甲子園始まりましたねー。
野球もサッカーも下手の横好きってやつですけど、見るのもやるのも好きです。
大人になってからは忙しくて甲子園はおろかプロ野球のTV中継すら年に一回見れるか見れないか・・・子供の時は、早く大人なりたかったけど大人になるのも案外つまらないものですね。
サッカーの方は海外戦を中心に時々見ます。
つまらない大人なりの夢として、ハイセンスなかっこいいオフィスで、世界をまたにビジネスを・・・な~んて忙しいものはカケラも望みませんが(笑)、せめて野球の中継ぐらいかけ流しに出来る自分の経営する事務所ぐらいは目指してみようかなっと努力したら、その程度でも忙しくて野球どころじゃないです・・・ヤレヤレ。
基本的に運動オンチでそれ以上にカラオケオンチな僕ですから、野球部とは全く縁がなかったのですが、野球部に所属していた同級生のおかげで勉強になったことがあります。
クラスメートのH君は野球部のキャプテンで、爽やかな背の高いちからいっぱい野球少年をやってました。
対する自分は、生徒会をやってましてどっちかというと本好きなタイプに見えていたと思いますし、実際そうだったと思います。
普通にクラスメートとして付き合って親しくつきあうこともない間柄でしたが、球技大会の時にクラスから野球のチームを出すことになって数合わせでチームに入れられた時、キャプテンのH君はじめ野球部所属の3人にピッチャーがいなくてとりあえず運動神経が良いことで知られたD君(某スポーツ全国大会2位)に任せてみることになりました。その他運動神経の良いと思われる人からバックを固め、はれて狙いどおりにベンチ要員になれた僕です。
ところがD君、彼も爽やかで今でも付き合いがあるのですがことピッチャーの才能はなかったらしく、フォアボールが多くて3回の途中で交代となるのですが、その際やる気のないベンチ要員で昼寝をしていた私とこれまた「絶対に活躍しない(笑)」と奇妙な同盟を結んだ同じく生徒会のA君(ヘタレですが親友)が候補であり、どうせ誰が投げても一緒だし、体格的によりマシというキャプテンH君の判断で私がピッチャーという女の子の視線が集まる花形ポジションで滅多打ちというリンチ(笑)されることになりました。
ところがその日は、神様のイタズラというかどういうわけだか左足の踏ん張りが利いて、妙に低めがバンバン決まって、ついで高めが適度に荒れ球なので、空振りがとれました。
草野球レベルではむしろ珍しい三振が連続になった辺りから明らかに空気が変わり始め、どっちかというと打たせて取る予定だった運動神経の良いバックの皆様がダラっと見守る状況になり、相手チームはムキになりながらブンブン振ってくれて、自分でもあり得ないだろーと思いながらリリーフ以降零封。被安打4本、三振十個でチームは逆転勝ち。
一番喜んだのが野球であればなんでも大好きで勝ちたいH君と、交代したD君で、相手チームから意外だなーと声をかけられ、幻の一日は終わりました。
ちなみに一番不機嫌だったのは親友A君でした(笑)
次の試合、H君から先発を言い渡されたんですけど、試合をやる前から日頃の運動不足がたたって左足が痛かったです。
すると踏ん張りがきかなくて低めに全然入らないし、ストライクを取ろうとして少し緩めるとこれが打たれる。
ソレを何とかしようとすると、今度はストライクが入らないという訳で、前日のD君と逆の立場になったのですがチームに悪いので交代しろって言ってくれないかなーとH君の方を見ると、笑顔です。
要するに独り相撲で自滅なカンジで序盤で大量失点。
D君はキャッチャーに入ってくれて一生懸命荒れ球を拾ってくれるんですけど、これまた心配そうに見てるし・・・。
それで、そこから少し後に結局自分からH君に交代させてくれと言いました。
バックの皆様はずっと前にしらけていたのだろうけど、その時H君は「今日どうしたの?」と笑顔で言っただけでした。
でも、序盤の失点が多すぎて結局負けてしまった。
なんということもない学校のただの球技大会なんだけど、ベンチで負けるより、何倍も悔しかったし、みんなにスマナイ気持ちでいっぱいでした。今でも。
まあ、親友A君だけは、「気にすんなって、しょせん進学校の球技大会なんだしー」とか奇妙な慰め方をしてくれました(笑)。
一番後悔しているのは、今日はダメだと思った自覚した時からもっと早く自分から交代を言い出せば良かったということ。
野球はチームプレイなのに自分のミスにみんなを巻き込んだこと。
教わったことはH君は調子の良悪はもっと早く気づいたと思うんだけど、リーダシップというかキャプテンとしての接し方を忘れなかったし、それだけ勝ちたかったんだなーということ。
時々、自分が失敗したなーと思うことは株をやってるとたくさんあるけども、その時に果断に損きりできるかという意味では、この時の経験が活きてる気がします。
そういう決断を出来るだけ自分の為に自分でしなければならないということですね。
今、日本の不動産市場は不透明感が強くなっています。
資金調達や株価低迷、無配など言いたいことは皆さんにあるだろうけど、僕が望む事は一つです。
無類の名手である金子修をもってしても読み間違える瞬間、あるいは素晴らしい実績を残すチャンスかそれは誰にも分からないけれど、野球部だったらしい金子社長に望むことは、それです。
野球もサッカーも下手の横好きってやつですけど、見るのもやるのも好きです。
大人になってからは忙しくて甲子園はおろかプロ野球のTV中継すら年に一回見れるか見れないか・・・子供の時は、早く大人なりたかったけど大人になるのも案外つまらないものですね。
サッカーの方は海外戦を中心に時々見ます。
つまらない大人なりの夢として、ハイセンスなかっこいいオフィスで、世界をまたにビジネスを・・・な~んて忙しいものはカケラも望みませんが(笑)、せめて野球の中継ぐらいかけ流しに出来る自分の経営する事務所ぐらいは目指してみようかなっと努力したら、その程度でも忙しくて野球どころじゃないです・・・ヤレヤレ。
基本的に運動オンチでそれ以上にカラオケオンチな僕ですから、野球部とは全く縁がなかったのですが、野球部に所属していた同級生のおかげで勉強になったことがあります。
クラスメートのH君は野球部のキャプテンで、爽やかな背の高いちからいっぱい野球少年をやってました。
対する自分は、生徒会をやってましてどっちかというと本好きなタイプに見えていたと思いますし、実際そうだったと思います。
普通にクラスメートとして付き合って親しくつきあうこともない間柄でしたが、球技大会の時にクラスから野球のチームを出すことになって数合わせでチームに入れられた時、キャプテンのH君はじめ野球部所属の3人にピッチャーがいなくてとりあえず運動神経が良いことで知られたD君(某スポーツ全国大会2位)に任せてみることになりました。その他運動神経の良いと思われる人からバックを固め、はれて狙いどおりにベンチ要員になれた僕です。
ところがD君、彼も爽やかで今でも付き合いがあるのですがことピッチャーの才能はなかったらしく、フォアボールが多くて3回の途中で交代となるのですが、その際やる気のないベンチ要員で昼寝をしていた私とこれまた「絶対に活躍しない(笑)」と奇妙な同盟を結んだ同じく生徒会のA君(ヘタレですが親友)が候補であり、どうせ誰が投げても一緒だし、体格的によりマシというキャプテンH君の判断で私がピッチャーという女の子の視線が集まる花形ポジションで滅多打ちというリンチ(笑)されることになりました。
ところがその日は、神様のイタズラというかどういうわけだか左足の踏ん張りが利いて、妙に低めがバンバン決まって、ついで高めが適度に荒れ球なので、空振りがとれました。
草野球レベルではむしろ珍しい三振が連続になった辺りから明らかに空気が変わり始め、どっちかというと打たせて取る予定だった運動神経の良いバックの皆様がダラっと見守る状況になり、相手チームはムキになりながらブンブン振ってくれて、自分でもあり得ないだろーと思いながらリリーフ以降零封。被安打4本、三振十個でチームは逆転勝ち。
一番喜んだのが野球であればなんでも大好きで勝ちたいH君と、交代したD君で、相手チームから意外だなーと声をかけられ、幻の一日は終わりました。
ちなみに一番不機嫌だったのは親友A君でした(笑)
次の試合、H君から先発を言い渡されたんですけど、試合をやる前から日頃の運動不足がたたって左足が痛かったです。
すると踏ん張りがきかなくて低めに全然入らないし、ストライクを取ろうとして少し緩めるとこれが打たれる。
ソレを何とかしようとすると、今度はストライクが入らないという訳で、前日のD君と逆の立場になったのですがチームに悪いので交代しろって言ってくれないかなーとH君の方を見ると、笑顔です。
要するに独り相撲で自滅なカンジで序盤で大量失点。
D君はキャッチャーに入ってくれて一生懸命荒れ球を拾ってくれるんですけど、これまた心配そうに見てるし・・・。
それで、そこから少し後に結局自分からH君に交代させてくれと言いました。
バックの皆様はずっと前にしらけていたのだろうけど、その時H君は「今日どうしたの?」と笑顔で言っただけでした。
でも、序盤の失点が多すぎて結局負けてしまった。
なんということもない学校のただの球技大会なんだけど、ベンチで負けるより、何倍も悔しかったし、みんなにスマナイ気持ちでいっぱいでした。今でも。
まあ、親友A君だけは、「気にすんなって、しょせん進学校の球技大会なんだしー」とか奇妙な慰め方をしてくれました(笑)。
一番後悔しているのは、今日はダメだと思った自覚した時からもっと早く自分から交代を言い出せば良かったということ。
野球はチームプレイなのに自分のミスにみんなを巻き込んだこと。
教わったことはH君は調子の良悪はもっと早く気づいたと思うんだけど、リーダシップというかキャプテンとしての接し方を忘れなかったし、それだけ勝ちたかったんだなーということ。
時々、自分が失敗したなーと思うことは株をやってるとたくさんあるけども、その時に果断に損きりできるかという意味では、この時の経験が活きてる気がします。
そういう決断を出来るだけ自分の為に自分でしなければならないということですね。
今、日本の不動産市場は不透明感が強くなっています。
資金調達や株価低迷、無配など言いたいことは皆さんにあるだろうけど、僕が望む事は一つです。
無類の名手である金子修をもってしても読み間違える瞬間、あるいは素晴らしい実績を残すチャンスかそれは誰にも分からないけれど、野球部だったらしい金子社長に望むことは、それです。