がすぐしなくなったので、
沿線で大変なことになっているんだなとは
予想できました。
それ以降、自宅の横の道にバスが通ってかすかに揺れる?響く?のにも
恐怖とまではいかずとも 不安を感じます。
震災以降ですね、
心のケアーの必要性が叫ばれるようになったのは。
震災から1年以上 神戸を訪れる勇気がありませんでした。
そして、被害の少なかった播州でも、
震災のことは 軽々しくは語れませんでした。
知り合いや、親戚が被災している方が多かったからです。
今日は、レッスン中に震災のことを子供たちと話しました。
学校でも話題になっていたようですから、
ほとんどは震災を知らない子供たち。
でも お母さんと話をするときは、
まず、当時はどちらにお住まいでしたか?と伺うようにしていました。
震災を話題にするには
いろいろと思う事 考えることが多く、まとまりませんでした。