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日本最古の病院【北山十八間戸】

2011-01-08 07:34:15 | 古寺(古事)探訪記
  
奈良坂の【北山十八間戸】(きたやまじゅうはちけんと)を訪ねた。
日本最古の病院、それも「ハンセン氏病」患者の病院だったと伝わる。
十八の小部屋(一部屋は2畳ほど)からなり、多くの患者が常時入室しており、
衣食住が与えられ、日本における最初の弱者のための医療活動がなされた。
仏間も造られ、信仰による魂の救済と共に、薬石での治療が行われた。
もともとは、この地より600mほど北にある、般若寺の寺域にあったと伝わる。
般若寺を再建した僧叡尊と弟子の僧忍性は、庶民救済の文殊会を頻繁に開き
多くの貧民を助けた。中でも僧忍性は、ハンセン氏病に苦しむ下層の人々に
救助の手を差しのべ、それらの人々をこの建物に収容し手厚い施策をこうじた。
ただ、般若寺の寺域にあったそれらの施設が、今の場所に移設された時期や経緯は、
諸説あり定かでない。
法華寺の光明皇后の救済施設である阿閦寺(あしゅくじ)を移設したとする説もある。
奈良県教育委員会名の由緒書きには、以下のように書かれている。(下の写真(左))


鎌倉時代の中頃、僧忍性が、不治患者救済のため、北山(奈良の北の山という意)に
宿舎を設けたもので、はじめ、般若寺の東北に建立されたが、永禄10年に焼けたため、
寛文年間に東大寺、興福寺の堂塔を南に眺められて、不幸な人々の養生にふさわしい
今の地へ、鎌倉時代の遺風を承け継いで建てられたものである。
建物は、十八の間数のほかに仏間をつけ、裏戸に「北山十八間戸」と縦に刻書がある。
大正12年3月3日慈善事業遺跡として史跡に指定された。
                       奈良県教育委員会

     

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